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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
306/783

第七 七回 ②

シン・セク小虎公を救って聖知に(まみ)

スク・ベク麒麟児を(たす)けて蛮勇を討つ

 (ソオル)はササウェイの撤退とともにウリャンハタ軍が押しはじめ、戦機(チャク)(とら)えた牙狼将軍(チノス・シドゥ)カムカの突入で大勢は決した。


 三将は帰陣すると、回収した長槍(オルトゥ・ヂダ)を携えてスクを見舞った。スクは天幕(マイハン)の中で横になっていたが、その枕頭に一人の好漢(エレ)姿(カラア)を見て、諸将はあっと驚いた。


「ご苦労さまです。見事な戦でした」


「あ、アサン!」


 (ダウン)を揃えて叫ぶと、一同おおいに喜ぶ。


「心配であとを追ってきたのですが……。かなりの強敵がいるようですね」


 答えてカムカが険しい表情で言った。


「金剛球とかいう得物を使う化物がいてな。これがまたとてつもない大力の主で、スクほどの男がこの有様だ」


 タクカが(フムスグ)(ひそ)めて、


「傷はどうなんだ?」


はい(ヂェー)(ハマル)が折れてますが、(アミン)に別状はありません。打撲や傷は数えきれませんが、ひととおり治療したので熱が出ることもないでしょう」


 みな(オモリウド)を撫で下ろしたが、ササウェイの豪勇(カタンギン)を思い出して冷汗をかく。そのとき、背後から不意に声がかかって言うには、


「ははは、治ってみたら風貌(ガタル)が変わっているかもしれんがね」


「その場違いな笑い声は……」


 タクカが振り返ると、そこには笑破鼓クメンの笑顔がある。


「笑いごとではないぞ!」


 シンが怒鳴ったが、アサンが微笑みながら制して、


「クメンも治療中は青い顔で心配していましたよ。鼻だけですんだので彼なりに喜んでいるんです。さあ、ここで騒いではいけません。あちらで今後の策を(はか)りましょう」


 (うなが)されて諸将は天幕を出る。帳幕(ホシリグ)に移って、五人の好漢は冴えない表情で腰を下ろす。まずシンが言うには、


「今日はスクのおかげで彼奴を退けたが、はっきり言ってあれはまずいぞ。戦に出るたびに誰かが犠牲になるのではたまらん」


 タクカも頷いて、


「明日もきっと彼奴が先鋒(ウトゥラヂュ)となって押し寄せよう。まったく亜喪神ムカリといい、彼奴といい、よくよく猛将(バアトル)に祟られる」


「牙狼将軍にお尋ねしますが、その猛将というのはどんな戦をするのですか?」


 アサンに問われて、ううむと唸ると、


「進むを知って退くを知らぬ奴だな。智恵はないが豪力無双。それはまあ、ウリャンハタきっての強力(クチュトゥ)の将、スク・ベクが死にかけたのを見ても判るだろう」


 すると莞爾と笑って言うには、


「なるほど、解りました。ならば恐れる必要(ヘレグテイ)はありません。明日は安心して出陣してください」


 居並ぶ諸将はおおいに驚く。シンが真っ先に言った。


「どういうことだ? もう彼奴を破る策が成ったのか」


ええ(ヂェー)。何か妙なことを言いましたか?」


 涼しい顔で答えれば、みな唖然として言葉(ウゲ)もない。(にわ)かにクメンがげらげらと笑いだす。タクカが(とが)めて、


「おい、笑破鼓! 笑っているが、お前には解っているのか?」


「ははは、解るわけないだろう。アサン、具体的に言わねばなるまいよ」


 快く応じて、


「そうですね。では聴いてください。強力に対するに強力をもってしてはいけません。幸い敵は強力を授かった分、智恵がないとか。それならそこを衝きましょう」


 シンが興奮を隠せぬ様子で、


「彼の得を取ることなく、失を取れというわけだな」


「そのとおりです。そこに気づきさえすれば、労することなく討ちとれるでしょう。驚くほど単純な策でよいのです」


 そう言うと諸将の(チフ)に何ごとか(ささや)く。(ようや)くみなの顔に喜色が浮かぶ。最後は誰もが笑いだしたが、くどくどしい話は抜きにする。




 さて、翌朝。今度はササウェイのほうから攻め寄せてきた。対するウリャンハタ軍も準備は万全、麒麟児シンを先頭に出陣する。右翼(バラウン・ガル)には牙狼将カムカ、(ヂェウン)(・ガル)には知世郎タクカ、後軍(ゲヂゲレウル)は笑破鼓クメンという陣立(バイダル)


 敵陣からササウェイが進み出ると、金剛球を高々(ホライタラ)と掲げて言った。


「やいやい、誰か勇気(ヂルケ)のある奴がいたら俺と勝負しろ!」


 シンは傍ら(デルゲ)のアサンを顧みる。


「よほど己の武勇に自信があるのでしょう。これで自ら死を選びました」

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