第七 七回 ②
シン・セク小虎公を救って聖知に見え
スク・ベク麒麟児を祐けて蛮勇を討つ
戦はササウェイの撤退とともにウリャンハタ軍が押しはじめ、戦機を捉えた牙狼将軍カムカの突入で大勢は決した。
三将は帰陣すると、回収した長槍を携えてスクを見舞った。スクは天幕の中で横になっていたが、その枕頭に一人の好漢の姿を見て、諸将はあっと驚いた。
「ご苦労さまです。見事な戦でした」
「あ、アサン!」
声を揃えて叫ぶと、一同おおいに喜ぶ。
「心配であとを追ってきたのですが……。かなりの強敵がいるようですね」
答えてカムカが険しい表情で言った。
「金剛球とかいう得物を使う化物がいてな。これがまたとてつもない大力の主で、スクほどの男がこの有様だ」
タクカが眉を顰めて、
「傷はどうなんだ?」
「はい。鼻が折れてますが、命に別状はありません。打撲や傷は数えきれませんが、ひととおり治療したので熱が出ることもないでしょう」
みな胸を撫で下ろしたが、ササウェイの豪勇を思い出して冷汗をかく。そのとき、背後から不意に声がかかって言うには、
「ははは、治ってみたら風貌が変わっているかもしれんがね」
「その場違いな笑い声は……」
タクカが振り返ると、そこには笑破鼓クメンの笑顔がある。
「笑いごとではないぞ!」
シンが怒鳴ったが、アサンが微笑みながら制して、
「クメンも治療中は青い顔で心配していましたよ。鼻だけですんだので彼なりに喜んでいるんです。さあ、ここで騒いではいけません。あちらで今後の策を諮りましょう」
促されて諸将は天幕を出る。帳幕に移って、五人の好漢は冴えない表情で腰を下ろす。まずシンが言うには、
「今日はスクのおかげで彼奴を退けたが、はっきり言ってあれはまずいぞ。戦に出るたびに誰かが犠牲になるのではたまらん」
タクカも頷いて、
「明日もきっと彼奴が先鋒となって押し寄せよう。まったく亜喪神ムカリといい、彼奴といい、よくよく猛将に祟られる」
「牙狼将軍にお尋ねしますが、その猛将というのはどんな戦をするのですか?」
アサンに問われて、ううむと唸ると、
「進むを知って退くを知らぬ奴だな。智恵はないが豪力無双。それはまあ、ウリャンハタきっての強力の将、スク・ベクが死にかけたのを見ても判るだろう」
すると莞爾と笑って言うには、
「なるほど、解りました。ならば恐れる必要はありません。明日は安心して出陣してください」
居並ぶ諸将はおおいに驚く。シンが真っ先に言った。
「どういうことだ? もう彼奴を破る策が成ったのか」
「ええ。何か妙なことを言いましたか?」
涼しい顔で答えれば、みな唖然として言葉もない。卒かにクメンがげらげらと笑いだす。タクカが咎めて、
「おい、笑破鼓! 笑っているが、お前には解っているのか?」
「ははは、解るわけないだろう。アサン、具体的に言わねばなるまいよ」
快く応じて、
「そうですね。では聴いてください。強力に対するに強力をもってしてはいけません。幸い敵は強力を授かった分、智恵がないとか。それならそこを衝きましょう」
シンが興奮を隠せぬ様子で、
「彼の得を取ることなく、失を取れというわけだな」
「そのとおりです。そこに気づきさえすれば、労することなく討ちとれるでしょう。驚くほど単純な策でよいのです」
そう言うと諸将の耳に何ごとか囁く。漸くみなの顔に喜色が浮かぶ。最後は誰もが笑いだしたが、くどくどしい話は抜きにする。
さて、翌朝。今度はササウェイのほうから攻め寄せてきた。対するウリャンハタ軍も準備は万全、麒麟児シンを先頭に出陣する。右翼には牙狼将カムカ、左翼には知世郎タクカ、後軍は笑破鼓クメンという陣立。
敵陣からササウェイが進み出ると、金剛球を高々と掲げて言った。
「やいやい、誰か勇気のある奴がいたら俺と勝負しろ!」
シンは傍らのアサンを顧みる。
「よほど己の武勇に自信があるのでしょう。これで自ら死を選びました」