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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
305/783

第七 七回 ①

シン・セク小虎公を救って聖知に(まみ)

スク・ベク麒麟児を(たす)けて蛮勇を討つ

 南下してきたクル・ジョルチ部を迎え撃つため、麒麟児シン・セク、一角(エベルトゥ)(・カブラン)スク・ベク、知世郎タクカの三将は兵を率いて、パンヤン高原で待つ牙狼(チノス)将軍(・シドゥ)カムカと合流(ベルチル)した。


 敵は老将セイヂュク率いる五千騎である。両軍は金鼓を打ち鳴らして激突したが、金剛球と称する奇異な得物を振るう猛将(バアトル)ササウェイの武威は、(バルアナチャ)を圧倒していた。


 スクはこれを憂えて長槍(オルトゥ・ヂダ)を掲げて一騎討ちを挑んだ。ところがこともあろうに金剛球はスクの愛馬の(ノロウ)を砕き、スク自身は地面(コセル)に放り出されてしまった。


「はははっ、口ほどにもない! (アクタ)の餌にしてやろう」


 ササウェイは哄笑とともにその大馬(トビチャグ)をスクに向けた。長槍は馬体の下敷きになったまま、取り出す暇はない。馬蹄(トゥル)は容赦なく頭上に迫る。逃れる術もないかと思いきや、さっと身を起こすと大喝して、


強力(クチュトゥ)を誇るのは、お前だけではないぞ!」


 そう言うと、何とササウェイの大馬の下に飛び込んだ。


「なっ、何をする!?」


 ササウェイは叫ぶと同時に身体の平衡を失う。というのも、スクがしかと両足を踏み締めて気合い一声、大馬の前半身を持ち上げたからである。馬は驚いて前脚(カア)をばたつかせ、狂ったように(いなな)く。


「うおおっ!」


 スクは(ヌル)を真っ赤に染めて渾身の(クチ)を加えた。馬はたまらず後脚(グヤ)を折って横倒しに倒れる。


 無論、鞍上のササウェイも放り出される。金剛球も(ガル)を離れ、鈍い音を立てて地に落ちた。


「くっ! 信じられぬことをする!」


 背をしたたかに打ったササウェイは、顔を(ゆが)めて吐き捨てた。


 スクはすかさず金剛球を拾わんとし、ササウェイはさせじとばかりに立ち上がる。先んじて飛びついたのはスク。しかし持ち上げようとしたところ、あまりの重さに意表を衝かれて前にのめった。


「まったく何てものを振り回していたんだ。あの阿呆(アルビン)め!」


 罵ったスクがはっと振り向けば、そこには怒り(アウルラアス)と苦痛に歪んだササウェイの顔があった。


「この小僧(ニルカ)め!」


 言うや否や、(グル)のごとき鉄拳を飛ばす。まともに喰らったスクは、数尺ばかりも吹っ飛ばされる。噴出した鼻血を押さえつつ立ち上がらんとするも、がくんと膝が折れて再び地に伏せる。


 ササウェイは得物を手にすると、咳き込みながらゆっくりと近づく。


(ゆる)さぬぞ、小僧」


 スクは激しい眩暈(めまい)に襲われ、(ニドゥ)は霞んだ状態だったが、(ダウン)のするほうへ(うそぶ)いて言うには、


「また小僧ときたか。ほかの語彙はないのか、低能(アルビン)め」


 これには怒るまいことか、凄まじい形相で睨みつけると、金剛球を振り上げた。


「一撃で楽にしてやる。俺様に逆らったことを冥府(バルドゥ)で悔やめ」


「何が俺様だ、ふざけるな!」


 あくまで虚勢を張り続けたが、内心思うに、


「こんな化物を相手にできるのはカントゥカぐらいのもんだろう。運が悪かったと諦めよう」


 と、突然ササウェイはあっと声を挙げて()()った。


「スク! 何を遊んでいるんだ!」


 声の主は何と麒麟児。その声に励まされて(ようや)く視界が明瞭になる。はっとして見れば、弓を構えたシンが駆けてくる。ササウェイはというと肩口(ムル)に二本の矢を受けて苦しんでいる。


「おお、麒麟児!」


「ぼうっとするな! さあ、替馬(コトル)を連れてきたぞ、()れ!」


 スクは(テリウ)がまだぼんやりしていたが、言われるままに(また)がる。


「よし、それでいい。あとは(まか)せろ!」


「俺の長槍……」


「拾っておいてやる! さあ、行け!」


 シンは()かしつつ矢を次々と放つ。気がつけば辺りは混戦に突入しており、彼我の人馬が入り乱れている。スクは頷くと馬腹を蹴って一散に後方へ退避した。


 一方のササウェイも馬を失い、矢傷を負ったこととて、罵り散らしながら徒歩で退却した。

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