第七 七回 ①
シン・セク小虎公を救って聖知に見え
スク・ベク麒麟児を祐けて蛮勇を討つ
南下してきたクル・ジョルチ部を迎え撃つため、麒麟児シン・セク、一角虎スク・ベク、知世郎タクカの三将は兵を率いて、パンヤン高原で待つ牙狼将軍カムカと合流した。
敵は老将セイヂュク率いる五千騎である。両軍は金鼓を打ち鳴らして激突したが、金剛球と称する奇異な得物を振るう猛将ササウェイの武威は、衆を圧倒していた。
スクはこれを憂えて長槍を掲げて一騎討ちを挑んだ。ところがこともあろうに金剛球はスクの愛馬の背を砕き、スク自身は地面に放り出されてしまった。
「はははっ、口ほどにもない! 馬の餌にしてやろう」
ササウェイは哄笑とともにその大馬をスクに向けた。長槍は馬体の下敷きになったまま、取り出す暇はない。馬蹄は容赦なく頭上に迫る。逃れる術もないかと思いきや、さっと身を起こすと大喝して、
「強力を誇るのは、お前だけではないぞ!」
そう言うと、何とササウェイの大馬の下に飛び込んだ。
「なっ、何をする!?」
ササウェイは叫ぶと同時に身体の平衡を失う。というのも、スクがしかと両足を踏み締めて気合い一声、大馬の前半身を持ち上げたからである。馬は驚いて前脚をばたつかせ、狂ったように嘶く。
「うおおっ!」
スクは顔を真っ赤に染めて渾身の力を加えた。馬はたまらず後脚を折って横倒しに倒れる。
無論、鞍上のササウェイも放り出される。金剛球も手を離れ、鈍い音を立てて地に落ちた。
「くっ! 信じられぬことをする!」
背をしたたかに打ったササウェイは、顔を歪めて吐き捨てた。
スクはすかさず金剛球を拾わんとし、ササウェイはさせじとばかりに立ち上がる。先んじて飛びついたのはスク。しかし持ち上げようとしたところ、あまりの重さに意表を衝かれて前にのめった。
「まったく何てものを振り回していたんだ。あの阿呆め!」
罵ったスクがはっと振り向けば、そこには怒りと苦痛に歪んだササウェイの顔があった。
「この小僧め!」
言うや否や、岩のごとき鉄拳を飛ばす。まともに喰らったスクは、数尺ばかりも吹っ飛ばされる。噴出した鼻血を押さえつつ立ち上がらんとするも、がくんと膝が折れて再び地に伏せる。
ササウェイは得物を手にすると、咳き込みながらゆっくりと近づく。
「恕さぬぞ、小僧」
スクは激しい眩暈に襲われ、目は霞んだ状態だったが、声のするほうへ嘯いて言うには、
「また小僧ときたか。ほかの語彙はないのか、低能め」
これには怒るまいことか、凄まじい形相で睨みつけると、金剛球を振り上げた。
「一撃で楽にしてやる。俺様に逆らったことを冥府で悔やめ」
「何が俺様だ、ふざけるな!」
あくまで虚勢を張り続けたが、内心思うに、
「こんな化物を相手にできるのはカントゥカぐらいのもんだろう。運が悪かったと諦めよう」
と、突然ササウェイはあっと声を挙げて仰け反った。
「スク! 何を遊んでいるんだ!」
声の主は何と麒麟児。その声に励まされて漸く視界が明瞭になる。はっとして見れば、弓を構えたシンが駆けてくる。ササウェイはというと肩口に二本の矢を受けて苦しんでいる。
「おお、麒麟児!」
「ぼうっとするな! さあ、替馬を連れてきたぞ、騎れ!」
スクは頭がまだぼんやりしていたが、言われるままに跨がる。
「よし、それでいい。あとは委せろ!」
「俺の長槍……」
「拾っておいてやる! さあ、行け!」
シンは急かしつつ矢を次々と放つ。気がつけば辺りは混戦に突入しており、彼我の人馬が入り乱れている。スクは頷くと馬腹を蹴って一散に後方へ退避した。
一方のササウェイも馬を失い、矢傷を負ったこととて、罵り散らしながら徒歩で退却した。