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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
304/783

第七 六回 ④

サチ渾沌郎と(とも)に勝形を解き

スク麒麟児と(とも)に剛将と争う

 くどくどしい話は抜きにして、彼らがパンヤン高原に着いたときには、すでに両軍が対峙していた。早速、牙狼将軍(チノス・シドゥ)カムカに合流(ベルチル)して互いに再会を喜ぶ。


 カムカは祝賀を述べると、一転して表情を改めて言った。


敵軍(ブルガ)は五千騎。昨日布陣(デム)()えたが、まだ干戈は交えていない。斥候(カラウルスン)によると、北西三十里に二万騎ほど営しているらしい。これはこちらの様子を窺っているのであろう」


 だいたいアサンの予想(ヂョン)どおりである。スクは腕をさすりながら意気込んで、


「軽く追い散らして奴らの(エレグ)を冷やしてやろう」


 もとより誰も異存はない。四人は早速兵を率いて出陣した。チダ軍二千を併せて総勢は七千騎である。中央(オルゴル)には長槍(オルトゥ・ヂダ)を掲げたスク・ベクがあり、両翼をネクサの二将が固める。後方はカムカが受け持った。


 一方のクル・ジョルチ軍も、増援されて進軍してきたウリャンハタ軍に気づいて、金鼓を打ち鳴らして態勢を整える。


 その将はタイクン氏族長(ノヤン)セイヂュクである。齢すでに六十(ヂャラン)なるも、いまだ猛将(バアトル)として天下に聞こえていた。傍ら(デルゲ)の魁偉な風貌(ガタル)を持つ将に(ダウン)をかけて、


叛賊(ブルガ)小僧(ニルカ)どもが(ソオル)の真似をしておるわ。のう、ササウェイ」


 ササウェイは大牛(ウヘル)のごとき体躯(ビイ)を震わせて笑うと、


「一戦にて蹴散らしてご覧に入れましょう」


 そう言って掲げたるを見れば、錫杖の先に巨大な(カタング)の球を冠した、まことに恐ろしげな得物。これぞ称して「金剛球」。ササウェイはこれを軽々と振り回す豪のものであった。


先駆け(ウトゥラヂュ)はお主じゃ。小僧どもにひと泡吹かせてまいれ」


承知(ヂェー)


 千騎(ミンガン)を従えると、怒号とともに押し出す。


「来たぞ」


 スク・ベクは(ニドゥ)を輝かせて、迎撃するべく金鼓を鳴らさせた。そこへ後方から伝令が来て告げるには、


「かのものはササウェイという猛将にて、素手で(カブラン)を撃つべき豪のものです。用心なされよ」


 一角虎(エベルトゥ・カブラン)の異名を持つスク・ベクは、みるみる怒気を(みなぎ)らせると大喝して言うには、


「それは我が渾名(あだな)を知って言うのか!」


 伝令ははっとすると恐縮しながら退散する。スクは長槍を(ガル)に馬腹を蹴った。かくして両軍の勇将が激突する。兵衆は互いに矢を放ち、(アクタ)を寄せて斬り結ぶ。勢いはほぼ互角であった。ササウェイはふんと(ハマル)を鳴らして、


「やるではないか。内戦(ブルガルドゥアン)疲弊(ハウタル)していると思ったが」


 しかし彼の前ではウリャンハタの精鋭も幼子(チャガ)のごとくあしらわれる。金剛球は人馬を問わず当たる端から(ヤス)を打ち砕く。それはまるで木の葉でも払うよう。たちまち屍の山(ウクレン・アウラ)が築かれる。スクは気を引き締めて思うに、


「あの化物を討ちとらねば兵が怖気(おじけ)づく」


 眼前の敵を深々と突き刺すと、馬を駆ってササウェイに挑みかかる。味方(イル)からは大歓声。


「やい、でかいの! 俺と勝負だ」


「小僧め。(アミン)を捨てに来たか!」


 ササウェイは馬上に(チェエヂ)()らしてこれを迎える。金剛球は不気味に黒く光っている。スクは裂帛の気合いをもって突きを繰り出した。があん、と鈍い音がして両者はすれ違う。再び互いに馬首を(めぐ)らして向き合った。ササウェイが言った。


「ほう、その並外れた長槍……。スク・ベクという小僧はお前か」


「小僧、小僧としつこいぞ。智恵足らずめ! その醜い得物で撃ってこい!」


「智恵足らずだと! この()()め!」


 怒り(アウルラアス)心頭に発して、(マグナイ)に血管を浮き上がらせると、重さ二十斤はあろうかという金剛球をぐるぐると振り回して馬腹を蹴った。


「まったく何という強力(クチュトゥ)だ。智恵のない分、天王(フルムスタ)様が憐れんだに違いない」


 半ば呆れて呟くと、長槍を構えて間合いを測る。ササウェイは哄笑とともに打ち込んでくる。鋼球が唸りを挙げる。スクは鞍上にさっと身を伏せてそれを(かわ)した。


「今度は俺の番だぜ!」


 そう叫んでやおら(テリウ)を上げたスクは、はっと息を呑んだ。頭上を過ぎ去ったと思われた鋼球が、反転して襲いかかってきたのである。


「ははは、死ねぃっ!!」


 ササウェイが()えた。


「何という怪力!」


 咄嗟に身体を捻って、馬体の逆側に抱きつくような格好で一撃を避ける。と、ぐしゃと骨が潰れた音がした。


 鋼球は騎手には()たらなかったが、何とその愛馬の(ノロウ)を砕いたのである。スクを()せて幾多の戦場を駆け巡ってきた駿馬(クルゥグ)も、(たま)らず口腔から大量の(ツォサン)を吐いて膝を折った。


「わあっ!」


 馬の側面にしがみついたまま、地面(コセル)に放り出される。馬体の下からあわてて這い出たスクを、ササウェイが(オロウル)(ゆが)めて笑いつつ見下ろした。


「はははっ、口ほどにもない! 馬の餌にしてやろう」


 そう言うとおもむろに手綱(デロア)を操り、その大馬(トビチャグ)をスクに向ける。


 スクは得物を(もと)めてさっと周囲を見渡したが、その長槍は愛馬の下に敷かれてすぐには取り出せない。眼前にはササウェイの巨躯を乗せた大馬の(トゥル)が迫る。


 まさしく豪勇を(うた)われた一角虎も、人知を超えた大力には抗するべくもなく、その大角を失って死の淵を覗くといったところ。


 先に仇敵(オソル)ミクケルを(とら)えた功も喜び(ヂルガラン)も今は夢のごとく、来たるべき平和(ヘンケ)も享受せぬまま(はかな)くなりかねない。兵法にいわく、「死地においては勇戦あるのみ」、スク・ベクはいかにしてこの危地を脱するか。それは次回で。

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