第七 六回 ④
サチ渾沌郎と倶に勝形を解き
スク麒麟児と与に剛将と争う
くどくどしい話は抜きにして、彼らがパンヤン高原に着いたときには、すでに両軍が対峙していた。早速、牙狼将軍カムカに合流して互いに再会を喜ぶ。
カムカは祝賀を述べると、一転して表情を改めて言った。
「敵軍は五千騎。昨日布陣を了えたが、まだ干戈は交えていない。斥候によると、北西三十里に二万騎ほど営しているらしい。これはこちらの様子を窺っているのであろう」
だいたいアサンの予想どおりである。スクは腕をさすりながら意気込んで、
「軽く追い散らして奴らの肝を冷やしてやろう」
もとより誰も異存はない。四人は早速兵を率いて出陣した。チダ軍二千を併せて総勢は七千騎である。中央には長槍を掲げたスク・ベクがあり、両翼をネクサの二将が固める。後方はカムカが受け持った。
一方のクル・ジョルチ軍も、増援されて進軍してきたウリャンハタ軍に気づいて、金鼓を打ち鳴らして態勢を整える。
その将はタイクン氏族長セイヂュクである。齢すでに六十なるも、いまだ猛将として天下に聞こえていた。傍らの魁偉な風貌を持つ将に声をかけて、
「叛賊の小僧どもが戦の真似をしておるわ。のう、ササウェイ」
ササウェイは大牛のごとき体躯を震わせて笑うと、
「一戦にて蹴散らしてご覧に入れましょう」
そう言って掲げたるを見れば、錫杖の先に巨大な鋼の球を冠した、まことに恐ろしげな得物。これぞ称して「金剛球」。ササウェイはこれを軽々と振り回す豪のものであった。
「先駆けはお主じゃ。小僧どもにひと泡吹かせてまいれ」
「承知」
千騎を従えると、怒号とともに押し出す。
「来たぞ」
スク・ベクは目を輝かせて、迎撃するべく金鼓を鳴らさせた。そこへ後方から伝令が来て告げるには、
「かのものはササウェイという猛将にて、素手で虎を撃つべき豪のものです。用心なされよ」
一角虎の異名を持つスク・ベクは、みるみる怒気を漲らせると大喝して言うには、
「それは我が渾名を知って言うのか!」
伝令ははっとすると恐縮しながら退散する。スクは長槍を手に馬腹を蹴った。かくして両軍の勇将が激突する。兵衆は互いに矢を放ち、馬を寄せて斬り結ぶ。勢いはほぼ互角であった。ササウェイはふんと鼻を鳴らして、
「やるではないか。内戦で疲弊していると思ったが」
しかし彼の前ではウリャンハタの精鋭も幼子のごとくあしらわれる。金剛球は人馬を問わず当たる端から骨を打ち砕く。それはまるで木の葉でも払うよう。たちまち屍の山が築かれる。スクは気を引き締めて思うに、
「あの化物を討ちとらねば兵が怖気づく」
眼前の敵を深々と突き刺すと、馬を駆ってササウェイに挑みかかる。味方からは大歓声。
「やい、でかいの! 俺と勝負だ」
「小僧め。命を捨てに来たか!」
ササウェイは馬上に胸を反らしてこれを迎える。金剛球は不気味に黒く光っている。スクは裂帛の気合いをもって突きを繰り出した。があん、と鈍い音がして両者はすれ違う。再び互いに馬首を廻らして向き合った。ササウェイが言った。
「ほう、その並外れた長槍……。スク・ベクという小僧はお前か」
「小僧、小僧としつこいぞ。智恵足らずめ! その醜い得物で撃ってこい!」
「智恵足らずだと! この小僧め!」
怒り心頭に発して、額に血管を浮き上がらせると、重さ二十斤はあろうかという金剛球をぐるぐると振り回して馬腹を蹴った。
「まったく何という強力だ。智恵のない分、天王様が憐れんだに違いない」
半ば呆れて呟くと、長槍を構えて間合いを測る。ササウェイは哄笑とともに打ち込んでくる。鋼球が唸りを挙げる。スクは鞍上にさっと身を伏せてそれを躱した。
「今度は俺の番だぜ!」
そう叫んでやおら頭を上げたスクは、はっと息を呑んだ。頭上を過ぎ去ったと思われた鋼球が、反転して襲いかかってきたのである。
「ははは、死ねぃっ!!」
ササウェイが吼えた。
「何という怪力!」
咄嗟に身体を捻って、馬体の逆側に抱きつくような格好で一撃を避ける。と、ぐしゃと骨が潰れた音がした。
鋼球は騎手には中たらなかったが、何とその愛馬の背を砕いたのである。スクを騎せて幾多の戦場を駆け巡ってきた駿馬も、堪らず口腔から大量の血を吐いて膝を折った。
「わあっ!」
馬の側面にしがみついたまま、地面に放り出される。馬体の下からあわてて這い出たスクを、ササウェイが唇を歪めて笑いつつ見下ろした。
「はははっ、口ほどにもない! 馬の餌にしてやろう」
そう言うとおもむろに手綱を操り、その大馬をスクに向ける。
スクは得物を索めてさっと周囲を見渡したが、その長槍は愛馬の下に敷かれてすぐには取り出せない。眼前にはササウェイの巨躯を乗せた大馬の蹄が迫る。
まさしく豪勇を謳われた一角虎も、人知を超えた大力には抗するべくもなく、その大角を失って死の淵を覗くといったところ。
先に仇敵ミクケルを擒えた功も喜びも今は夢のごとく、来たるべき平和も享受せぬまま儚くなりかねない。兵法にいわく、「死地においては勇戦あるのみ」、スク・ベクはいかにしてこの危地を脱するか。それは次回で。