第七 六回 ①
サチ渾沌郎と倶に勝形を解き
スク麒麟児と与に剛将と争う
さて衛天王カントゥカは、ドゥルガド台地でついにミクケルを撃ち破って処刑すると、論功行賞にて諸将を褒賞した。
中でも三倍に及ぶ敵軍の猛攻を凌いで勝利をもたらした花貌豹サチ、蒼鷹娘ササカ、娃白貂クミフ、急火箭ヨツチの四将はおおいに称揚された。ところがササカは、目を瞋らせて渾沌郎君ボッチギンを睨みつけると言うには、
「敵の総攻撃に際して、カンは僅か千騎の援軍しか寄越さず、無理な命令をされました。偶々麒麟児が間に合って勝利を得たものの得心がいきません。我々を捨て駒にするおつもりだったのですか」
居並ぶ諸将ははっと息を呑んでカントゥカを注視した。これに応じてボッチギンがおもむろに進み出ると、
「無論、盟友の命を捨てる策など立てるはずもないではないか」
「でも事実、私たちは死にかけたわ」
ふむと頷くと、ササカらの対面に腰を下ろして、
「では策戦について説き聞かせよう」
余のものも聞き逃すまいと身を乗り出す。
「まず状況として我らは地の利を得ていたが、クル・ジョルチ部の南下に備えて早急に勝ちを制さねばならなかった」
ササカをはじめみな頷く。ボッチギンは続けて、
「そういった制約がありながら双方の兵力はほぼ互角、まずまともに戦っては意図を果たすことはできぬ。真の意味での勝利を得るには速戦即決しか許されなかった。ただ一戦にして敵の主力を壊滅させた上でミクケルを擒えること。それが必須だった」
諸将を見廻しながら言葉を継いで、
「敵と同等の兵力をもって、なおかつ完全な勝利を得るためにはどうすればよいか。これが前提だ。ひとつの戦場に双方が全力を投入して戦い合えば、容易に勝敗が決しないのは自明の理。地の利を得ている分、最後には我らが勝ったかもしれぬ。しかしもし敵が賢明にも撤退を選択すれば、きっとミクケルは逃れ去って戦はさらに続いたであろう」
みな黙って耳を傾けている。
「それでは困る。そのとき、ミクケルが全軍をもって進攻中との報があった。これこそ好機だと判断した。ミクケルを含む敵軍のすべてがひとつところに集まるなら、これを逃さず殲滅すれば所期の目的は果たされる。しかし先にも言ったとおり、我らもまた全軍を投入して会戦すれば、勝敗なきままに戦が終わる可能性もある。そうなればまた次の機会を待たねばならない。あるいはそれを作り出さねばならない。それは策としてうまくない」
一旦言葉を切ったが、またすぐに口を開いて、
「確実に彼をひとつところに留めるためには、誤った判断をしてもらうことだ。すなわち彼奴らが優勢であると信じさせること。勝利を得られると判断しながら退く将はない。兵法に謂う『利をもってこれを誘う』というものだ。そこで、サチらに寡兵をもって踏み止まってもらった。これはまったくの賭けではない。蒼鷹娘は気に入らぬかもしれぬが、私にも確かな算があってこの責務を授けたのだ」
「算?」
「そうだ。そもそも敵軍は衆多きも統制に欠け、軍令は定まらず、戦を知らぬ四姦の掣肘(注1)によって、本来の武威を半ばも発揮できぬ。ミクケルも万騎を統べる才幹はなく、その多勢はかえって枷となる。すなわち敵騎二万といえども実質はその半分である、と私は見た」
その言葉にサチが頷いている。さらに続けて、
「これに対して花貌豹の兵は寡いとはいえ、強固に結束した精鋭。さらに花貌豹は将として虚勢に惑うことなく沈着に大局を分析し、瞬時に的確な行動を選択する才略がある。また苦しい戦に堪えて粘り抜く強靭な意志を備えている。ゆえにいかに彼が衆いといえども、半日を容易に支えうるだろうと踏んだのだ。いや、実際は数刻、凌いでもらえればよかった」
その目にいよいよ怜悧な光を蓄えつつ、
「より正確を期すれば、麒麟児率いるネサク軍が敵の後方に達するまで。また双城の兵がドゥルガド台地の入口に布陣するまで。そうした準備がことごとく了わるまで辛抱してもらえれば、あとは掌を返すがごとく易々と勝利を得ることができる」
シン・セクを目で指しながら、
「麒麟児には一軍をもってドルベン・ウルを越えて背後を衝くよう命じた。我が軍随一の速力を誇る精兵が到着すれば必ず勝つ。なぜならこれは単純な数理の問題である。半日の戦闘のあと、双方疲弊していない戦力をどれだけ保有しているか? ……すなわち彼は皆無であり、我はネサク軍三千を筆頭に本軍一万、双城軍一万を有している。これなら万にひとつも敗れる気遣いはない。そうであろう」
初めて笑みを浮かべて言うには、
「これをもってこれを覩れば、勝つべくして勝ったのであり、決して無謀を強いたわけではないことが解ろう」
居並ぶ諸将はほうと溜息を漏らす。
(注1)【掣肘】傍からあれこれと干渉して、自由に行動させないこと。