表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻六
301/783

第七 六回 ①

サチ渾沌郎と(とも)に勝形を解き

スク麒麟児と(とも)に剛将と争う

 さて衛天王カントゥカは、ドゥルガド台地でついにミクケルを撃ち破って処刑すると、論功行賞にて諸将を褒賞した。


 中でも三倍に及ぶ敵軍(ブルガ)の猛攻を(しの)いで勝利をもたらした花貌豹サチ、蒼鷹娘(ボルテ・シバウン)ササカ、娃白貂(あいはくちょう)クミフ、急火箭ヨツチの四将はおおいに称揚された。ところがササカは、(ニドゥ)(いか)らせて渾沌郎君ボッチギンを睨みつけると言うには、


「敵の総攻撃に際して、カンは僅か千騎(ミンガン)援軍(トゥサ)しか寄越さず、無理な命令(ヂャルリク)をされました。偶々(たまたま)麒麟児が間に合って勝利を得たものの得心がいきません。我々を捨て駒にするおつもりだったのですか」


 居並ぶ諸将ははっと息を呑んでカントゥカを注視した。これに応じてボッチギンがおもむろに進み出ると、


「無論、盟友(アンダ)(アミン)を捨てる策など立てるはずもないではないか」


「でも事実、私たちは死にかけたわ」


 ふむと頷くと、ササカらの対面に腰を下ろして、


「では策戦について説き聞かせよう」


 余のものも聞き逃すまいと身を乗り出す。


「まず状況として我らは地の利を得ていたが、クル・ジョルチ部の南下に備えて早急に勝ちを制さねばならなかった」


 ササカをはじめみな頷く。ボッチギンは続けて、


「そういった制約がありながら双方の兵力はほぼ互角、まずまともに戦っては意図を果たすことはできぬ。真の意味での勝利を得るには速戦即決しか許されなかった。ただ一戦にして敵の主力を壊滅させた上でミクケルを(とら)えること。それが必須だった」


 諸将を見廻しながら言葉(ウゲ)を継いで、


「敵と同等の兵力をもって、なおかつ完全(ブドゥン)な勝利を得るためにはどうすればよいか。これが前提だ。ひとつの戦場に双方が全力を投入して戦い合え(カドクルドゥクイ)ば、容易(アマルハン)に勝敗が決しないのは自明の(ヨス)。地の利を得ている分、最後には我らが勝ったかもしれぬ。しかしもし敵が賢明(ボクダ)にも撤退を選択すれば、きっとミクケルは逃れ去って(ソオル)はさらに続いたであろう」


 みな黙って(チフ)を傾けている。


「それでは困る。そのとき、ミクケルが全軍をもって進攻中との報があった。これこそ好機(チャク)だと判断した。ミクケルを含む敵軍のすべてがひとつところに集まるなら、これを逃さず殲滅(ムクリ・ムスクリ)すれば所期の目的は果たされる。しかし先にも言ったとおり、我らもまた全軍を投入して会戦すれば、勝敗なきままに戦が終わる可能性もある。そうなればまた次の機会を待たねばならない。あるいはそれを作り出さねばならない。それは策としてうまくない」


 一旦言葉を切ったが、またすぐに(アマン)を開いて、


「確実に彼をひとつところに留めるためには、誤った判断をしてもらうことだ。すなわち()()()()()()()()()()()()()()()()()。勝利を得られると判断しながら退く将はない。兵法に謂う『利をもってこれを誘う』というものだ。そこで、サチらに寡兵をもって踏み止まってもらった。これはまったくの賭けではない。蒼鷹娘は気に入らぬかもしれぬが、私にも確かな算があってこの責務(アルバ)を授けたのだ」


「算?」


そうだ(ヂェー)。そもそも敵軍は衆多きも統制に欠け、軍令は定まらず、戦を知らぬ四姦(ドルベン・クラガイ)掣肘(せいちゅう)(注1)によって、本来の武威を半ば(ヂアリム)も発揮できぬ。ミクケルも万騎(トゥメン)を統べる才幹(アルガ)はなく、その多勢はかえって(かせ)となる。すなわち敵騎二万といえども実質はその半分である、と私は見た」


 その言葉にサチが頷いている。さらに続けて、


「これに対して花貌豹の兵は(すくな)いとはいえ、強固に結束した精鋭。さらに花貌豹は将として虚勢に惑うことなく沈着に大局を分析し、瞬時(トゥルバス)に的確な行動を選択する才略(アルガ)がある。また苦しい戦に堪えて粘り抜く強靭な意志(オロ)を備えている。ゆえにいかに彼が(おお)いといえども、半日を容易に支えうるだろうと踏んだのだ。いや(ブルウ)、実際は数刻、(しの)いでもらえればよかった」


 その目にいよいよ怜悧な光を蓄えつつ、


「より正確を期すれば、麒麟児率いるネサク軍が敵の後方に達するまで。また双城の兵がドゥルガド台地の入口に布陣するまで。そうした準備がことごとく()わるまで辛抱してもらえれば、あとは掌を返すがごとく易々と勝利を得ることができる」


 シン・セクを目で指しながら、


「麒麟児には一軍をもってドルベン・ウルを越えて背後を衝くよう命じた。我が軍随一の速力を誇る精兵が到着すれば必ず勝つ。なぜならこれは単純な数理の問題である。半日の戦闘(カドクルドゥアン)のあと、双方疲弊(ハウタル)していない戦力をどれだけ保有しているか? ……すなわち彼は皆無であり、我はネサク軍三千を筆頭に本軍一万(トゥメン)、双城軍一万を有している。これなら万にひとつも敗れる気遣いはない。そうであろう」


 初めて笑みを浮かべて言うには、


「これをもってこれを()れば、勝つべくして勝ったのであり、決して無謀を()いたわけではないことが解ろう」


 居並ぶ諸将はほうと溜息を漏らす。

(注1)【掣肘(せいちゅう)】傍からあれこれと干渉して、自由に行動させないこと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ