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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
30/783

第 八 回 ②

諸将十面に埋伏してサルカキタンを(とりこ)にし

六駒忠義を貫徹してインジャを嘆ぜしむ

 右翼(バラウン・ガル)からは(ハラ)の軍、率いるはシャジ。守るはジュマキン。この男、「六駒」のうちでも抜きん出た豪のもの(クチュトゥ)、勇を奮ってなかなか崩れない。


 業を煮やして一騎討ちを挑めば、ジュマキンはにやりと笑ってこれに応える。渡り合うこと十合、次第にシャジの旗色が悪くなる。


「これはいかん」


 くるりと(ノロウ)を向けて逃げ出す。と、そこに現れたのは(ツェゲン)の軍、すなわちハクヒの手勢。ならば(クチ)を併せて、と勇んで(アクタ)を返す。


 そのころにはセイネンとナオルが中軍(ゴル)を突き崩し、サルカキタンを追っていた。ジュマキンは主君(エヂェン)を護るべく取って返す。そこにシャジとハクヒが追い(すが)った。


 ジュマキンは振り返りざまに矢を放つ。すると矢はハクヒの(ムル)に深々と突き刺さった(カドゥグタダアス)


「あっ!」


 (ダウン)を挙げてハクヒは落馬する。シャジはあわてて手綱(デロア)を抑えてこれを助ける。驚きの念を禁じえず、


「何という強い将だ。むざむざ乱戦の中で殺す(アラハ)には惜しい」




 そのころ後軍(ゲヂゲレウル)にあったシャキは、突き入って主君を救おうとしたが多勢に無勢、どうしても敵騎の(ヘレム)を破れずにいた。やむをえず乱戦に巻き込まれぬよう、やや退いて軍を固める。


 と、サルカキタンが僅かな手勢に守られて奮戦しているのが見えた。はっとして叫んで、


族長(ノヤン)様を救い出せ!」


 とて再び突撃した。そこに白い旗の軍勢が立ち(ふさ)がる。シャキは死に物狂いでこれを攻める。主将のハクヒが傷を負った白軍は、今ひとつ気勢が揚がらない。そこでシャキは運好く重囲(ボソヂュ)の中に分け入り、急いでサルカキタンらを助けに向かった。


「おおっ、シャキ!」


 忠臣の姿(カラア)を認めたサルカキタンは愁眉を開く思い。


「こちらへ!」


 ジュマキンが(ブルガ)を薙ぎ倒して道を開き、(ようや)くシャキと合流(ベルチル)した。しかし困難はむしろこれから、囲みを破って逃れねば再会したのも水の泡、儚く死体を連ねることになる。


 敗軍の主従はしっかと固まって、敢然と包囲の一角に斬り込んだ。やがてシャキ、ジュマキンの奮戦が功を奏して脱出に成功する。周りを見れば僅かに数百騎、駆けながらサルカキタンはうなだれた。


「シャキよ、お主の言うことを聞いておれば……」


「勝敗は兵家の常、今は無事に逃れることを考えましょう」


 主従はひたすら駆けた。後背からはセイネン、ナオルらが追撃してくる。逃げるも必死なら追うも必死。


 サルカキタンらは連丘を脱け出る術といえば黄色い石(ツァビダル・グル)(たの)むほかない。なので敵の奸計と知りつつも、石を見ればつい道を曲がった。


 もちろんセイネンはそれを予見(ヂョン)して抜かりがない。要所要所に伏勢があって喊声を挙げる。いちいちサルカキタンは(エレグ)を冷やして間道に飛び込む。


 ただそれは実はセイネン得意の偽兵であった。伏兵に()く兵力はなかったのである。敵の疲労と焦燥を誘うために配されたに過ぎない。兵力の大半は先に右派軍の本陣を叩くのに投入されていた。


 それでもサルカキタンは確実にセイネンの張った(チルメ)の中に落ちようとしていた。


 肝を冷やすこと数度、飛び込んだところにまた喊声が挙がった。今度は(まぎ)れもなく真の軍勢が彼らの行く手を遮った。その数、五百騎。


「ああっ、もう終わりだ!」


 サルカキタンは上天(テンゲリ)を仰ぐ。

 と、敵軍の人馬がさっと二手に分かれて、一人の将が進み出た。


 見れば(テリウ)には一角(エベルトゥ)の兜を戴き、首には紅蓮の(えい)、身には白銀の鎧甲を(まと)い、腰には獣面をあしらった帯鉤、背には朱塗りの豪弓を負い、(ガル)にはひと振りの宝剣、()る馬は希代の駿馬(クルゥグ)


(ヂェウン)の彼方よりメルヒル・ブカへようこそ。フドウ氏族長(ノヤン)インジャと申します。大人の高名はかねがね聞き及んでおりましたが、お目にかかれて光栄です。本日は図らずも(ソオル)をご指導いただいたので、いかほどか返礼(カリラ)をいたしたい。願わくば(ウルドゥ)を棄てて我が(トイ)へ参られよ」


 凛とした声が響く。ジュマキンがおおいに怒って、


族長(ノヤン)! あんな豎子(ニルカ)に捕縛の(はずかし)めを受けるのは辛抱なりません」


 シャキも(ニドゥ)(いか)らせてこれに(なら)う。


「あの高慢な(ハマル)を叩き折ってくれましょう!」


 だが彼らの主君は、


「もう逃げられぬ……」


族長(ノヤン)!」


 ジュマキンは手にした(ヂダ)で、さっとサルカキタンの馬の(ボコレ)を突いた。馬はたまらずひひんと(いなな)き、もの凄い勢いで駆け出す。シャキ、ジュマキンも得物を(かざ)してこれに続く。


「諦めの悪い方々だ」


 インジャが宝剣を振り下ろせば、たちまち乱戦となる。さらに到着したセイネン、ナオルの軍勢が殺到する。


「シャキ! ここは俺が喰い止める。族長(ノヤン)を守って落ち延びよ!」


 ジュマキンが叫べば、


心得た(ヂェー)!」


 とて、シャキは群がる敵兵を薙ぎ倒し、主君を(かば)いつつ駆け去った。ナオル、シャジがこれを追おうとしたが、ジュマキンが立ち(ふさ)がる。しかし「勇者(バアトル)激流(キヤト)には逆らえぬ」と謂うとおり、ついに衆寡敵せず(とら)えられた。

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