第 八 回 ②
諸将十面に埋伏してサルカキタンを虜にし
六駒忠義を貫徹してインジャを嘆ぜしむ
右翼からは黒の軍、率いるはシャジ。守るはジュマキン。この男、「六駒」のうちでも抜きん出た豪のもの、勇を奮ってなかなか崩れない。
業を煮やして一騎討ちを挑めば、ジュマキンはにやりと笑ってこれに応える。渡り合うこと十合、次第にシャジの旗色が悪くなる。
「これはいかん」
くるりと背を向けて逃げ出す。と、そこに現れたのは白の軍、すなわちハクヒの手勢。ならば力を併せて、と勇んで馬を返す。
そのころにはセイネンとナオルが中軍を突き崩し、サルカキタンを追っていた。ジュマキンは主君を護るべく取って返す。そこにシャジとハクヒが追い縋った。
ジュマキンは振り返りざまに矢を放つ。すると矢はハクヒの肩に深々と突き刺さった。
「あっ!」
声を挙げてハクヒは落馬する。シャジはあわてて手綱を抑えてこれを助ける。驚きの念を禁じえず、
「何という強い将だ。むざむざ乱戦の中で殺すには惜しい」
そのころ後軍にあったシャキは、突き入って主君を救おうとしたが多勢に無勢、どうしても敵騎の壁を破れずにいた。やむをえず乱戦に巻き込まれぬよう、やや退いて軍を固める。
と、サルカキタンが僅かな手勢に守られて奮戦しているのが見えた。はっとして叫んで、
「族長様を救い出せ!」
とて再び突撃した。そこに白い旗の軍勢が立ち塞がる。シャキは死に物狂いでこれを攻める。主将のハクヒが傷を負った白軍は、今ひとつ気勢が揚がらない。そこでシャキは運好く重囲の中に分け入り、急いでサルカキタンらを助けに向かった。
「おおっ、シャキ!」
忠臣の姿を認めたサルカキタンは愁眉を開く思い。
「こちらへ!」
ジュマキンが敵を薙ぎ倒して道を開き、漸くシャキと合流した。しかし困難はむしろこれから、囲みを破って逃れねば再会したのも水の泡、儚く死体を連ねることになる。
敗軍の主従はしっかと固まって、敢然と包囲の一角に斬り込んだ。やがてシャキ、ジュマキンの奮戦が功を奏して脱出に成功する。周りを見れば僅かに数百騎、駆けながらサルカキタンはうなだれた。
「シャキよ、お主の言うことを聞いておれば……」
「勝敗は兵家の常、今は無事に逃れることを考えましょう」
主従はひたすら駆けた。後背からはセイネン、ナオルらが追撃してくる。逃げるも必死なら追うも必死。
サルカキタンらは連丘を脱け出る術といえば黄色い石を恃むほかない。なので敵の奸計と知りつつも、石を見ればつい道を曲がった。
もちろんセイネンはそれを予見して抜かりがない。要所要所に伏勢があって喊声を挙げる。いちいちサルカキタンは肝を冷やして間道に飛び込む。
ただそれは実はセイネン得意の偽兵であった。伏兵に割く兵力はなかったのである。敵の疲労と焦燥を誘うために配されたに過ぎない。兵力の大半は先に右派軍の本陣を叩くのに投入されていた。
それでもサルカキタンは確実にセイネンの張った網の中に落ちようとしていた。
肝を冷やすこと数度、飛び込んだところにまた喊声が挙がった。今度は紛れもなく真の軍勢が彼らの行く手を遮った。その数、五百騎。
「ああっ、もう終わりだ!」
サルカキタンは上天を仰ぐ。
と、敵軍の人馬がさっと二手に分かれて、一人の将が進み出た。
見れば頭には一角の兜を戴き、首には紅蓮の纓、身には白銀の鎧甲を纏い、腰には獣面をあしらった帯鉤、背には朱塗りの豪弓を負い、手にはひと振りの宝剣、騎る馬は希代の駿馬。
「東の彼方よりメルヒル・ブカへようこそ。フドウ氏族長インジャと申します。大人の高名はかねがね聞き及んでおりましたが、お目にかかれて光栄です。本日は図らずも戦をご指導いただいたので、いかほどか返礼をいたしたい。願わくば剣を棄てて我が陣へ参られよ」
凛とした声が響く。ジュマキンがおおいに怒って、
「族長! あんな豎子に捕縛の辱めを受けるのは辛抱なりません」
シャキも目を瞋らせてこれに倣う。
「あの高慢な鼻を叩き折ってくれましょう!」
だが彼らの主君は、
「もう逃げられぬ……」
「族長!」
ジュマキンは手にした槍で、さっとサルカキタンの馬の尻を突いた。馬はたまらずひひんと嘶き、もの凄い勢いで駆け出す。シャキ、ジュマキンも得物を翳してこれに続く。
「諦めの悪い方々だ」
インジャが宝剣を振り下ろせば、たちまち乱戦となる。さらに到着したセイネン、ナオルの軍勢が殺到する。
「シャキ! ここは俺が喰い止める。族長を守って落ち延びよ!」
ジュマキンが叫べば、
「心得た!」
とて、シャキは群がる敵兵を薙ぎ倒し、主君を庇いつつ駆け去った。ナオル、シャジがこれを追おうとしたが、ジュマキンが立ち塞がる。しかし「勇者も激流には逆らえぬ」と謂うとおり、ついに衆寡敵せず擒えられた。