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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
3/782

第 一 回 ③

草原乱れてジョルチ(とも)に争い(たお)

族長(しゅっ)してフドウ(たちま)(のが)れ走る

 そうして行くこと二日、後方に砂塵が上がった。


「しまった! アイヅム氏の追撃だ!」


 今さらながらに一行は速足(ハティラー)になったが、逃れるべくもなく、みるみるうちに馬蹄(トゥル)の音が迫る。


「かくなる上は一戦あるのみ。ハクヒ、お前は夫人を護って落ちのびよ。わしはここで彼奴らを喰い止める。フドウの存亡はお前次第だぞ」


 勇ましくオラジュイが言い放つや、腰の長剣(オルトゥ・ウルドゥ)を引き抜いた。


叔父上(アバガ)、かたじけない! 武運あらばまたお会いできましょう!」


 ハクヒは馬上で一礼すると、十数騎を従えて先を急ぐ。


「夫人が遠く去るまで一歩も退くでないぞ!」


 そこへさっと一騎現れて言うには、


「オラジュイ様、私もここで死ぬ決意です」


「おお、ツウティ、よくぞ言った。参れ!」


 二人は(アクタ)を返すと、おうと叫びつつ突撃する。追ってきたのは案の定、アイヅム氏の一軍。先頭にはフウを謀殺した当のテクズスが、長槍(オルトゥ・ヂダ)を携えて駆け来たる。オラジュイはその姿(カラア)を認めるや、おおいに罵って言うには、


小僧(ニルカ)め! 盟友(アンダ)を罠にかけるとは恥を知らんのか! 草原(ミノウル)にお前のような愚か者(アルビン)がいようとは思わなんだわ」


 テクズスも(ヌル)を朱に染めて罵り返す。


「この老いぼれめ、(ホニデイ)の番でもしておればよいものを出しゃばりおって! それほどまでして死に急ぎたいか」


 オラジュイはさらに怒り(アウルラアス)を新たにして、得物を振り(かざ)しつつ斬りかかった。テクズスも長槍を持ち直して、これを迎え撃つ。


 かくして馬上で渡り合うこと二十合あまり、先にオラジュイの剣が乱れはじめた。かつてジョルチ部にその人ありと(うた)われた猛将(バアトル)も、老いには勝てぬといったところ。


「老いたり、オラジュイ!」


 テクズスは一喝すると、ここぞとばかりに槍を繰り出す。オラジュイは(かわ)しきれず、あえなく(ホオライ)を貫かれて討ちとられてしまった。


 一方のツウティは、騎兵を従えて正面からアイヅムの精鋭にぶつかったが、衆寡敵せず苦戦していたところ、オラジュイが敗れたのを()の当たりにしてすっかり挫けてしまった。アイヅム軍の士気はますます揚がり、これに撃ちかかる。次第にフドウ軍は数を減じて、踏み止まっているのがやっとの有様。


「無念!」


 あわれツウティも四方八方から繰り出される槍を受けて草原の露(ケエリイン・シウデル)と消えた。アイヅム軍は逃げ散った家畜(アドオスン)を集め、勝利に酔いしれながら東方へと去っていった。




 さて、戦場を離脱(アンギダ)したハクヒらは、ムウチの(テルゲン)を護りつつ、西へ西へと歩を進めた。


「ハクヒ殿」


 突然、ムウチが声をかけた。


「どうかなさいましたか」


「私たちはどこへ向かっているのですか」


 ハクヒは答えに窮する。さらに続けて、


「オラジュイ殿やツウティは無事でしょうか」


 これにも答えることはできない。

 ムウチは溜息混じりに言った。


「フドウは、もう終わりなのですね」


 ハクヒは、はっとするや声を大にして、


「ご夫人がそのようなことをお考えになってはなりません。無事、世嗣がお生まれになればフドウは再び栄えましょう。それまでは(クチ)足らぬやもしれませぬが、このハクヒが(アミン)を賭してお守りいたします」


 ムウチは、すっかりうち萎れた様子で、


「……ハクヒ殿だけが(たの)みです」


「ともかく今はアイヅムから逃れるのが先決、先を急ぎましょう」


 といってハクヒに心算があるわけではなかった。自然、険しい顔つきで黙り込む。だがそこでムウチにはふと思い出したことがあった。


西(バラウン)といえば。タムヤにあの御仁がいるのではありませんか」


「と申しますと?」


「ハクヒ殿はご存知ないか。族長(ノヤン)の旧知の方でクル・ジョルチ部出身の……、何と言いましたか……」


 するとハクヒの表情にみるみる生気が戻る。


「あっ! すっかり忘れて(ウマルタヂュ)おりました。エジシ様のことでしょう。よくぞ思い出されました。(あや)うく大事を誤るところでした。まずはエジシ様を(たの)みましょう」


「受け容れてくださるでしょうか」


「私もお会いしたことはありませんが、ご懸念には及びません。さあ、参りましょう、(ナチン)の翼をもってタムヤへ!」


 一行は暗中に光を見出だして、意気揚々と西へ向かったが、その話はここまでとする。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ツイッターの小説を読むタグより参りました! 束の間だった平和から始まる逃亡劇、良いですね! 緊迫した雰囲気でひやひやしました!
[良い点] 久しぶりの重厚な作品でニヤッとしてしまいました。鹿の王を読んでいるような感覚……。素敵な読書体験です。この先も楽しみたいと思います……!
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