第七 四回 ③
花貌豹雪を払ってミクケルの営を焼き
蒼鷹娘風を破ってボロウルの肘を射る
この間にもミクケルは猛烈な砂塵に堪えつつ、一路ドゥルガド台地を目指していた。荒れ狂う砂塵は嘲弄するかのごとく間断なく襲いかかり、将兵は布で面を覆い、黙々と進み続けた。
脱走を図る兵もあったが、四姦の忠実な狗がすべて斬って捨てた。軍中には不満が蔓延し、士気は振るわなかった。
中軍にあるツォトンは、これを危惧して幾度もミクケルを諫めたが容れられず、ついには逆鱗に触れて檻車に押し込まれてしまった。チンサンらは内心おおいに喜ぶ。クルドは奸智をもって知られた男だが、奏して言うには、
「かの叛賊がドゥルガドのような辺地に隠れているのは、大カンの威光を恐れているのです。この砂塵の中を攻めてくるとは思いも寄らず、備えを怠っているに相違ありません。大カンのご決断はまことに英断、かの小僧どもは我が軍を見ただけであわてて逃げだすでしょう」
ミクケルは満悦の体で、さらなる強行軍を強いた。
さて、カントゥカは矮狻猊に命じて大量の斥候を放ち、続々ともたらされる報告によってミクケル軍の正確な位置を把握していた。
「無理な行軍をするものだ。敵は予想より早く至ろうぞ」
ボッチギンが呆れたように言うと、アサンが静かに答えた。
「それだけ敵の滅亡が早まるのです」
かくして敵軍の来たる日時を計算し、万端整えてこれを待った。果たしてその予想は的中する。先鋒のサチは敵影を認めると、眉ひとつ動かさずに傍らのササカに言った。
「いよいよだな」
「そうね」
「臆するな」
蒼鷹娘は挑みかかるようにこれを睨むと、一転微笑んで、
「臆するですって? こんなにわくわくしたことはないわ」
サチらが布陣しているのは台地の入口とも云うべき地で、前方へ緩やかに傾斜している。つまりミクケル軍は逆風をついて高所に攻め上がることになる。
烈風を裂いて高らかに銅鑼の音が響きわたる。これがサチの宣戦布告であった。同時に二人の大カンの決戦が幕を開けた。サチは朱塗りの槍を高々と掲げると、常にない大声で言った。
「かの暴虐の主を討て!」
地を揺るがすほどの大喊声が巻き起こり、五千の騎兵は一斉に飛び出した。
一方、ミクケル軍の先鋒であるムカリとボロウルは、突如鳴り響いた銅鑼に馬から転げ落ちそうになるほど驚いた。あわてて馬上に体勢を整えたところ、傍らの兵が悲鳴混じりに叫ぶ。
「あ、あれを! 敵です。敵が突っ込んできます!」
目を細めつつ前方を見遣れば、怒涛の勢いでカオエン軍が突撃してくる。ムカリは怒り心頭に発すると、
「小癪な! 迎え撃て!」
金鼓が打ち鳴らされ、あわてて陣形を整えんとするも、そこにサチを先頭に五千騎が奔流のごとく襲いかかる。
矢は風に乗って雷光のごとくミクケル軍を撃ち、兵衆は悲鳴とともにばたばたと倒れ伏す。応射した矢は逆風に威力を減じて、勢いを止めるべくもない。
かくしておおいに乱れたところへ槍を構えた先陣が突き入れば、たちまちどっと崩れる。左右相救わず、前後相援けぬ有様、矢に惑い、槍を避け、風に破られて散り散りになる。
「ぬぬうっ! 止まれ、止まらんか!」
ボロウルが怒鳴ったが効はなく、やむをえず自ら二十斤の錫杖を振るって暴れ回る。その行くところ、瞬く間に屍の山が築かれる。
ムカリも戦斧で風を切り裂き、砂塵をものともせぬ様子で奮戦する。完全なる敗勢も、二名の猛将がそれを許さない。
ササカは感心して、
「一騎当千とはまさにこのことだわ。あの二人を何とかしなければ」
そう呟くと、弓を取り出してぴたりと狙いを定める。美貌にみるみる気合いを漲らせてひょうと放てば、矢は空を裂いて一直線に飛ぶ。その向かうところに醜面亀ボロウルの巨躯があった。
「あっ!」
矢は見事その左肘に突き立ち、思わず馬上によろめいて得物を取り落とす。それを見たカオエンの兵衆がわっと歓声を挙げて群がる。
「くっ、まずい!」
あわてて馬首を廻らすと一散に駆け去る。ボロウルの負傷でミクケル軍はどっと浮足立つ。無論サチがそれを見逃すはずもない。
「押せ!」
それを機にさらに攻め立てる。さしもの亜喪神も為す術なくじりじりと後退する。それを娃白貂クミフが兵を指揮して一挙に包囲せんと図れば、ついに堪りかねて、
「退け、退け!」
一斉に退却に転じる。サチ、ササカ、クミフはこれを二十里あまりも追撃して、数百頭の軍馬を奪った。




