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草原演義  作者: 秋田大介
巻五
295/785

第七 四回 ③

花貌豹雪を払ってミクケルの営を焼き

蒼鷹娘風を破ってボロウルの肘を射る

 この間にもミクケルは猛烈な砂塵に堪えつつ、一路ドゥルガド台地を目指していた。荒れ狂う砂塵は嘲弄するかのごとく間断なく襲いかかり、将兵は(フルテスン)で面を覆い、黙々と進み続けた。


 脱走(オロア)を図る兵もあったが、四姦(ドルベン・クラガイ)忠実(シドゥルグ)(ノガイ)がすべて斬って捨てた。軍中には不満が蔓延し、士気は振るわなかった。


 中軍(イェケ・ゴル)にあるツォトンは、これを危惧して幾度もミクケルを諫めたが容れられず、ついには逆鱗に触れて檻車に押し込まれてしまった。チンサンらは内心おおいに喜ぶ。クルドは奸智をもって知られた男だが、奏して言うには、


「かの叛賊(ブルガ)がドゥルガドのような辺地に隠れているのは、大カンの威光を恐れているのです。この砂塵の中を攻めてくるとは思いも寄らず、備えを怠っているに相違ありません。大カンのご決断はまことに英断、かの小僧(ニルカ)どもは我が軍を見ただけであわてて逃げだすでしょう」


 ミクケルは満悦の(てい)で、さらなる強行軍を()いた。


 さて、カントゥカは矮狻猊(わいさんげい)に命じて大量の斥候(カラウルスン)を放ち、続々ともたらされる報告によってミクケル軍の正確な位置を把握していた。


「無理な行軍をするものだ。(ブルガ)予想(ヂョン)より早く至ろうぞ」


 ボッチギンが呆れたように言うと、アサンが静か(ヌタ)に答えた。


「それだけ敵の滅亡が早まるのです」


 かくして敵軍の来たる日時を計算し、万端整えてこれを待った。果たしてその予想は的中(オノフ)する。先鋒(ウトゥラヂュ)のサチは敵影を認めると、(フムスグ)ひとつ動かさずに傍ら(デルゲ)のササカに言った。


「いよいよだな」


「そうね」


「臆するな」


 蒼鷹娘(ボルテ・シバウン)は挑みかかるようにこれを睨むと、一転微笑んで、


「臆するですって? こんなにわくわくしたことはないわ」


 サチらが布陣しているのは台地の入口とも云うべき(ガヂャル)で、前方へ緩やかに傾斜している。つまりミクケル軍は逆風をついて高所に攻め上がることになる。


 烈風(ハラ・サルヒ)を裂いて高らか(ホライタラ)に銅鑼の音が響きわたる。これがサチの宣戦布告であった。同時に二人の大カンの決戦が幕を開けた。サチは朱塗りの(ヂダ)を高々と掲げると、常にない大声で言った。


「かの暴虐の(エルキム)を討て!」


 地を揺るがすほどの大喊声が巻き起こり、五千の騎兵は一斉に飛び出した。


 一方、ミクケル軍の先鋒であるムカリとボロウルは、突如鳴り響いた銅鑼に(アクタ)から転げ落ちそうになるほど驚いた。あわてて馬上に体勢を整えたところ、傍らの兵が悲鳴混じりに叫ぶ。


「あ、あれを! 敵です。敵が突っ込んできます!」


 (ニドゥ)を細めつつ前方を見遣(みや)れば、怒涛の勢いでカオエン軍が突撃してくる。ムカリは怒り(アウルラアス)心頭に発すると、


「小癪な! 迎え撃て!」


 金鼓が打ち鳴らされ、あわてて陣形(バイダル)を整えんとするも、そこにサチを先頭に五千騎が奔流(キヤト)のごとく襲いかかる。


 矢は風に乗って雷光(アヤンガ)のごとくミクケル軍を撃ち、兵衆は悲鳴とともにばたばたと倒れ伏す。応射した矢は逆風に威力を減じて、勢いを止めるべくもない。


 かくしておおいに乱れたところへ槍を構えた先陣が突き入れば、たちまちどっと崩れる。左右相救わず、前後相援けぬ有様、矢に惑い、槍を避け、風に破られて散り散りになる。


「ぬぬうっ! 止まれ、止まらんか!」


 ボロウルが怒鳴ったが効はなく、やむをえず自ら二十斤の錫杖を振るって暴れ回る。その行くところ、瞬く間(トゥルバス)屍の山(ウクレン・アウラ)が築かれる。


 ムカリも戦斧で風を切り裂き、砂塵をものともせぬ様子で奮戦する。完全(ブドゥン)なる敗勢も、二名の猛将(バアトル)がそれを許さない。


 ササカは感心して、


「一騎当千とはまさにこのことだわ。あの二人を何とかしなければ」


 そう呟くと、弓を取り出してぴたりと狙いを定める。美貌(オンゲ)にみるみる気合いを(みなぎ)らせてひょうと放てば、矢は空を裂いて一直線に飛ぶ。その向かうところに醜面亀ボロウルの巨躯があった。


「あっ!」


 矢は見事その左肘に突き立ち(カドゥグタダアス)、思わず馬上によろめいて得物を取り落とす。それを見たカオエンの兵衆がわっと歓声を挙げて群がる。


「くっ、まずい!」


 あわてて馬首を(めぐ)らすと一散に駆け去る。ボロウルの負傷でミクケル軍はどっと浮足立つ。無論サチがそれを見逃すはずもない。


「押せ!」


 それを(チャク)にさらに攻め立てる。さしもの亜喪神も為す術なくじりじりと後退する。それを娃白貂(あいはくちょう)クミフが兵を指揮して一挙に包囲(ボソヂュ)せんと図れば、ついに(たま)りかねて、


退()け、退け!」


 一斉に退却に転じる。サチ、ササカ、クミフはこれを二十里あまりも追撃して、数百頭の軍馬を奪った。

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