第七 四回 ②
花貌豹雪を払ってミクケルの営を焼き
蒼鷹娘風を破ってボロウルの肘を射る
ともかくミクケルはこの襲撃によって甚大な損失を被った。何よりも人心の離反が進んだことが大きかった。このあと逃亡が多発することになる。
彼らは一様にカントゥカに投ずるべく走った。冬営を焼いたことは怨むべきだが、何より強い庇護を求める草原の民にとって、カントゥカはミクケルより恃みとするべき主に見えた。
ボッチギンはそこまで計算していたわけではなかったが、この策戦は果たしてそういう効果を生んだのである。
奇襲を受けたミクケルは卒倒せんばかりに怒った。以後、周囲を厳重に警戒したが、当然二度も同じ策が繰り返されるわけもなく、いたずらに士卒の負担を増やしただけであった。
また報復しようとカントゥカの冬営を探るよう命じたりもしたが、これはみなが挙って反対したので実現しなかった。例年と同じ冬営地を選んだミクケルとは異なり、どこにいるかも判らぬ敵を索めて兵を送るのは無謀だったからである。
かくしてミクケルは打つ手もないまま不安と焦燥のうちに冬を越えたが、くどくどしい話は抜きにする。
春になった。メンドゥ河も氷塊を漂わせながら流れはじめた。
しかし漠土に近い西原の春は、東のそれと比べて厳しい季節であることは冬以上と言っても過言ではない。西域の漠土から、強烈な風に乗って砂塵が運ばれ、吹き荒れるのである。
その凄まじさたるや筆舌に尽くしがたく、備えもなく戸外に出ればたちまち目や鼻、喉をやられることになる。
メンドゥ以東では風も砂塵もこれほどではない。かつてミクケルがヒスワの誘いに乗って東征に及んだ要因のひとつには、砂嵐のない土地を手に入れたいという思いもあったであろう。
さらに秋に蓄えた越冬用の糧食が尽きるのも春であった。特に一度冬営を焼かれたミクケルのアイルは、その欠乏に苦しめられた。やむなく痩せた軍馬を屠殺して飢えを凌いだ。
一方、カントゥカらは少なからず楽に春を迎えることができた。ドゥルガド台地の西に聳えるドルベン・ウルに遮られて、砂塵の害が軽減されたからである。すべては知世郎の知識の賜物であった。
両陣営にとって春の到来はその過酷さにおいてこれほどの差があったが、とりあえず雪が溶けたことで再び事態は動きはじめる。
ミクケルは斥候隊を送ってカントゥカの所在を索めたが、その活動は難渋を極めた。というのも砂嵐に向かって進むことになるからである。
それでも何とかドゥルガド台地に彼らが集結していることを突き止めた。とはいえ、カントゥカたちはドゥルガド台地での決戦を欲しているため、所在を隠すどころかそれを知らしめようとしていたのではあったが。
案の定、ミクケルは勅命を下して言った。
「即日、軍を興して叛徒を討つべし」
ツォトン以下、みなこれを諫めたが聞く耳もあらばこそ、怒りに燃えて出師を決してしまった。応じて全軍が動員されたが、その数は二万騎にも満たない。また冬の間に馬は痩せ、兵は疲れていた。
しかしミクケルは、
「馬が痩せているのは敵も同じではないか。大カンの威信において、かの叛徒を放置しておくことはできぬ」
とて反論を封じた。
先鋒には亜喪神ムカリと醜面亀ボロウルが任じられた。この「忠実なるカンの猟犬」たちは、先のイシでの汚名を返上しようと勇躍して先行した。
以下、ツォトン、フワヨウ、チンサン、ジャル、クルドといった将も残らず従軍した。砂塵吹きつける中、その軍勢は苦労しながら西征の途に就いた。
それはすぐにカントゥカらの知るところとなった。斥候を放って動向を探っていたのももちろんだが、北辺を守る牙狼将軍カムカが、真っ先にそれを察知したためである。カムカはそれとともに恐るべき報をもたらした。
「砂塵の季節のうちに戦を終わらせよ。夏までに乱が収束しなければ、クル・ジョルチ部が南下してくる恐れがある」
というもの。これはカントゥカらを戦慄させた。クル・ジョルチ部(注1)は以前に述べたとおりジョルチ部から分かれた部族で、ウリャンハタの北方に牧している。カムカはその抑えたるべくカントゥカに代わって北辺を守っている。
カントゥカは諸将を集めて言った。
「この一戦でミクケルを討たねば、我らの人衆はことごとくクル・ジョルチの奴隷となろう」
それはもとより誰もが承知していること。冬の間に迎撃する策は十二分に練られている。早速全軍が動員された。やはり二万騎足らずである。前軍を率いるはカオエン氏の誇る女将軍、花貌豹サチ。以下、一帯に予定どおり布陣する。
諸将は総じて十三人。すなわち、カントゥカ、アサン、ヒラト、サチ、シン・セク、タクカ、ボッチギン、タケチャク、ササカ、ガネイ、クミフ、クメン、ヨツチの錚々たる面々。
さらにイシとカムタイに急使が送られた。応じてすぐに別働隊が編成される。併せて一万騎。将領はすなわち、チルゲイ、カトメイ、スク・ベク、チャオ、ミヤーンの五名。
留守としてイシにはカコ、イェシノル、ヤムルノイが、カムタイにはクニメイが残った。
決戦が始まろうとしていた。形勢は待ち構えるカントゥカが有利であったが、新たに北方の脅威が現出し、単に勝つだけではやはり部族を滅ぼしかねない。一戦にて敵を撃滅することが求められる。双城の兵を動かしたのはそのためである。
(注1)【クル・ジョルチ部】ジョルチ部から分かれた経緯については、第 一 回④参照。




