表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻五
293/785

第七 四回 ①

花貌豹雪を払ってミクケルの営を焼き

蒼鷹娘風を破ってボロウルの肘を射る

 ミクケルは、シルドゥ平原での勝利に乗じて二方面に軍を派遣したが、イシを攻めた猟犬(ハサル)二将は、竜騎士カトメイと一角虎(エベルトゥ・カブラン)スク・ベクに追われ、西方に向かったフワヨウはガルチェン高原で衛天王カントゥカに敗れた。


 ともに壊滅に近い大敗で、その兵力は大幅に減少した。ミクケルは激怒(デクデグセン)して、側近(エムチュ)を鞭打ち、従臣(コトチン)を罵った。敗北を喫した将軍は、拝謁も許されずに謹慎を命じられる。処刑を(まぬが)れたのは、単に彼らに代わる有能な将軍がいなかったからに過ぎない。


 さて、敗報が届いた(ウドゥル)から(ツァサン)が降りはじめた。


 例年に比べて遅い初雪であったが、ウリャンハタの人衆(ウルス)内乱(ブルガルドゥアン)により(オブル)の備えが遅れていたため、数多の家畜(アドオスン)を失った。それもまたミクケルを苛立たせる一因となった。


 一方のカントゥカたちも大急ぎで冬営(オブルヂャー)に入った。僅かなりとも恵まれていたのは、その(トイ)を置いた(ガヂャル)、すなわちドゥルガド台地が寒気を避けるのに最適だったことである。


 もちろんかの地を推した知世郎タクカが、そこまで考慮していたのである。諸将がおおいに感謝したのは言うまでもない。


 ミクケルは多大な損失を顧みる余裕もなくあわてて移動(ヌーフ)して、何とか冬営地に辿り着くことはできた。全軍は疲弊(ハウタル)し、倒れた軍馬(アクタ)、兵士は数えきれなかった。


 ミクケルのオルドはほかの人衆のゲルのごとく解体して持ち運ぶものではなく、そのまま(テルゲン)に載せて移動できたので、やや快適に道中を過ごすことができた。


 人衆はそれを見て当然のごとく深い恨みを抱いた。大カンは家畜と財産(エド)の庇護者であるべきだったが、今のミクケルはその責務(アルバ)すら一顧だにしなかった。




 そうこうするうちに(ヂル)は改まり、(マングス)の年となった。カントゥカたちはドゥルガド台地で英気を養い、イシとカムタイではささやかながら正月(ツェゲン・サラ)を祝う祭祀が催された。


 この間、草原(ミノウル)大地(エトゥゲン)は凍り、烈風(ハラ・サルヒ)が吹き荒れる酷寒の中にあった。よってすべての兵事は停止されたかのように思われた。しかし実はそうではない。


 カントゥカが渾沌郎君ボッチギンの献策に(したが)って、密かに兵を動かしたのである。その数、二千。完全(ブドゥン)な防寒を施してミクケルの冬営に向かわせる。主将は花貌豹サチ。これに地理に詳しいタクカを同行させた。


 サチ率いる二千騎は、雪と(モルスン)に覆われた大地を長躯して敵営を目指した。天候の悪い日は宿営して収まるのをじっと待った。サチはこうした忍耐を要する策戦に向いていた。


 そうしてついに察知されることなく敵営の背後に達した。放った斥候(カラウルスン)がいずれも言うには、


「タクカ様の予想(ヂョン)のとおり、(ブルガ)狭隘(きょうあい)の地に固まってゲルを並べています。我らの侵攻に気づいた様子はありません」


 これを聞いたサチは表情を変えることもなく、


「知世郎、うまくいきそうだ」


 いかにも暢気な調子で答えて、


「渾沌郎も恐ろしいことを考える。まったく敵じゃなくてよかったよ」


 頷くと、無言で合図を下す。応じて二千騎がやはり音もなく進撃を開始する。手には弓を携えている。ボッチギンの示した策とはすなわち、


「敵の冬営を焼き払い、冬の猛威をしてこれを攻撃せしめる」


 という峻烈なものであった。無論、それを実施するため当日の天候には十分の配慮がなされた。雪が止み、空気が乾燥した強風の日が望まれたが、その日はまさにすべての条件が揃っていた。


 二千騎は手に手に火矢をつがえて突入した。駆け抜けつつ四方八方にそれが放たれる。矢はゲルを貫き、風に煽られた(ガル)瞬く間(トゥルバス)に燃え広がった。さらに食糧(イヂェ)を集積していある地下壕を発見したので、これも中に火を投じて焼き払った。


 突然の敵襲と火災に驚いて飛び出したものはことごとく刀槍の下に倒れた。サチ軍は駆け回って大暴れすると、燃え盛る炎を背にすばやく去った。


 ミクケル軍の将兵は為す術もなくこれを見送った。というより鎮火が最優先で、追撃どころではなかったのである。


かわいそうに(ホールヒー)


 帰路、サチが呟いた。聞き(とが)めたタクカが意外そうに言った。


「何だ、花貌豹でもそんな感慨を抱くのか」


人衆(イルゲン)が苦しむ」


 これにはタクカは言葉(ウゲ)を失って(うつむ)く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ