第七 三回 ③
カトメイ双狗を弄びて甚だ勇略を顕し
スク・ベク東城に現れて忽ち趨勢を決す
対するジャル軍は、将領の意思がばらばらであるのに加えて、小氏族も含めた混成軍であるため、能力や士気も千差万別であった。
退いて何とか態勢を立て直そうとしたが、すっかり戦意を喪失していたので、ジャルは密かに撤退を決めた。ムカリは敏感にそれを察して激しく憤慨すると、
「醜面亀よ、あんな臆病な大将の下では勝てる戦も勝てぬ。あんな侮辱を受けておめおめ退けようか」
ボロウルも同意して、
「このままでは大カンに合わせる顔がない。退却など論外だ」
そう言い合ったが、ジャルは二人を呼んで言った。
「竜騎士の兵は強く、馬は肥えている。退いて新たに強兵を募り、再起を期すのが良策だ」
もちろん猛烈に反発する。ムカリが言うには、
「それでは恥を搔きに来たようなもの。このままでは帰れぬ。それほど竜騎士とやらを恐れるなら、我らに委せて観ておられよ」
ボロウルもこれを支持したので、ジャルはもはや何も言わずに二人に兵を預けた。内心思うに、
「小僧のくせに何という越権。大カンに報告して処断してもらおう。好きにするがいい」
ともかく二将は、再びイシに接近した。
「懲りずにまた来たのか、あの小僧どもは」
カトメイは楽しそうに笑うと、城楼から敵陣を望んだ。
「少しは智恵がついたかな」
眺めていると敵軍は陣形もなく押し寄せてくる。城下に至ると、ボロウルが巨躯を揺らしつつ飛び出してきて、
「カトメイ、今度こそ勝敗を決しよう!」
思わず一同笑い転げる。カトメイが城壁の上から言うには、
「おい、目上に対する礼を知らぬのか。呼び捨てにするという法があるか。まあ、己がすでに敗れたことにすら気づかぬくらいだから無理はない」
どっと哄笑が起こる。ボロウルは頬を赤どころか紫に染めると、手勢を一斉に城壁に殺到させた。カトメイはヤムルノイを呼んで、
「適当にあしらっておいてくれ」
そう告げるとさっさと城楼を下る。
「知事はどちらへ?」
「今夜、夜襲をかけるから寝ておく」
何げない調子で答えて去ってしまう。その後、ボロウルの猛攻は当然のことながら多大な損害を出しただけで終わった。疲れきった兵をまとめて退く。
夜、カトメイは千騎の手勢をもって敵陣を襲った。かの二将に備えなどあろうはずもなく、またも兵を失って退いた。イシ軍は一人の死者も出さず、意気揚々と凱旋する。
ところが翌日、今度はムカリが押し寄せてきた。カトメイは溜息を吐いて、
「なるほど、猛将だ。あのしつこさには敬服する」
チャオも首を振りつつ言った。
「野戦における一兵卒であれば、勇敢の名をほしいままにするだろうな」
「いずれにしても煩わしいことだ。何とかお帰り願おう」
例によって例のごとく無謀な攻城が始まる。イシ軍は易々とそれを退けたが、兵の中には漸く戦闘に倦みはじめたものもあった。
「野戦で完膚なきまで敗北を知らしめるほかないようだ」
カトメイは現状を憂えてそう決断すると、五千騎を編成して待機した。ムカリは無意味な攻撃を繰り返したあと、退却に転じる。そのときを待っていたカトメイは、門を開いてその後尾に喰らいついた。
「さあ、全力で叩くのだ!」
この戦が始まって以来、初めて戦意を顕にして兵を督励した。動員した五千騎という数も最大である。
突然の猛攻を受けてムカリは驚いたが、豊富な雄心に火が点いて、一斉反転を命じると自ら真っ先に突撃する。たしかに亜喪神ムカリの豪勇は特筆すべきで、当たるものをことごとく薙ぎ倒し、追撃された不利をものともしない苛烈さであった。
この日は後方にあった醜面亀ボロウルもカトメイが撃って出たことに狂喜し、即座に手勢を率いて応援に駆けつけた。このすばやい行動が追撃を喰い止め、たちまち城下で激しい攻防が繰り広げられる。
カコやチャオは、ただはらはらしながら見ているほかない。二人が見たところ、軍としてのまとまりは当然ながらイシ軍が勝っており、各処で敵を圧倒していた。
ところが敗走させるに至らないのは、何と言っても二頭の猟犬の奮闘のためであった。二将はおよそ兵の統率など眼中になく、それぞれ独りで戦っているようだった。さすがのカトメイも二人の驍勇に内心舌を巻いておもえらく、
「まともに戦っては討ちとれぬ」
そこで敵を包囲するべく指示を下した。応じて騎兵がさっと展開し、イシ軍は翼を大きく広げる。




