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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
29/783

第 八 回 ①

諸将十面に埋伏してサルカキタンを(とりこ)にし

六駒忠義を貫徹してインジャを嘆ぜしむ

 さて逃がされたテクズスは、ベルダイ右派(バラウン)本軍(イェケ・ゴル)を見つけてこれに合流(ベルチル)した。サルカキタンは早速これを引見する。テクズスは敗戦の屈辱と恐懼から(ヌル)を上げることもできずに、


「申し訳ありません。一敗地に(まみ)れ、バタク殿の行方も知れませぬ」


 これを聞いておおいに落胆すると言うには、


「何ということだ。敵人(ダイスンクン)は地形に精通し、奇兵を巧みに用いている。我々も(モル)を失ってやむなくここに拠っているのだ。早く脱出せねば……」


 ここぞとばかりに膝を進めたテクズスは、(ニドゥ)を輝かせて言った。


「そのことでございますが、外に出る方途を探ってまいりましたぞ」


「何、(ウネン)か!?」


 得意満面で何と言ったかといえば、


はい(ヂェー)(ブルガ)重囲(ボソヂュ)を突破したあと、このままでは大人に合わせる顔がないと思って一騎引き返し、敵を蹴散らして一人の兵を捕らえました。その兵から連丘より脱け出る方途を聞き出したのでございます」


「おお! それはすばらしい。で、いかにするのだ」


「道端に黄色い石(ツァビダル・グル)を見たら必ず曲がるのです。それがなければ大道(テルゲウル)でも決して入ってはならず、それがあれば小道でも躊躇(ためら)ってはなりません」


「黄色い石を見たら曲がるのだな。よし、では早朝に出立するぞ。平原(タル・ノタグ)に出れば、こっちのものだ」


 サルカキタンは大喜びで、敗戦の罪も問わなかった。




 まだ夜も明けきらぬころ、ベルダイ軍七千は密かに(ドブン)を下った。とりあえず方角を定めてしばらく行くと、道がみっつ(ゴルバン)に分かれている。よく見れば、その中でもっとも狭い道の入口に黄色い石があった。


「テクズスよ、これのことか」


 実は半ばセイネンの言葉(ウゲ)を疑っていたテクズスは、実際に石があったので内心小躍りしつつ言った。


はっ(ヂェー)、間違いありません」


「かなり狭い道だが、よいのか」


「道の広狭は問いません」


「うむ」


 まず先鋒(ウトゥラヂュ)のジュチ・ムゲ率いる二千騎に命じて、その道に入らせる。次いでツヨル、ジュマキンがそれぞれ千騎(ミンガン)中軍(ゴル)の二千騎、最後はシャキの務める殿軍(ゲヂゲレウル)が千騎。一列になって進んでいく。かくして道を曲がること十数回、広い道もあれば狭い道もあった。ふと進軍が止まる。


「どうした?」


 サルカキタンらが首を捻っていると、先鋒のジュチ・ムゲから伝令が来た。


「この先、道が四方に分かれておりますが石が見当たりません。いかがいたしましょう」


 おおいに狼狽(うろた)えて、


「何? よく探してみたか」


はっ(ヂェー)(くま)なく(しら)べましたが見つかりません」


「そんなはずはない、斥候(カラウルスン)を出して奥まで探らせよ」


はっ(ヂェー)!」


 七千騎はやむなくそこに留まった。そのときであった。(にわ)かに四方から銅鑼が響き渡り、一斉に四色の(トグ)が林立した。


「て、敵襲か!」


 サルカキタンは瞬時(トゥルバス)に青ざめる。完全(ブドゥン)包囲(ボソヂュ)されており、右派軍はすっかり浮足立つ。


「ベルダイの愚人(アルビン)よ、その首を置いていけ!」


「策に()まったな!」


冥府(バルドゥ)に送ってやるぞ!」


 さまざまな罵声とともにインジャの軍勢が襲いかかる。右派軍は陣形(バイダル)を整える暇もない。分断されて右往左往するばかり。


「こ、これは……。テクズス、お主、裏切りおったな!」


 瞋恚(しんい)を含んだ目で睨みつければ、テクズスは狼狽して言うべき言葉も知らない有様。あれこれと弁明の語を探して、


いえ(ブルウ)! こ、こ、これは、そんな……」


「死ね!」


 サルカキタンは怒り(アウルラアス)(ダウン)を震わせつつ、一刀のもとにテクズスを斬り捨てた。あわれ小人は味方(イル)(ガル)によってその(アミン)を落としたのであった。因果応報とはまさにこのこと。




 先鋒のジュチ・ムゲを襲ったのは(ツェンヘル)の軍。ジュチ・ムゲは何とか周囲の兵をまとめて血路を開くべく立ち向かう。敵将らしきものを見つけたので矛を振り(かざ)して叫んだ。


「ベルダイにその人ありと言われたジュチ・ムゲだ! 名のある将と見た。勝負いたせ!」


 その将こそ知恵の塊のごとき好漢(エレ)、セイネン・アビケル。


「ふふ、敗軍の将に用はない」


「何を!」


 ジュチ・ムゲはおおいに怒って、得物を振るって突進する。セイネンも手にした長剣(オルトゥ・ウルドゥ)を持ち直してこれを迎え撃った。


 智謀は(バルアナチャ)に抜きん出たるセイネン、果たして剣の腕はいかほどか、それはまもなくわかること。一合、二合、三合、長剣と矛がぶつかり火花を散らす。


若造(ニルカ)め、やるな!」


「そういきり立たずに降参したらどうか。命を粗末にすることもなかろう」


「ほざけ!」


 かくしてさらに激しく撃ち合うこと十余合、ついにセイネンが隙を突いて剣を振り下ろす。狙い(たが)わず肩口を深く斬り下げ、ジュチ・ムゲは断末魔一声、落馬して果てた。


「ベルダイの先鋒、ジュチ・ムゲ討ち取ったり!」


 右派軍はそれを聞いておおいに動揺する。


「降参すれば命は助けるぞ!」


 剣を掲げて呼びかければ、数多の兵が(アクタ)を降りて得物を棄てた。




 ナオルは(フラアン)の軍で、敵の中軍を突こうと左翼(ヂェウン・ガル)より突撃したが、ツヨルが飛び出してきてこれを(はば)んだ。必死の防戦になかなか中軍に近づけない。


「ちぃっ!」


 舌打ちして弓を取り出すと、きりりと絞る。狙い定めてひょうと放てば見事にツヨルの(マグナイ)を貫き、敵の軍勢はどっと崩れる。


「今だ、追え! サルカキタンの首を獲るのだ!」

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