第 八 回 ①
諸将十面に埋伏してサルカキタンを虜にし
六駒忠義を貫徹してインジャを嘆ぜしむ
さて逃がされたテクズスは、ベルダイ右派の本軍を見つけてこれに合流した。サルカキタンは早速これを引見する。テクズスは敗戦の屈辱と恐懼から顔を上げることもできずに、
「申し訳ありません。一敗地に塗れ、バタク殿の行方も知れませぬ」
これを聞いておおいに落胆すると言うには、
「何ということだ。敵人は地形に精通し、奇兵を巧みに用いている。我々も道を失ってやむなくここに拠っているのだ。早く脱出せねば……」
ここぞとばかりに膝を進めたテクズスは、目を輝かせて言った。
「そのことでございますが、外に出る方途を探ってまいりましたぞ」
「何、真か!?」
得意満面で何と言ったかといえば、
「はい。敵の重囲を突破したあと、このままでは大人に合わせる顔がないと思って一騎引き返し、敵を蹴散らして一人の兵を捕らえました。その兵から連丘より脱け出る方途を聞き出したのでございます」
「おお! それはすばらしい。で、いかにするのだ」
「道端に黄色い石を見たら必ず曲がるのです。それがなければ大道でも決して入ってはならず、それがあれば小道でも躊躇ってはなりません」
「黄色い石を見たら曲がるのだな。よし、では早朝に出立するぞ。平原に出れば、こっちのものだ」
サルカキタンは大喜びで、敗戦の罪も問わなかった。
まだ夜も明けきらぬころ、ベルダイ軍七千は密かに丘を下った。とりあえず方角を定めてしばらく行くと、道がみっつに分かれている。よく見れば、その中でもっとも狭い道の入口に黄色い石があった。
「テクズスよ、これのことか」
実は半ばセイネンの言葉を疑っていたテクズスは、実際に石があったので内心小躍りしつつ言った。
「はっ、間違いありません」
「かなり狭い道だが、よいのか」
「道の広狭は問いません」
「うむ」
まず先鋒のジュチ・ムゲ率いる二千騎に命じて、その道に入らせる。次いでツヨル、ジュマキンがそれぞれ千騎、中軍の二千騎、最後はシャキの務める殿軍が千騎。一列になって進んでいく。かくして道を曲がること十数回、広い道もあれば狭い道もあった。ふと進軍が止まる。
「どうした?」
サルカキタンらが首を捻っていると、先鋒のジュチ・ムゲから伝令が来た。
「この先、道が四方に分かれておりますが石が見当たりません。いかがいたしましょう」
おおいに狼狽えて、
「何? よく探してみたか」
「はっ。隈なく査べましたが見つかりません」
「そんなはずはない、斥候を出して奥まで探らせよ」
「はっ!」
七千騎はやむなくそこに留まった。そのときであった。卒かに四方から銅鑼が響き渡り、一斉に四色の旗が林立した。
「て、敵襲か!」
サルカキタンは瞬時に青ざめる。完全に包囲されており、右派軍はすっかり浮足立つ。
「ベルダイの愚人よ、その首を置いていけ!」
「策に嵌まったな!」
「冥府に送ってやるぞ!」
さまざまな罵声とともにインジャの軍勢が襲いかかる。右派軍は陣形を整える暇もない。分断されて右往左往するばかり。
「こ、これは……。テクズス、お主、裏切りおったな!」
瞋恚を含んだ目で睨みつければ、テクズスは狼狽して言うべき言葉も知らない有様。あれこれと弁明の語を探して、
「いえ! こ、こ、これは、そんな……」
「死ね!」
サルカキタンは怒りに声を震わせつつ、一刀のもとにテクズスを斬り捨てた。あわれ小人は味方の手によってその命を落としたのであった。因果応報とはまさにこのこと。
先鋒のジュチ・ムゲを襲ったのは青の軍。ジュチ・ムゲは何とか周囲の兵をまとめて血路を開くべく立ち向かう。敵将らしきものを見つけたので矛を振り翳して叫んだ。
「ベルダイにその人ありと言われたジュチ・ムゲだ! 名のある将と見た。勝負いたせ!」
その将こそ知恵の塊のごとき好漢、セイネン・アビケル。
「ふふ、敗軍の将に用はない」
「何を!」
ジュチ・ムゲはおおいに怒って、得物を振るって突進する。セイネンも手にした長剣を持ち直してこれを迎え撃った。
智謀は衆に抜きん出たるセイネン、果たして剣の腕はいかほどか、それはまもなくわかること。一合、二合、三合、長剣と矛がぶつかり火花を散らす。
「若造め、やるな!」
「そういきり立たずに降参したらどうか。命を粗末にすることもなかろう」
「ほざけ!」
かくしてさらに激しく撃ち合うこと十余合、ついにセイネンが隙を突いて剣を振り下ろす。狙い違わず肩口を深く斬り下げ、ジュチ・ムゲは断末魔一声、落馬して果てた。
「ベルダイの先鋒、ジュチ・ムゲ討ち取ったり!」
右派軍はそれを聞いておおいに動揺する。
「降参すれば命は助けるぞ!」
剣を掲げて呼びかければ、数多の兵が馬を降りて得物を棄てた。
ナオルは赤の軍で、敵の中軍を突こうと左翼より突撃したが、ツヨルが飛び出してきてこれを阻んだ。必死の防戦になかなか中軍に近づけない。
「ちぃっ!」
舌打ちして弓を取り出すと、きりりと絞る。狙い定めてひょうと放てば見事にツヨルの額を貫き、敵の軍勢はどっと崩れる。
「今だ、追え! サルカキタンの首を獲るのだ!」