第七 一回 ①
ミクケル北に敗れて宿将策計を語り
カントゥカ南に戦いて鋭鋒腹背に迫る
さて、ミクケル・カンに叛旗を翻したカントゥカら四氏の連合軍は、ウラスス平原にこれを迎え撃った。
叛乱軍の先鋒、麒麟児シン・セクは漆黒の名馬「黒亜騏」に跨がって縦横無尽に駆け巡り、数で勝る近衛軍と互角の戦闘を繰り広げた。
そこに花貌豹サチ、急火箭ヨツチが突き入れば、敵はどっと浮足立つ。さらにカントゥカも中軍を動かし、ヒラト率いるカオエン軍も続いたため、敵軍はたちまち潰走する。
後方にはミクケル率いる中軍があり、ほかにシモウル氏、ウランダン氏など併せて一万騎を超える軍勢があったが、為す術もなく敗走の波に呑み込まれる。
ミクケルはおおいに怒って左右の将に罵言を浴びせる。これに対して四姦の一人チンサンは、顔面蒼白でぶつぶつと呟くばかり。ジャルもただ沈黙して憎悪の目を彼方へ向ける。
独りツォトンだけが進み出て言った。
「畏れながら申し上げます。ここは一旦退いて態勢を立て直すべきかと存じます」
ミクケルはわなわなと震えつつ、
「退くだと! あんな小僧相手にそんな屈辱は……」
「まだ敗れたわけではありません。このままでは我が軍は壊滅します。退いて後日恨みを晴らすのが賢明かと」
チンサンが俄かにこれを罵って、
「そもそもお主がイシを奪われたのがいけないのだ! もしやお主も敵人に通じておるのではないか? さもなくんば近衛軍が遅れをとるわけがない」
きっとこれを睨めば、その眼光にチンサンは口を噤んで目を逸らす。ツォトンは向き直って、
「イシを失ったのはたしかに私の失策。しかし次の戦で必ずこの恥を雪ぎましょう。お退きください。敵人の気は盈ち、剣は鋭く、馬は肥えております。侮ることなく策を定めて後日を期しましょう。今はいかなる策もありません」
ミクケルはしばらく言葉も出なかったが、やがて言った。
「豎子め。その命、預けておいてやろう」
吐き捨てると、ジャルに殿軍を命じて退却に転じた。
カントゥカらはミクケル軍を数十里も追撃して多大な戦果を得ると、漸く満足して兵を収めた。奪った軍馬は数千頭を数え、それはことごとく兵衆のものとなった。好漢たちは野営地を定めると、集まって勝利を祝った。
ミクケル敗れるの報は瞬く間に広がり、趨勢を窺っていた小氏族は、列を成してカントゥカの陣営に馳せ参じた。
一方、ミクケルは残余の兵を率いて南進、バイタス平原に営した。
ツォトンによって大量の斥候が放たれたが、報告されるのは叛乱軍の意気軒高なることばかりであった。当初はミクケル自身もともに聞いていたが、やがて鬱々として楽しまなくなり、ついにはこれを避けるようになった。以後はツォトンのみが報告を受けるようになった。
ある日、ツォトンは謁見を請うと言った。
「当方は破れたりといえども、なお精兵一万数千を擁しております。剣は鋭く、矢は豊かで、馬も揃っております。敵が勝利に驕っている今のうちに再び兵を挙げ、かの叛臣どもを糾弾するべきです。このまま座していれば叛乱軍の利となるばかり。大カンが健在であることを愚かな人衆に知らしめるためにも出征を命じてください」
ミクケルは覇気のない様子で、
「とはいえ敵はすでに三万を超えようとしているとか。イシ、カムタイの双城も失った。この劣勢を覆す策はなかろう」
「そのようなことはありません。私に一計がございます」
即座に答えたので、俄かに瞳を輝かせて続きを促す。応じておもむろに口を開くと言うには、
「そもそも敵軍が日に増えていると云っても、内実は先日まで去就を定めかねていたものども。いざ大カンが起てば、矛を向けてくることはありません。賊徒もそれを承知しているでしょうから、戦場に用いることはないでしょう。実戦において彼らが信頼を寄せているのはネサク、ダマン、カオエン、スンワの四氏のみ。つまりいくら敵兵が増えても、戦場で見えるのは二万騎だけです。これを破れば新参の氏族は掌を返すように寝返るでしょう」
「なるほど。しかし麒麟児とやらの兵は強い。これを破る方策はあるのか」
ツォトンは頷いて言った。
「ウラスス平原では敵を侮り、正面から戦ったため思わぬ敗戦となりました。次は策を用いれば心配は要りません。そもそもシン・セクやカントゥカは勇を知って智を知らぬただの武人、ヒラトは政略に長ずるも戦略は足らず、チルゲイは弁論のみ、幕僚たるボッチギンやタクカも知略に溺れて敵を見ぬ策士に過ぎませぬ。方略を定めてこれを討てば、必ず敵の背を見ることがかないましょう」




