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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
28/783

第 七 回 ④

サルカキタン大軍を(もてあそ)ばれ(つい)に連丘に迷い

テクズス小心を(わら)われ僅かに一命を得る

 アイヅム軍の動きがあわただしくなったのを、向かいの(ドブン)から一人の将が見ていた。インジャの盟友(アンダ)、セイネン・アビケルである。


「ふふ、(ようや)く動くか。愚か(ドロムヂン)な連中だ」


 とて諸方に伝令を放ち、迎え撃つ準備を整えた。すでにアイヅム軍を囲む兵は、すべて真の兵であった。そうとは知らぬテクズスは、薄暮のころを見計らって凄まじい銅鑼の音とともに一斉に(ウリダ)へ向けて突撃した。


「偽兵なら止めるものとておるまい。駆けろ、駆けろ! サルカキタン大人と合流(ベルチル)するのだ」


 と、行く手の丘の黒い旗(ハラ・トグ)がさっと動いて、一隊の人馬がこれを遮った。


「テクズス殿、あわててどこへ行きなさる。ジョンシ氏のシャジがお相手しますぞ」


 その言葉(ウゲ)が終わるや、矢が(クラ)のように降り注ぐ。


「くうっ、偽兵ではなかったか。かまわん、突っ切れ!」


 先頭に立って(ウルドゥ)で矢を払いながら突撃する。ここに初めて両軍が正面からぶつかった。が、(チャク)とともに数で勝るアイヅム軍が押しはじめる。


「よし!」


 テクズスがそう感じた瞬間、不意に後方が崩れた。


「敵の援軍です! 赤い旗(フラアン・トグ)の軍勢千騎(ミンガン)が横合いから現れました!」


「なっ、いかん!」


 さらに続けて、


「後方より白い旗(ツェゲン・トグ)の軍勢千騎!」


「しまった、囲まれた。血路を開くぞ、我に続け!」


 テクズスは手近な兵をまとめて必死に突っ込んだ。その勢いに気圧(けお)されたか、一角が崩れる。しめたとばかりにそこを衝いて何とか包囲(ボソヂュ)を逃れた。従う兵は百騎(ヂェウン)に満たず、バタクの姿(カラア)もない。


 また後方に喊声が挙がり、一隊の人馬が追ってくる。生きた心地もせず、折れよとばかりに(タショウル)を振るい、馬上に身を伏せて駆け続ける。


 と、突然(アクタ)がつんのめった。たまらずテクズスは投げ出される。わけがわからぬうちに続く騎兵も次々と倒れ、悲鳴が重なる。


「ははは、ご機嫌いかがですか(アマルハン・サイノー)、テクズス殿」


 見ると炬火に照らされた若い騎将、これぞ青い鎧に身を固めたキャラハン氏のセイネン・アビケル。


「うぬ、小僧(ニルカ)め。これはどうしたことじゃ」


「気づきませんでしたか。(モル)に綱を張ってあっただけなのですが」


「お、おのれ……」


 歯噛みしたがすでに遅く、あっという間に縛り上げられてしまった。


「このたびは残念でしたな」


「小僧どもに(おく)れを取るとは……。わしをどうするつもりだ」


「さて、どうしたものでしょう。聞けば貴殿はインジャの(エチゲ)フウを殺したとか。フドウの人衆(ウルス)にとっては五体を引き裂いても余りあるでしょうな」


 それを聞いてテクズスはがたがたと震え出す。セイネンは笑って、


盟友(アンダ)を殺すほどの悪漢が何と小心な。よろしい、縄を解いて差し上げましょう」


「え、(ウネン)か?」


はい(ヂェー)。サルカキタン・ベクはこの先の高い丘に布陣しています。行って合流なさるがよかろう」


 傍ら(デルゲ)の兵に命じてテクズスの縄を解かせると、替馬(コトル)をも与える。真意を測りかねたテクズスはなおも疑って、


「……よいのか?」


 涼しい顔で答えて言うには、


はい(ヂェー)。ついでに良いことを教えましょう。このメルヒル・ブカを出るには、入口に黄色い石(ツァビダル・グル)がある道を往きなさい。道の大小を問わず、黄色い石があれば曲がるのです。よいですね」


「わ、わかった。……礼は言わぬ。また戦場で(まみ)えようぞ」


「ははは、楽しみにしております」


 テクズスは振り返りもせずにあわてて駆け去った。見送るセイネンに一人の兵が(ダウン)をかけた。


「良いのですか。インジャ様がこれを聞けば、疑われますぞ」


 先ほどまでのにこやかな表情とは打って変わって険しい顔つきで、


「ここでテクズスを殺せば、氏族(オノル)の恨みは晴らせるかもしれん。しかしそれでは逆に義兄がアイヅム氏の人衆(イルゲン)に恨まれよう。それでは困るのだ」


「はあ……」


「まあ、見ておれ。あの小人を利用してサルカキタンを破るのだ。さあ、みなと合流しよう。(とら)えたものは、そのまま連れてまいれ」


 そう命じると、セイネンは呟いた。


「ふふふ、あの小人もそう長くはあるまい」


 さて、ナオルやシャジも残敵をほぼ掃討し尽くしていた。「ベルダイの六駒」の一人、バタクはシャジに討たれた。言い忘れていたが、先に敗れたキヤトもすでに戦死している。


 諸将は軍を併せるとカオルジへ向かった。インジャの本陣(イェケ・ゴル)がある(タグ)である。


「セイネン、見事であった」


 インジャはそう言ってその智謀を讃えた。が、答えて言うには、


「義兄、まだサルカキタンとその七千騎は健在です。(ソオル)は終わっておりません」


「うむ。で、次の計は?」


「ふふふ、これから最後の布陣をします。明日で勝敗が決まるでしょう。ズラベレン氏はどうしましたか?」


「策戦どおりに動いている」


「ならば躊躇(ためら)うことはありません。参りましょう」


 インジャたちは夜のうちに軍を動かし、サルカキタンを討つべく布陣した。まさに大魚は(チルメ)の中、じたばたしても逃げられぬといったところ。セイネンはどのような計略を用いてサルカキタン・ベクを破るのか。それは次回で。

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