表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻五
275/785

第六 九回 ③

クニメイ火砲を並べて俄かに衛兵を驚かし

ボルギン醜悪を(あら)わして(にわ)かに清官に(しい)さる

 ボルギンが一歩を踏みだしたところ、先の兵卒が(ニドゥ)に入る。これを怒鳴りつけて言うには、


「まだいたのか! 早く(テルゲン)を用意せぬか!」


「お、(おそ)れながら、き、気になることが……」


 見ればがたがたと震えている。


「何だ! 一刻を争う。疾く申せ!」


「じ、実は、イシ軍を率いているのは、ズキン・ヂドゥではないかと……」


 その名を聞いて目を見開く。


「ま、まさか! ズキンだと!? 奴は先日殺されたではないか」


「し、しかし人衆(ウルス)街道(テルゲウル)を埋めてこれを迎え、ズキン公だと騒いでおります」


「戯言を。……いかにして死者が兵を率いるのだ」


 そう言いつつも(マグナイ)には大粒の汗が(にじ)む。


「わ、判りませぬ……」


 ボルギンは腕組みして考え込む。


「たしかにズキンは殺された。わしは処刑をその場で視たのだから間違いない。それが兵を、それもイシ軍を率いているとは……。何かの呪法(エスベルン)か……?」


 しかしそこで思考を中断すると、(にわ)かに叫んだ。


「そんなことはどうでもよい! 車だ、車を用意せよ!」


 兵卒は(はじ)けたように退出する。ボルギンも急いで遁走(オロア)にかかろうとしたが、その行く手に数名の官吏(ドゥシメット)が立ちはだかった。


「……何だ、お前らは。退()け!」


 すると一人の男が進み出て、冷ややかに言い放った。


「大人、貴公の命運(ヂヤー)は尽きた。潔く死ぬがよい」


「なっ、無礼(ヨスグイ)な! わしは大カンの代官(ダルガチ)だぞ。そこを退け!」


 (シルスン)を飛ばしながら怒声を挙げたが、臆する色とてない。


「それもつい先刻までのこと。ズキン公がお帰りになられた今、カムタイの(エヂェン)はお前ではない」


 ボルギンは血相を変えると、左右を顧みて声高に叫んだ。


「誰か! 賊じゃ、賊が現れた! 誰かおらぬか!」


「見苦しいぞ。お前を助けるものなどおらぬ。死んで己の不明を()じよ!」


 それを契機に、官吏たちは得物を振り(かざ)して斬りかかった。ボルギンは身を(ひるがえ)して(ノロウ)を向けたが、見ればそちらも(ウルドゥ)(ガル)にしたものたちが道を(ふさ)いでいる。追い詰められて言うには、


「待て、話し合おう。(エド)が欲しいのならくれてやる。官が望みなら許そう。(アミン)だけは助けてくれ!」


 官吏たちはますます怒ると、


野鼠(クチュグル)にも劣る奸賊め!」


 口々に罵って得物を振り下ろせば、悲鳴を挙げる暇もなく散々に斬り刻まれる。それでもなお怒り(アウルラアス)が治まらず、幾度も剣を叩きつける。


 やっと気がすむと、乱れた(アミ)を整えてその首を斬り落とした。ここに蝮蠍(ふくけつ)大人と呼ばれて恐れられたボルギンの短い栄華は幕を閉じたのであった。彼らはその首を(フルテスン)にくるむと、表に出てイシ軍を待った。


 さて、イシ軍は出迎える人衆の間を粛々と行軍して、ついに内城に辿り着いた。いよいよ決戦と意気込んでいたカトメイらは、敵軍の(セウデル)もないばかりか、一群の官吏が拱手して並んでいるのを見て、何ごとかと(いぶか)る。


 近づくと彼らは(ひざまず)いてこれを迎える。一人が(にじ)り寄って、車上のスク・ベクに向けて両手を掲げる。その手には何か布でくるんだ丸いものがある。言うには、


「ズキン様! お待ちしておりました。奸賊ボルギンは我らが誅殺しました。これはその首級でございます。ご検分ください」


 スクはおおいに困惑してミヤーンと(ヌル)を見合わせる。そして言った。


「待ってくれ。俺はズキンではない。次子のスク・ベクだ。ボルギンを討ったと言ったがそれは(ウネン)か」


 男ははっとして顔を上げたが、スクを見てさらに驚く。テンゲリを仰ぐと嘆声を挙げて、


「ああ、やはりズキン様は亡くなられていたのか!」


 そう叫んだかと思えば、おいおいと泣きはじめる。スクは困り果てて、


「どうしたものかね?」


 ミヤーンに尋ねれば、ふんと(ハマル)を鳴らすばかり。そこにカトメイらが駆けつける。言うには、


「いったいどういうことになっているんだ?」


「はあ、このものたちがボルギンを討ったらしいが、俺の顔を見た途端に泣きだしてしまったのさ」


 チルゲイが脳天から飛んで出たような高い(ダウン)で、


「何と! そいつは良かったじゃあないか! スク、何をしている。早く彼らを賞さなければ」


「お、俺が?」


 チャオがくっくっと笑いながら、


「それはそうだ。今や貴公がカムタイの主なんだから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ