第六 九回 ③
クニメイ火砲を並べて俄かに衛兵を驚かし
ボルギン醜悪を暴わして卒かに清官に弑さる
ボルギンが一歩を踏みだしたところ、先の兵卒が目に入る。これを怒鳴りつけて言うには、
「まだいたのか! 早く車を用意せぬか!」
「お、畏れながら、き、気になることが……」
見ればがたがたと震えている。
「何だ! 一刻を争う。疾く申せ!」
「じ、実は、イシ軍を率いているのは、ズキン・ヂドゥではないかと……」
その名を聞いて目を見開く。
「ま、まさか! ズキンだと!? 奴は先日殺されたではないか」
「し、しかし人衆が街道を埋めてこれを迎え、ズキン公だと騒いでおります」
「戯言を。……いかにして死者が兵を率いるのだ」
そう言いつつも額には大粒の汗が滲む。
「わ、判りませぬ……」
ボルギンは腕組みして考え込む。
「たしかにズキンは殺された。わしは処刑をその場で視たのだから間違いない。それが兵を、それもイシ軍を率いているとは……。何かの呪法か……?」
しかしそこで思考を中断すると、卒かに叫んだ。
「そんなことはどうでもよい! 車だ、車を用意せよ!」
兵卒は弾けたように退出する。ボルギンも急いで遁走にかかろうとしたが、その行く手に数名の官吏が立ちはだかった。
「……何だ、お前らは。退け!」
すると一人の男が進み出て、冷ややかに言い放った。
「大人、貴公の命運は尽きた。潔く死ぬがよい」
「なっ、無礼な! わしは大カンの代官だぞ。そこを退け!」
唾を飛ばしながら怒声を挙げたが、臆する色とてない。
「それもつい先刻までのこと。ズキン公がお帰りになられた今、カムタイの主はお前ではない」
ボルギンは血相を変えると、左右を顧みて声高に叫んだ。
「誰か! 賊じゃ、賊が現れた! 誰かおらぬか!」
「見苦しいぞ。お前を助けるものなどおらぬ。死んで己の不明を愧じよ!」
それを契機に、官吏たちは得物を振り翳して斬りかかった。ボルギンは身を翻して背を向けたが、見ればそちらも剣を手にしたものたちが道を塞いでいる。追い詰められて言うには、
「待て、話し合おう。財が欲しいのならくれてやる。官が望みなら許そう。命だけは助けてくれ!」
官吏たちはますます怒ると、
「野鼠にも劣る奸賊め!」
口々に罵って得物を振り下ろせば、悲鳴を挙げる暇もなく散々に斬り刻まれる。それでもなお怒りが治まらず、幾度も剣を叩きつける。
やっと気がすむと、乱れた息を整えてその首を斬り落とした。ここに蝮蠍大人と呼ばれて恐れられたボルギンの短い栄華は幕を閉じたのであった。彼らはその首を布にくるむと、表に出てイシ軍を待った。
さて、イシ軍は出迎える人衆の間を粛々と行軍して、ついに内城に辿り着いた。いよいよ決戦と意気込んでいたカトメイらは、敵軍の影もないばかりか、一群の官吏が拱手して並んでいるのを見て、何ごとかと訝る。
近づくと彼らは跪いてこれを迎える。一人が躙り寄って、車上のスク・ベクに向けて両手を掲げる。その手には何か布でくるんだ丸いものがある。言うには、
「ズキン様! お待ちしておりました。奸賊ボルギンは我らが誅殺しました。これはその首級でございます。ご検分ください」
スクはおおいに困惑してミヤーンと顔を見合わせる。そして言った。
「待ってくれ。俺はズキンではない。次子のスク・ベクだ。ボルギンを討ったと言ったがそれは真か」
男ははっとして顔を上げたが、スクを見てさらに驚く。テンゲリを仰ぐと嘆声を挙げて、
「ああ、やはりズキン様は亡くなられていたのか!」
そう叫んだかと思えば、おいおいと泣きはじめる。スクは困り果てて、
「どうしたものかね?」
ミヤーンに尋ねれば、ふんと鼻を鳴らすばかり。そこにカトメイらが駆けつける。言うには、
「いったいどういうことになっているんだ?」
「はあ、このものたちがボルギンを討ったらしいが、俺の顔を見た途端に泣きだしてしまったのさ」
チルゲイが脳天から飛んで出たような高い声で、
「何と! そいつは良かったじゃあないか! スク、何をしている。早く彼らを賞さなければ」
「お、俺が?」
チャオがくっくっと笑いながら、
「それはそうだ。今や貴公がカムタイの主なんだから」




