第六 九回 ①
クニメイ火砲を並べて俄かに衛兵を驚かし
ボルギン醜悪を暴わして卒かに清官に弑さる
イシを手に入れたカトメイは、一万騎を率いてカムタイへ押し寄せた。それに呼応して紅大郎クニメイは、二人の客人を車に乗せて東門へと向かう。客人とはすなわちスク・ベクとミヤーンである。
突如現れたイシ軍に狼狽えていた衛兵は、数人を遣ってこの隊列を止めようとしたが、クニメイは有無を言わさずこれを斬って捨てた。そして配下に進軍を命じれば、口々に歌いながら城楼を護る門衛たちに襲いかかる。
自ら大蛇は毒を飲む
動かざる天意に逆らって
車の音に怯えたために……
よもや内側から攻撃されるとは思ってもいなかった門衛たちは、わけのわからぬまま次々と殺される。やっと門衛の将が異状を覚って叫ぶ。
「弓だ! 弓を使え!」
クニメイは泰然として笑みすら浮かべながら、傍らの腹心に言った。
「矢が来るぞ。例のものを」
男は黙って頷くと、何やら合図を送る。すると十数名の小者たちがぱっと左右に散って、どこからかがらがらと台車を運んできた。その上には大型の投石器が積んである。その数は四基。
「撃て!」
号令とともに盛んに投石が始まる。弓兵の列が驚いて乱れる。何と言っても彼らの肝を冷やしたのは、投擲された弾が空中で炸裂したことである。
クニメイは笑いながら、
「私は火薬を扱わせたら草原一の商人だぞ。『紅火砲』の威力、思い知れ」
放たれた弾は、城楼の周辺でところかまわず炸裂する。直接の殺傷力よりも恐るべきは、それが発する大音響であった。たった四基による砲撃だったが、かつて見たことがない火弾に門衛たちはすっかり腰を抜かしてしまった。
しかしクニメイ自身は、紅火砲が一瞬相手を怯ませる以上の効果がないことを熟知していたので、即座に命じて言うには、
「今のうちだ! 客を迎えよ!」
応じて小者が門に殺到する。あっと言う間に閂が外されて城門が開く。外で様子を窺っていたイシ軍は、わっと歓声を挙げた。
「紅大郎がやったぞ!」
チルゲイも馬上で大喜び。
この機をカトメイが逃すはずもなく、さっと号令を下すと真っ先に城門をくぐる。一万騎が遅れじとこれに続いたから、カムタイ側はたまったものではない。いつの間にか門衛は逃げ散っていたので、難なく東門を制圧する。
チルゲイはクニメイを見つけて馬を寄せると、満面の笑みで言った。
「やあ、紅大郎。息災だったか? 見事な手際、感心したぞ」
例の赤い頬を、喜びでさらに赤らめつつ答えて、
「奇人殿は相変わらず唐突にことを起こす。準備が間に合ってよかった」
しかし表情を引き締めると、続けて言うには、
「まだ予断は許されぬ。これからが本題だ」
「いかにも。……カトメイ、行くぞ」
顧みて声をかければ、頷いて隊伍を整える。
そのころカムタイの人衆は、早朝の街に響きわたった轟音に何ごとかと跳ね起きて、誰もがおそるおそる様子を窺っていた。轟音の正体は紅火砲だったのだが、もちろんそんなことは知らない人衆はただ不安に怯えていた。
と、あちらこちらから歌が聞こえてくる。耳をすますと例の歌、すなわち、
自ら大蛇は毒を飲む
動かざる天意に逆らって
車の音に怯えたために
自ら大人は穴を掘る
動かざる天運に逃げられて
車の軸も折れてしまった
自ら大虎は街に立つ
動かざる天命に誘われて
車の上には懐かしき人……
柔らかい調べに乗せて、一語一語、心に刻みつけるように流れてくる。人衆は訝しがりながらも陶然として耳を傾ける。
歌っているのは、先にクニメイが放った五十人。砲撃が始まるとともに街中でチャオが作った歌を歌いはじめたのである。
思わず戸を開けて顔を出したものがあれば、彼らはすかさず言った。
「この意味がわかるかい? 蝮蠍大人の命も今日までだ! なぜならズキン様が帰ってくるんだ! 鎮西虎と呼ばれたズキン様が今朝、街に帰ってくるんだよ!」




