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草原演義  作者: 秋田大介
巻五
272/785

第六 八回 ④

カトメイ姦兇を除いて東城に主座を襲い

クニメイ叛詩を流して西市に客軍を迎える

 ボルギンはあわてて(ニドゥ)を凝らす。左右を忙しく顧みて、カトメイの(ヌル)が判るものを探すと、兵の一人が言うには、


「間違いありません。あれはイシの若将軍です」


 内心ほっと息を吐くと、僅かに余裕を取り戻して、


「失礼した。しかし我らはまだ出陣の勅命(ヂャルリク)を受けておらぬ。兵備が整うまでしばらく猶予を賜りたい。それまで城外にてお待ちあれ!」


 これを聞いてカトメイの傍ら(デルゲ)より進み出たものがある。なぜか軍装ではない。言うには、


「ともに大事に当たらんとする友軍(イル)を城外に留め置くとは無礼(ヨスグイ)であろう。しかもいまだ兵が整わぬとはどういう了見か。草原(ケエル)叛乱(ブルガ)は容易ならざるものだぞ!」


 実はこれこそ奇人チルゲイ。しかし無論ボルギンは知る(よし)もない。


「我が(バリク)はあいにくと手狭ゆえ、一万(トゥメン)の騎兵を容れる余地がないのだ。察せられよ!」


 そう言うとあわてて城楼を下りた。実のところ、一万もの騎兵を城内に入れて、カトメイに優位に立たれるのを恐れたのである。たとえ友軍でも人の下風に立つのを嫌ったという次第。


 カトメイは顧みて笑うと、


「どうやら欺かれなかったようだ。このまま城内に入れると思ったのだが」


 チャオが(アクタ)を寄せて、


「ボルギンは欲深い小人。単にカトメイ殿に手綱(デロア)を奪われるのを避けたのだろう。イシがすでに叛しているなどとは想像も着かぬはずだ」


「ふふふ、まあよい。もとより策は別のところにある。(エウデン)はすぐに開く」


 チルゲイが含み笑いしながら言えば、二人とも笑みを返して頷く。


 イシ軍が城外に布陣したという噂は、瞬く間(トゥルバス)に広がった。クニメイはそれを聞いて莞爾と笑うと、スク・ベクとミヤーンを呼んで言った。


「いよいよです。スク殿、準備はよろしいか」


 奮い立って答えて、


「いつでもいいぞ。俺はこのときを待っていたんだ」


「ははは、その意気です。ではみなの待つ東門へ参りましょう」


 クニメイは自信に満ちた足取りで先に立った。広大な庭には百名(ヂャウン)もの配下が意を決して主を待っていた。


「待たせたな。策は昨夜言ったとおり。二度は繰り返さぬ。万事抜かりなくやってくれ」


 それを受けて半数(ヂアリム)五十人(タビン)が外へ散っていった。残りの五十人は神妙な面持ちで待機している。クニメイは振り返って、


「これからカムタイの人衆(ウルス)は奇蹟を見ることになります」


 嬉しそうに言うと、一台の(テルゲン)を指し示す。


「さあ、これに乗ってください。奇人殿を迎えに参りましょう」


 スクが乗り込むと、御者台にはミヤーンが座った。クニメイは駿馬(クルゥグ)(また)がって門を出る。配下のものどもも一斉に立ち上がり、馬車を護るように隊伍(ヂェルゲ)を組んで整然とあとに続く。道中は(アマン)を開くものもない。


 先頭の紅大郎(アル・バヤン)は涼しげな顔で(モリ)を進めて、躊躇することなく大路(テルゲウル)を東門へと向かった。それは無論ほどなく衛兵(ケプテウル)の目に入る。わらわらと寄ってきて行く手を(はば)むと、


「待て、待て! どこへ行く」


「賓客を迎えに来たのです」


 クニメイが(フムスグ)ひとつ動かさず、平然と答える。


「何だと? ならぬ、ならぬ! 門外にはイシ軍一万騎が布陣している。お前の待つ(ヂョチ)など近づくこともできぬわ! 引き返せ」


「ボルギン様の許しがなければ門は開かぬぞ」


「帰れ、帰れ!」


 口々に(わめ)き散らしながら追い立てようとする。クニメイはやはり飄々然としていたが、やがて言うには、


「道を空けなさい。さもなくんば痛い目に遭いますよ」


「はぁ? 今、何と言った」


 衛兵たちは(チフ)を疑ってクニメイの顔を見たが、相変わらず涼やかな微笑を浮かべているばかり。


「とにかく門に近づいてはならぬ」


 もっとも近くにいた兵がそう言って歩を進めようとした。と、俄かにクニメイの右手が動く。


「ぎゃっ!!」


 悲鳴とともに兵はばったりと倒れ伏す。見ればクニメイの(ガル)にはひと振りの(ウルドゥ)が握られている。衛兵の間に戦慄が走った。


「お、お前、何を!」


「言ったでしょう。道を空けなければ痛い目に遭うと」


 依然として顔色ひとつ変えない。そのままぐるりと衛兵を眺め回す。やっと事態の一端を吞み込んだ衛兵は、あわてて腰の剣に手を伸ばす。瞬間、クニメイの号令が高々(ホライタラ)と響きわたる。


行け(ヤブ)!」


 応じて背後から得物を手にした配下のものが飛び出し、衛兵どもを片端から斬り伏せる。


「このまま一挙に走るぞ」


 そう言うや馬腹を蹴った。連れて五十人も走りだす。もちろんスクを乗せた馬車も速度を上げる。一団は駈けながら(ダウン)を揃えて歌いだした。



  自ら大蛇(マングス)は毒を飲む

  動かざる(ヌンヂ)天意に逆らって

  車の音に怯えたために……



 そのまま東門に殺到する。それを見た門衛(エウデチ)たちは、口々に罵りながら城楼より下りてきたが、次々に斬られる。異変を悟った将が弓で迎撃するよう声高に叫んだが、混乱は増すばかり。


 これこそまさに兵を用いてはその無備を攻め、不意に出るといったところ。詭道権変はもとより仁者の(エルデム)にあらざるも、義に応じて奸を誅するは好漢(エレ)の業に違いない。衆望を(ドー)に託して姦悪を(ほふ)らんとしたわけだが、果たして奇人たちを城内に迎え入れて蝮蠍(ふくけつ)大人を討つことができるか。それは次回で。

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