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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
27/783

第 七 回 ③

サルカキタン大軍を(もてあそ)ばれ(つい)に連丘に迷い

テクズス小心を(わら)われ僅かに一命を得る

 ではベルダイ右派(バラウン)の軍勢はどうしたかというと、それはこれからお話しすること。サルカキタンの七千騎は、敵兵が消えた(ブレルテレ)時点でテクズスにあとを(まか)せ、しばらくその場に留まっていた。周りは小高い(ドブン)が連なり、見渡せない。


「奇観じゃな。ここは何というところか」


 問いかけたが誰も答えられない。ジュチ・ムゲが言った。


「ここは兵を伏せるには恰好の(ガヂャル)(ブルガ)は方々に埋伏しているに違いありません。先行したテクズス殿の身が案じられます」


 だがまったく敵を侮っているサルカキタンはせせら笑って、


「なに、我らは大軍。恐れることはない」


「念のため、近くに伏兵がないか探らせましょう」


 ジュチ・ムゲは数名の兵とともに丘のひとつに登った。


「むぅ、あれは」


 前方の丘の(エチネ)赤い旗(フラアン・トグ)が見え隠れしている。あわてて報告すると、


「小癪な。よし、我々からその伏兵を襲ってやろう。ツヨルを敵の背後に回せ。叩き出して挟撃してくれるわ」


 (カラ)を受けたツヨルが幾許(いくばく)も進まぬうちに、突如左右の丘から喊声が巻き起こる。


 見れば白い旗(ツェゲン・トグ)の一軍、進み出た将は白い兜に白い鎧、白馬(ボル)(また)がり、(ガル)にはひと振りの長剣(オルトゥ・ウルドゥ)。これぞフドウの宿将ハクヒ。その剣がさっと振り下ろされると、(クラ)のごとく矢が降ってきた。


 ツヨルはあわてて後退すると、


「敵には備えがありました」


「ぬうっ! どれほどの敵がおったのじゃ」


「見えるかぎりでは五百ほどでしたが、しかとはわかりません」


 サルカキタンは苛々して剣の(つか)(ホムス)(はじ)きながら、


「どいつもこいつも臆病者ばかり。かりにも『ベルダイの六駒』などと呼ばれる将が恥を知らんのか」


 そのときである。今度は軍の前方が何やら騒がしい。


「敵です! 青い旗(ツェンヘル・トグ)に青い鎧の騎兵、五百!」


「迎え撃て!」


 ジュチ・ムゲが矛を携えて飛び出した。騎兵がそれに続く。

 と、敵はさっと退く。


「追え! 追え!」


 サルカキタンが叫び、ジュチ・ムゲを先頭に全軍が駆け出した。と、今度は左手に銅鑼が鳴り渡り、赤い旗に赤い鎧の軍勢が現れた。


「我こそはジョンシ氏族長(ノヤン)ナオル!」


 もちろん赤い兜に赤い鎧、(また)がる(アクタ)も燃えるような赤い色。


「ツヨル! 敵は小勢じゃ、討て!」


 左翼(ヂェウン・ガル)のツヨルが襲いかかろうとすると、赤い軍もまた素早く退く。


 さらに右手から銅鑼が響き、木立ちの蔭に白い旗が(ひるがえ)った。右翼(バラウン・ガル)のジュマキンが怒号を挙げて駆け出す。すると白い旗はさっと消えてしまった。


 六駒の将たちはみな敵を見失って引き返さざるをえなかった。サルカキタンは卒倒せんばかりに怒った。


 すると、それを知ったかのように今度は右後方に黒い旗(ハラ・トグ)が現れた。一軍を()いてそちらへ向かわせようとすると、左前方に喊声が挙がり、青い旗が何喰わぬ様子で姿(カラア)を見せる。


 そんな調子で赤・青・白・黒の旗が不意に現れては消え、また思わぬ方角に現れる。右派の諸将は躍起になってこれを追い、右へ左へと駆け回るうちにへとへとに疲れてしまった。


「何故見失ってしまうのだ。確かに旗が(ひるがえ)り、喊声が聞こえるというのに、そこまで行くと姿がないというのは……」


「敵はたかだか六千、あのように四方八方に兵を分けているということは、ひとつひとつはおそらく四、五百騎の小勢でしょう」


 ジュチ・ムゲが悔しそうに言う。サルカキタンはふと思い出して言った。


「テクズスとバタクはいかがした」


「ひょっとすると敵の奸計に()まっておるやもしれません」


 サルカキタンは眉間に皺を寄せて不機嫌に黙り込んだが、やがて言うには、


「いかがいたそう」


(ナラン)もだいぶ傾いてまいりました。いったん退いたほうがよろしいかと。敵はこの辺りの地形に通じている様子。夜襲の恐れがあります」


「ふうむ、いまいましいがやむをえん。退くぞ」


 ところが軍を進めようにも、右へ左へ引き摺り回されたために抜け出る(モル)が判然としない。何とか記憶を辿ってみても、行き着くのは広大な沼地(ヌウ)ばかり。さらに散々迷った挙句、見知った道を発見しても、すでに大木(ネウレ)巨石(グル)で通れぬようにしてあった。


「ぐぬぬ、フドウの小僧(ニルカ)め!」


 サルカキタンは(オロウル)を噛んで悔しがる。やむなく見えるかぎりでもっとも高い丘に登り、(トイ)を張った。




 一方、テクズスとバタクは陽が傾いてきた上に糧食(イヂェ)も携帯してこなかったので、次第に不安を募らせていた。


「バタク殿、いかがいたそう」


「先ほどから四方の敵を()るに、気勢を上げるばかりで一向に攻め寄せる気配がありません。ひょっとすると偽兵かもしれませぬ」


「何? ではひとつ賭けてみるとするか。全軍丘を下って本軍に合流(ベルチル)しよう」


「それがよろしいでしょう」

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