第六 七回 ④
ミヤーン竟に奇人に諾い三策を示され
カトメイ密かに好漢を訪ねて二択を迫らる
独りスク・ベクがあわてて言うには、
「待て、待て! 奇人やミヤーンはなぜそんな余裕があるのだ。この一事にはウリャンハタの未来と、同志の命が懸かっているのだぞ! どうあっても頷いてもらわねばならぬ。なあ、カトメイ、何も親を斬れと言っているわけではない。ただイシの兵権を奪って草原の戦を援護してくれと頼んでいるんだ。承知と言ってくれ」
「スク、うるさいぞ。もう言葉は尽くした。あとは天運に委ねよう。ここで死ぬならそれも天命。それでカントゥカらが敗北すると決まったわけではない。ただ奇人の舌もたいしたことはないと嗤われるだけだ」
陽気に笑う。カトメイはこれと目を合わさずに出ていった。スクは不安を隠せぬ様子で、
「あのまま帰してよかったのか? 何か言質を取るべきではなかったか?」
チルゲイはそれには答えずに席を立つと、
「ああ、眠い、眠い。明日は忙しくなりそうだからもう寝るぞ。君たちも早く休んだほうがよい」
「寝るだと? とてもそんな気分じゃない!」
「寝ておかぬと後悔するぞ。君が起きていても結果が変わるわけではない」
そう言い残すとさっさと寝所へ向かう。ミヤーンとチャオもそれに倣い、スク独りが眠れぬまま朝を迎えることになった。
夜が明けて朝となった。しかしまだ陽はその姿を見せていない。闇に沈んでいた街が、徐々に青い空気の中に浮かび上がってくる。厚くテンゲリを覆っていた雲は何処かへと去り、快晴を予感させる空模様であった。
突如、戸が激しく敲かれた。その音でいつの間にかうとうとしていたスクは、はっと目を覚ます。
またどんどんと戸を敲く音。
「何だ? カトメイか?」
頭を振りつつ立ち上がって戸口へ向かいかけたが、ふと思うに、
「もしや捕吏を差し向けたか」
あわてて踵を返すと、チルゲイらの寝所へ駈け込む。見れば三人ともすでに起き上がっていてこれを迎える。
「おう、スク。今日は天気が好さそうだぞ」
「暢気なことを言っているときではない! 誰か来ているぞ。カトメイめ、やはり父を欺くのがいやで捕吏を送ったのかもしれぬ」
「ははは、あわてても始まらぬ。行くぞ、客人を出迎えようではないか」
チルゲイは悠然と寝台を下りると、青ざめたスクの脇を通り抜けて戸口へ向かう。余の三人の好漢も急いでこれを追う。相変わらず戸を敲く音は続いている。
「朝から騒々しい。今開けるから待て、待て」
「チルゲイ、もし捕吏なら……」
「どうもしないさ。昨夜言ったであろう。逃げも隠れもしない、と」
そう言い放つと、さっさと錠を解いて戸を開く。そこにはやはりカトメイが険しい表情で立っていた。
「ふふ、早いな。心を決めたらしい」
「決めた。もう迷わぬ」
断言するや、さっと片手を挙げる。すると背後から得物を手にした兵が数十人現れる。スク・ベクはあっと一声、これを罵って言うには、
「カトメイ! お前がそんな奴とは知らなかったぞ!」
これをぐいと睨みつけると答えて言うには、
「君らが俺に道を示し、択ばせたのではないか。そうでなければ俺は、目をつぶって君らを見逃してしまっただろう」
「お前の択んだ道はそれか! ウリャンハタを滅ぼす気か! 見損なったぞ!」
スクは忿怒に頬を上気させて荒々しく息を吐く。カトメイはすっと胸を反らすと、なぜか穏やかな調子で言った。
「何か勘違いしていないか?」
「何だと! 間違っているのはどっちだ、俺らを捕らえに来たのだろう!」
一瞬の静寂のあと、カトメイは高々と笑いだす。
「何がおかしい!」
なおも大笑いしつつ、
「これが笑わずにおれようか、やはりスクは勘違いしている。四人ともよく聴け。俺は決めたぞ。ミクケルを討ち、人衆を救う。それがテンゲリに愧じない行いだ」
スクは唖然として目を見開く。再びカトメイは断言した。
「今から奸臣の息のかかったものを急襲する。そのために兵を集めた。知事ツォトンは、すでに我が家で拘束した。これだけ言ってもまだ判らぬか!」
チルゲイは振り向くと嘯いて言った。
「ふふ、カトメイとはそういう男だ。何も憂えてなかったよ。スク、もうよいか」
「……よいも悪いも、俺はとんだ阿呆だ。すまなかった」
深々と頭を下げれば、カトメイは首を振って、
「まだ安心するには早い。イシを完全に制圧するまでは」
「だから言っただろう、忙しくなるから寝ておけ、と」
チルゲイが言うと、スクはたしかにと言わんばかりに強く頷く。
さて四人も急いで用意を整えると、得物を手にして再び集まった。すなわちチルゲイは剣、スク・ベクは長槍、チャオは剣、ミヤーンは棒である。カトメイはといえば、ウリャンハタでも名だたる戟の使い手。四人に言うには、
「すでに八方に兵を出している。それぞれ任務を果たしたら、庁舎を占拠する。然るのちに命を発して、完全にイシを掌握する。チルゲイ、これで良いか?」
満足そうに頷くと、
「さすがはカトメイ。行動が迅速な上に、遺漏ない」
早速、五人の好漢は兵を率いて意気揚々と出立した。
このカトメイの決心によってイシに巣食う貪官汚吏はことごとく裁かれ、佞臣の徒は一掃されるということになるが、これぞまさしく肝胆相照らせば好漢は仁義を忘れず、私情を捨てて大義を通すといったところ。果たしてカトメイはイシの兵権を得ることができるか。それは次回で。




