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草原演義  作者: 秋田大介
巻五
268/785

第六 七回 ④

ミヤーン(つい)に奇人に(うべな)い三策を示され

カトメイ密かに好漢を訪ねて二択を迫らる

 独りスク・ベクがあわてて言うには、


「待て、待て! 奇人やミヤーンはなぜそんな余裕があるのだ。この一事にはウリャンハタの未来と、同志(イル)(アミン)が懸かっているのだぞ! どうあっても頷いてもらわねばならぬ。なあ、カトメイ、何も親を斬れと言っているわけではない。ただイシの兵権を奪って草原(ケエル)(ソオル)援護(トゥサ)してくれと頼んでいるんだ。承知(ヂェー)と言ってくれ」


「スク、うるさいぞ。もう言葉(ウゲ)は尽くした。あとは天運(ヂヤー)に委ねよう。ここで死ぬならそれも天命。それでカントゥカらが敗北すると決まったわけではない。ただ奇人の(ヘル)もたいしたことはないと(わら)われるだけだ」


 陽気に笑う。カトメイはこれと(ニドゥ)を合わさずに出ていった。スクは不安を隠せぬ様子で、


「あのまま帰してよかったのか? 何か言質(げんち)を取るべきではなかったか?」


 チルゲイはそれには答えずに席を立つと、


「ああ、眠い、眠い。明日は忙しく(ザウグイ)なりそうだからもう寝るぞ。君たちも早く休んだほうがよい」


「寝るだと? とてもそんな気分じゃない!」


「寝ておかぬと後悔するぞ。君が起きていても結果が変わるわけではない」


 そう言い残すとさっさと寝所へ向かう。ミヤーンとチャオもそれに(なら)い、スク独りが眠れぬまま朝を迎えることになった。




 夜が明けて朝となった。しかしまだ(ナラン)はその姿(カラア)を見せていない。闇に沈んでいた(バリク)が、徐々に青い空気の中に浮かび上がってくる。厚くテンゲリを覆っていた(エウレン)は何処かへと去り、快晴を予感させる空模様であった。


 突如、(ハアルガ)が激しく(たた)かれた。その音でいつの間にかうとうとしていたスクは、はっと目を覚ます。


 またどんどんと戸を敲く音。


「何だ? カトメイか?」


 (テリウ)を振りつつ立ち上がって戸口へ向かいかけたが、ふと思うに、


「もしや捕吏を差し向けたか」


 あわてて(きびす)を返すと、チルゲイらの寝所へ駈け込む。見れば三人ともすでに起き上がっていてこれを迎える。


「おう、スク。今日は天気が好さそうだぞ」


「暢気なことを言っているときではない! 誰か来ているぞ。カトメイめ、やはり父を欺くのがいやで捕吏を送ったのかもしれぬ」


「ははは、あわてても始まらぬ。行くぞ、客人(ヂョチ)を出迎えようではないか」


 チルゲイは悠然と寝台(オル)を下りると、青ざめたスクの脇を通り抜けて戸口へ向かう。余の三人の好漢(エレ)も急いでこれを追う。相変わらず戸を敲く音は続いている。


「朝から騒々しい。今開けるから待て、待て」


「チルゲイ、もし捕吏なら……」


「どうもしないさ。昨夜言ったであろう。逃げも隠れもしない、と」


 そう言い放つと、さっさと錠を解いて戸を開く。そこにはやはりカトメイが険しい表情で立っていた。


「ふふ、早いな。(オロ)を決めたらしい」


「決めた。もう迷わぬ」


 断言するや、さっと片手を挙げる。すると背後から得物を(ガル)にした兵が数十人現れる。スク・ベクはあっと一声、これを罵って言うには、


「カトメイ! お前がそんな奴とは知らなかったぞ!」


 これをぐいと睨みつけると答えて言うには、


「君らが俺に(モル)を示し、(えら)ばせたのではないか。そうでなければ俺は、目をつぶって君らを見逃してしまっただろう」


「お前の択んだ道はそれか! ウリャンハタを滅ぼす気か! 見損なったぞ!」


 スクは忿怒(アウルラアス)(ハツァル)を上気させて荒々しく息を吐く。カトメイはすっと(チェエヂ)を反らすと、なぜか穏やかな調子で言った。


「何か勘違いしていないか?」


「何だと! 間違っているのはどっちだ、俺らを捕らえに来たのだろう!」


 一瞬の静寂(ヌタ)のあと、カトメイは高々(ホライタラ)と笑いだす。


「何がおかしい!」


 なおも大笑いしつつ、


「これが笑わずにおれようか、やはりスクは勘違いしている。四人ともよく聴け。俺は決めたぞ。ミクケルを討ち、人衆(ウルス)を救う。それがテンゲリに()じない行いだ」


 スクは唖然として目を見開く。再びカトメイは断言した。


「今から奸臣の息のかかったものを急襲する。そのために兵を集めた。知事(ダルガチ)ツォトンは、すでに我が家で拘束した。これだけ言ってもまだ判らぬか!」


 チルゲイは振り向くと(うそぶ)いて言った。


「ふふ、カトメイとはそういう男だ。何も憂えてなかったよ。スク、もうよいか」


「……よいも悪いも、俺はとんだ阿呆(アルビン)だ。すまなかった」


 深々と頭を下げれば、カトメイは首を振って、


「まだ安心するには早い。イシを完全(ブドゥン)に制圧するまでは」


「だから言っただろう、忙しくなるから寝ておけ、と」


 チルゲイが言うと、スクはたしかにと言わんばかりに強く頷く。


 さて四人も急いで用意を整えると、得物を手にして再び集まった。すなわちチルゲイは(ウルドゥ)、スク・ベクは長槍(オルトゥ・ヂダ)、チャオは剣、ミヤーンは棒である。カトメイはといえば、ウリャンハタでも名だたる戟の使い手。四人に言うには、


「すでに八方に兵を出している。それぞれ任務(アルバ)を果たしたら、庁舎を占拠する。然るのちに(カラ)を発して、完全にイシを掌握する。チルゲイ、これで良いか?」


 満足そうに頷くと、


「さすがはカトメイ。行動が迅速(クルドゥン)な上に、遺漏ない」


 早速、五人の好漢は兵を率いて意気揚々と出立した。


 このカトメイの決心によってイシに巣食う貪官汚吏(たんかんおり)はことごとく裁かれ、佞臣の徒は一掃されるということになるが、これぞまさしく肝胆相照らせば好漢は仁義を忘れず、私情を捨てて大義を通すといったところ。果たしてカトメイはイシの兵権を得ることができるか。それは次回で。

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