第六 七回 ③
ミヤーン竟に奇人に諾い三策を示され
カトメイ密かに好漢を訪ねて二択を迫らる
ミヤーンの家でじっと待っていると、すっかり暗くなった時分に微かに案内を請う声がする。チルゲイが立ち上がって外を窺えば、約定どおりカトメイが一人で立っている。喜んで招き入れると、早速卓を囲んで座る。
「さあ、来たぞ。大事とは何か教えてもらおうか」
カトメイが快活に問えば、チルゲイは珍しく眉を顰めて言った。
「率直に言おう。草原では、もうこれ以上ミクケルと四姦の圧政に堪えられぬところまできた。先にここにあるスク・ベクの父兄が兵権を奪われて誅殺されたのをはじめ、ついにはカオエンのヘンケ、アサン父子がゆえなく捕縛された。ヒラトが死を賭して諫めるだろうが、効はない」
「何と、アサン・セチェンが……」
カトメイは顔を曇らせて言葉を失う。チルゲイは続けて、
「もう反ミクケルの急先鋒である麒麟児や急火箭を抑えることはできぬ。かのヒラトや、スンワのカントゥカも憤慨している。人衆の怒りも頂点に達していると云うべきだろう」
「そ、それではもしや……」
明敏なカトメイの顔色はすでに蒼白で、唇は震えている。
「察したか。もはやほかに術はない。暴君ミクケルと四姦を討って人衆を寧んじるしかないと決した。私はカントゥカやヒラトの意を受けて、それを君に伝えに来たのだ」
ひと息に言いきると、じっとその目を見据える。カトメイは思わず目を伏せて黙り込む。余の三人も黙ってカトメイが口を開くのを待つ。やがて言うには、
「……ヒラトらはいつ、兵を挙げるのだ」
スク・ベクが答えようとすれば、チルゲイが制して、
「そのとき、君はどうするのだ」
カトメイは答えに詰まって瞑目する。それを見て言うには、
「答えにくいのは解る。ならば私が回答を幾つか用意しよう。その中から、君自身が選べ」
「チルゲイが回答を?」
頷いて言うには、
「ひとつは、我らの同志として反ミクケルの旗幟を鮮明にする。すなわち父であるツォトンを捕らえ、イシの兵権を奪って草原の戦を援けることだ」
スク・ベクが勢い込んで言った。
「なあ、そうしてくれ。それで人衆が救われるんだ!」
カトメイは苦しげに呻く。チルゲイがスクを制して、
「もうひとつは、イシの知事ツォトンの長子として、また大カンの臣として、この場で我らを捕らえ、あくまで叛乱の鎮圧に尽力することだ」
スクは黙っていられずに立ち上がると、
「まさか! それでは奸臣の狗ではないか! お前も彼奴らがどれだけ酷いことをやってきたか知ってるだろう。俺ら幼少よりの同志に対して、義を踏み躙るようなお前ではあるまい!」
「スク、座れ。カトメイ自身に選ばせるんだ。忠孝も仁義もともに重い。だから悩んでいるのではないか。それに、ここで悩むところがカトメイの良いところだ」
そのカトメイは青い顔で弱々しく尋ねて言うには、
「それで俺の選択肢はすべてか? 他にはないのか」
チルゲイは微笑を浮かべて言った。
「常に選択には上中下があるものだ。今、私は上と中、二策を示した。あえて下策は言うまでもないと思ったのだが、どうやら不満らしいな」
「念のため、下策とやらも聞かせてくれ」
「ならば言おう。最後のひとつは、聞かなかったことにして我らを見逃すことだ」
「……それは下策か」
ずっと黙っていたチャオが、初めて口を開いて言った。
「そうなるだろうね。貴公がここでチルゲイらを見逃しても兵は起つ。そのとき、イシの兵がミクケルの手にあれば、叛乱軍にとってはこの上ない不利。つまり同志を見捨てたのと同じことだ。また父に対しては事前にことを知りながら黙っていたことになる。ふうむ、仁義忠孝いずれにも背いているような気がするのは私だけか。勝敗がどちらに転ぶにしても双方に不利をもたらしているのだから、やはり下策と言うべきだな」
「……そうか」
力なくうなだれる。チルゲイがさらに言うには、
「下策は一見どちらにも義を果たしているような気がするだろうが、実はどちらに対しても不義をはたらくのだ。この道理が解らぬ君ではあるまい」
「た、たしかに」
カトメイは腕を組んで唸っている。不意にチルゲイが声を高くして言った。
「さあ、決断しろ! あれこれ迷っている暇はないぞ。なぜならカントゥカらはすでに兵を挙げている!」
「えっ!? 今、何と……」
はっと顔を上げて目を円くする。チルゲイは立ち上がって再び言い放った。
「草原では、すでに、反ミクケルの兵が挙がった、と言ったのだ!」
「え、真か、それは!」
おおいに驚いて問い返す。みな無言でうなずく。
「もうあと戻りはできぬ。君にも心を決めてもらうぞ。明日か、明後日にはミクケルの早馬が来るだろう。それからでは遅い」
「ま、待ってくれ! 急にそんなことを言われても……。そうだ、明日の朝まで待ってくれ。ひと晩よく考えさせてくれ」
堪らず叫べば、チルゲイは悠然と座り直して、
「まあ、一生の大事だ。考えればいい。それでもし君が我らを捕らえるというのなら、やむをえぬ。逃げも隠れもせずにここにいるから捕吏を送れ。冥府でカントゥカや人衆に詫びるさ」
そう言ってからからと笑う。ミヤーンが立ち上がると、カトメイを促して、
「では門まで見送ろう。早く帰って熟慮されよ」
カトメイはよろよろと立ち上がると、無言でそれに順う。




