第六 七回 ①
ミヤーン竟に奇人に諾い三策を示され
カトメイ密かに好漢を訪ねて二択を迫らる
さてチルゲイは、蒼鷹娘ササカにヒラトらを迎えに行くよう指示したあと、スク・ベクとともに駆けに駆けてイシに入った。
そのままミヤーンの家に乗り込んで叛乱の兵を挙げたことを告げれば、おおいに驚く。協力を渋るミヤーンについに言うには、
「悪いが聞いてる暇がない。ミクケルを斬ってからにしてくれ」
このひと言で諦めて口を噤んだので、チルゲイは喜んでスクに言った。
「こいつはいつもそうなんだ。最後には必ず承諾と言ってくれる」
当のミヤーンはおもしろくなさそうに、
「承諾しなければ何をするかわからんからな、君は。で、何を企んでいるんだ?」
すると沸きあがる笑みを堪えきれない様子で、
「イシの兵がミクケルの援軍となってはうまくない。これは君にも解るだろう」
「それはそうだ」
「だから我々の援軍に変えようと思う」
「は? どうやって」
眉を顰めて問えば、呵々大笑して、
「ここにある四人でイシを落とすほかないではないか」
「無理を言うな!」
ミヤーンは憤然として立ち上がる。チルゲイはこれを宥めて、
「先年、不浄大虫バーリルを討ったとき(注1)は、ヒィ・チノと我ら三人だったではないか」
「あれとこれとでは話が違う! 奴はただの野盗の類だったが、イシにあるのはカンの代官、詰める兵は万を数えるぞ」
奇人はからからと笑うと、
「ははは、まあ、座れ。これは私の言い方が悪かった。イシの知事は知っておろう」
「もちろん。ウラカン氏のツォトンだ」
「それなら話は早い。その長子カトメイを覚えているか」
「タムヤ攻略に協力してくれた好漢だ」
訝しく思いつつも答える。と、言うには、
「今回もカトメイを恃む。すなわちイシを落とすとは、カトメイを籠絡することにほかならぬ。それなら相手は万の軍勢ではなく、ただ一人だ」
漸くミヤーンは腰を下ろすと、
「そうは言うが、カトメイが叛乱に荷担するということは、すなわち親であるツォトンに背くということではないか」
「タムヤの件ですでに親の意に反している」
「それは内密にしたからではないか。しかもあれは部族の利害にあまり絡まぬ話だった。今回は違う。部族の根幹を揺るがす大事だ。おいそれと親を欺くことに同意しようか」
疑念を連ねれば、チルゲイは嬉しそうに言った。
「おお、君は相変わらず頭の回りが速い。君の言うとおりだ。まさにそれさえ解決すれば大慶、大慶という次第」
それまでじっと黙っていたスク・ベクが不安そうな面持ちで、
「果たしてカトメイを籠絡することができようか」
チルゲイは俄かに険しい表情になると言うには、
「できようか、ではない。しなければならぬ」
三人は粛然たる思いで俯く。チルゲイはまた陽気な調子に戻ると、
「さあ、そこで君たちに尋ねよう。ここに策がみっつある。どれか選べ」
スク・ベクはおおいに驚いて、
「さすがはチルゲイ、もうそこまで考えているのか!」
「たいしたことではない。策などいくらでも言えるぞ。ただ困ったことに、策というものには常に上策、中策、下策がある」
ミヤーンが眉を顰めて、
「相変わらず前置きが長い。ならば上策を採ればよいではないか」
「逸ってはいかん。よいか、上策は難く、下策は易い。然るに上策は功は大にして身を全うし、下策は功は寡にして身が殆うい。そこで中策を顧みれば行うに便、功あるも心を失う」
チャオが苦笑しながら、
「それぞれ難があることは何となくわかったが、内容がさっぱりわからん」
チルゲイは徐々に身を乗り出す。連れて三人も額を寄せれば言うには、
「ひと言で云えば、心を攻めるを上と為し、謀を用いるを中と為し、乱を招くを下と為すといったところだ」
「前置きはいいと言っているだろう」
「待て、待て。ここからが核心、核心」
(注1)【バーリルを討ったとき】チルゲイたちが東原に遊んだとき、ヒィとともにバーリルを討って野盗を配下にしたこと。第三 三回①参照。




