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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
26/783

第 七 回 ②

サルカキタン大軍を(もてあそ)ばれ(つい)に連丘に迷い

テクズス小心を(わら)われ僅かに一命を得る

 まさかの敗戦の報を受けて、サルカキタンの(ヌル)は次第に紅潮してくる。


「キヤトはどうした?」


「わかりません。もしかしたら……。いえ(ブルウ)、わかりません」


 いよいよサルカキタンは怒り(アウルラアス)(ハツァル)を震わせ、しばらくはものを言うこともできない。そこへシャキが言った。


族長(ノヤン)、これは侮れませぬぞ」


 すると俄かに激昂(デクデグセン)して、


「うるさい! これより全軍を発し、小僧(ニルカ)どもを叩き伏せてくれるわ! テクズス、お前が先駆けて(ウトゥラヂュ)、アイヅムの(クチ)を見せよ」


はっ(ヂェー)!」


 瞬く間(トゥルバス)に進軍の準備が整う。


族長(ノヤン)忿(いか)りに任せて攻めてはなりませぬ。よく地形を(しら)べてから進みましょう」


 シャキが重ねて進言したが、サルカキタンは(チフ)を貸さない。


「臆したか! (ブルガ)はたかだか六千騎、我が一万(トゥメン)の精鋭が負けるとでも言うのか。先には幸運にも勝ちを拾わせたが、我が怒りに(ガル)()けたことを後悔させてくれる」


「出過ぎたことを申しました。臆病と言われるはこの上ない恥、族長(ノヤン)の手足となって小僧どもを討ってご覧に入れましょう」


 シャキは内心はなはだおもしろくなかったが、ひとまず退く。そのとき、前軍(アルギンチ)のテクズスから伝令があった。


「敵兵が現れました。その数、五百!」


 サルカキタンはにやりと笑うと、


「テクズスに伝えよ。行け(ヤブ)! 蹴散らしてまいれ!」


 またシャキが進み出て、


「敵の策に留意するよう、とも伝えろ」


 それを聞くや、サルカキタンは烈火(ガルチュ)のごとく怒った。


「先からお前は士気を()ぐことばかり言う。臆病者め、よいわ、下がってジュチ・ムゲと替われ! (ゲヂゲ)(レウル)にて我らの勝利を(ホロー)(くわ)えて見ておれ」


 シャキはむっとした表情で後方へ退いた。




 さて、一万騎の前に敢然と姿(カラア)を現した五百騎を率いるのは、神のごとき智謀の主、セイネン・アビケル。見れば青い(ツェンヘル)兜に青い鎧、(ガル)には長剣(オルトゥ・ウルドゥ)をきらめかせ、蒼毛の駿馬(ボルテ・クルゥグ)(また)がっている。配下の騎兵もみな蒼毛の(アクタ)()り、掲げるはやはり青い旗(ツェンヘル・トグ)


 テクズスは(カラ)が届くや、勇躍(ブレドゥ)して突撃を試みた。セイネンはそれを見て剣をひと振り、するとたちまち退却(オロア)に転じる。


「はは、見よ。あわてて逃げ出したぞ! 追え、追え!」


 アイヅム軍三千は砂塵を巻き上げ、これを追った。ベルダイ軍七千もそれに続く。セイネンは少し退くと反転して矢を放ち、敵が迫るとまた逃げる。


 テクズスは躍起になってそれを追った。やがてセイネンは行く手の(ドブン)を回り込んで視界から消えて(ブレルテレ)しまった。


「あの丘の向こうだ!」


 テクズスはまるで疑うこともせずにあとを追って、同じように丘を回り込む。と、敵兵の姿が見当たらない。不審に思って追撃の足を止める。中軍(イェケ・ゴル)の到着を待って指示を仰ごうとしたところ、配下の兵が俄かに声を挙げた。


族長(ノヤン)、ご覧ください! あそこに青い旗が!」


 見ればさらに前方の丘の(エチネ)に青い旗がちらついている。


「小癪な! こそこそと逃げ回りおって。今、その首を()ねてくれよう」


 再び進撃を命じる。行く手には丘が幾重にも折り重なっている。青い旗はうねうねとその間を移動していく。テクズスは折れよとばかりに(タショウル)を振るって馬を急がせたが、どうしたことか一向に追いつけない。旗は相変わらず同じ速さで淡々と移動している。


「これはおかしい。何か策があるのではないか」


 思ったときにはすでに遅く、連丘の奥深く入り込んだあとだった。


「しまった。これはキヤト殿が()まったのと同じ手、いかがいたそう」


 傍ら(デルゲ)にいたバタクに問えば、


「ここで挟撃されればキヤトと同じように壊滅してしまいます。手近な丘に登って(トイ)()きましょう」


「よし、全軍左手の丘に登れ!」


 三千騎は(エレグ)の縮む思いで駆け上がった。何とか布陣を()えたちょうどそのとき、銅鑼の音とともに周囲の丘に一斉に旗が(ひるがえ)った。


 (ホイン)の丘には白い旗(ツェゲン・トグ)が、(ウリダ)の丘には黒い旗(ハラ・トグ)が、(ヂェウン)の丘には青い旗が、西(バラウン)の丘には赤い旗(フラアン・トグ)が無数に並べられる。そしてどっと大喊声が挙がる。


 テクズスとバタクは震え上がって(ニドゥ)を白黒させるばかり。まさに神出鬼没、いったい敵はどこへ潜んでいたのやら、上天(テンゲリ)から降ったか、大地(エトゥゲン)から湧いたかといったところ。逆に先ほどまで後方に見えていた友軍(イル)はどこにも見当たらない。


「どうしたということだ。これでは身動きできんぞ」


族長(ノヤン)が敵を破るのを待つしかありません」


「サルカキタン大人はどこにおるのだ」


「おそらくあの丘の向こうあたりでは……」


 バタクの指すほうを見ても、あるのは敵の旗ばかり。


 実を言えば、四方に配された兵はそれぞれ百人(ヂェウン)にも満たなかった。しかも老人(ウブグン)(ブスクイ)まで混じっている。旗を増やして敵の目を欺く偽兵の策、もちろんセイネンの智謀によるもの。


 テクズスらはそんなこととは露知らず、怯えるのみであった。

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