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草原演義  作者: 秋田大介
巻五
259/785

第六 五回 ③

カントゥカ吏を殺して敵地に兵馬を奪い

アサン理を示して諸将に計策を()べる

 さて、ミクケルの勅命(ヂャルリク)を帯びてスンワの兵馬を集めにきたのは、四姦(ドルベン・クラガイ)の一人、ジャルの側近(コトチン)。佞臣に取り入って権勢を得た唾棄すべき小人で、名をボヂンとビクウという二人。


 ボヂンはカントゥカの姿(カラア)を認めると、いきなりこれを罵って言った。


「遅いではないか! お前のような一軍を預かる将が範を示さずに何とする! そんなことでは忠誠(シドゥルグ)を疑われようぞ!」


 見れば、たしかに兵の集まりが悪い。すなわち人衆(ウルス)がカオエンを討つことに躊躇がある証拠であった。ボヂンはなおも(ダウン)を荒らげて言った。


「軍務を怠った罪で大カンに訴えてもよいのだぞ! お前のような部将一人を葬ることなど易いのだぞ!」


 (わめ)き散らしているのを聞きつけて、(ようや)く何ごとかと兵衆が集まってくる。カントゥカはそれを一瞥すると、俄かに怒気も(あらわ)に言うには、


「ふん、俺を葬るを易いと言うか! 俺がお前を葬るほうが百倍易いわ!」


 そう叫ぶが早いか戦斧が唸り、ボヂンの首は瞬時(トゥルバス)に胴を離れる。


「なっ!? な、な、何をする!」


 ビクウが驚愕して(ニドゥ)を見開く。カントゥカはうっすら笑みを浮かべて、


(エレ)を侮ればどうなるか、教えたやったのよ」


「気でも狂ったか! 大カンに報せるぞ、お前の(アミン)など……」


「できるものならやってみろ!!」


 怒号を挙げると、これもたちまちのうちに首を飛ばす。ミクケルの(つか)わしたものは瞬く間(トゥルバス)に揃って(むくろ)となった。周囲の兵衆は驚き、恐れ、言うべき言葉(ウゲ)も知らない有様。カントゥカはあわてる様子もなく、ふたつの首を掲げて大声で言うには、


「よいか、よく聞け! 不忠を(いと)わず、大義を成さんとするものは我に(くみ)せよ! 我、これを厚く迎えん。大義を悟らず忠肝を尽くさんとするものはカンに(はし)れ! 我、これを(とが)めざらん」


 兵衆は突然のことにおおいに惑う様子だったが、もとよりカンに(くみ)するはずもなく、多くのものがカントゥカに従った。中でもともに北辺でクル・ジョルチと対峙していた将兵は真っ先に服した。


 カントゥカは感心して、傍ら(デルゲ)のボッチギンに言った。


「渾沌郎の言葉は(ウネン)であった。賢い(ボクダ)というのは得だな」


 答えて言うには、


「君の果断がこの結果を生んだのだ。私の功ではない」


 こうして七千余騎を得たが、中にはカンのもとに走ったものもいた。すなわちミクケルの親族(ウイエ・カヤ)や、佞臣に連なる一派である。


 彼らはオルドを護って去ったが、カントゥカはこれを見逃した。なぜなら先にこれを(とが)めないと宣したからである。またオルドにあるハトンらを捕らえて(しち)とすることは義に(もと)ると考えたからである。


 ボッチギンの献策に(したが)って、ヒラトに急使(グユクチ)を派遣、事後の策を(はか)ったが、この話もひとまずここまでとする。




 叛乱軍(ブルガ)約会(ボルヂャル)(ガヂャル)は、カオエン、ネサク両氏のほぼ中央(オルゴル)に位置するホライタラ・ヂュゲリであった。その名の意味は「いと高き祭祀場」である。部族(ヤスタン)の重要な儀式が行われる一種の聖地である。


 「(ナラン)の没するまでに到れ(クル)」の約言どおり、好漢(エレ)たちはこの地で合流(ベルチル)した。このように迅速(クルドゥン)に動くことができたのも、昨夜のチルゲイの処置に拠る。


 好漢たちは篝火(かがりび)を焚き、壇を築いて(ウヘル)(ほふ)り、(ツォサン)(すす)り合ってテンゲリに誓うと、軍議に入った。


 その顔ぶれは、アサン、ヒラト、サチ、シン・セク、タクカ、タケチャク、ササカ、クミフ、クメン、ヨツチの十人(アルバン)である。才能(アルガ)ある経験豊富な宿将の多くは、奸臣の謀計で失っていた。


 いざ軍議を始めようというときになってカントゥカの急使が到り、スンワの兵七千を収めたことが知らされた。みな大喜びでこれを(ねぎら)う。さらに使者が言うには、


「ミクケルが一万騎(トゥメン)近衛軍(ケシクテン)を率いて、カオエンのアイルに向かいました」


 シンが大笑して言った。


阿呆(アルビン)め! すでにアイルは引き払ったわ! 呆然とする(ヌル)が目に浮かぶ」


 それを受けてサチが言った。


「まずは奇人の策に助けられた。まさかミクケルも我らがすでに兵備を整えていたとは思わなかったろう」


 ヒラトが(フムスグ)(しか)めて、


「明日よりはそうもいかぬ。ミクケルの(チフ)にもカントゥカが叛したことは達しよう。早急にこれと合流して策を定める必要がある」


 これには誰も異論がない。ヨツチが興奮して、


「策も何もあるものか! 長躯してミクケルを襲えば、ことは成るってものじゃないのか」


「はっはっは。急火箭とはよく言ったものだ。今、ミクケルはおおいに怒り、その兵も戦意に溢れておろう。これを討つのはなかなかに難しい(ヘツウ)ぞ」


 クメンが(ゲデス)を揺すって言えば、タクカが続けて、


「無策に力戦すれば双方莫大な損害を(こうむ)ろう。我らは私怨で起ったのではない。部族(ヤスタン)を救うために起ったのだ。なのにそれでは、ミクケルを討っても意味がないではないか。急火箭の言うことは兵法でもっとも忌むところだ」


 ヨツチはむくれて黙り込む。クミフが首を(かし)げて、


「アサンはどう思うの?」


 そう尋ねれば、答えて言うには、


「とりあえず我々は敵の虚を衝き、軍を保全しています。この優位を失ってはいけません」


 みな神妙に耳を傾ける。アサンは続けて、


「ことが我らの主導で動くなら、それを保つとよいでしょう。ミクケルは近衛軍のみを率いてカオエンに急行し、先手を打ったつもりでしたが、我らが先んじた。ならばこのままミクケルの策を封じていけば、自ずから勝利を得ることができるというものです」

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