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草原演義  作者: 秋田大介
巻五
252/785

第六 三回 ④

カコ宴酣(えんかん)を破りて好漢に急難を告げ

チルゲイ資稟(しひん)に応じて同志に計策を授く

 チルゲイは莞爾と笑うと、


「その言葉(ウゲ)を待っていたぞ。では私とともにイシへ行ってもらおう」


 これには意表を衝かれて(ニドゥ)を見開く。


「詳しくはあとで話すが、イシにミヤーンという我が朋友(イル)がいる。このものとカムタイへ行って、紅大郎(アル・バヤン)クニメイに会ってもらいたい」


「カムタイへ……?」


父君(エチゲ)の拝領した(バリク)を奪還し、搾取に苦しむ人衆(ウルス)を救え!」


 応じて、


承知(ヂェー)!」


 力強く答えれば、居並ぶ好漢(エレ)たちも目を輝かせる。チルゲイはそれを見回して言った。


「では諸君、私はイシへ行って双城を(はか)る。草原のこと(ケエリイン・ウィレ)はヒラトとボッチギンに尋ねよ。天王(フルムスタ)様の加護のあらんことを」


 シン・セクが叫んだ。


「さすがの天王(フルムスタ)様も加護せぬわけにはいくまいよ! アサンを捕らえた連中を護って、俺らを亡ぼすなんて道理(ヨス)があるか!」


 方々から同意(ヂェー)(ダウン)が挙がり、好漢たちは(オロ)をひとつにして任務(アルバ)へと散った。いよいよ弊風刷新のための義挙に着手したのである。智者は智を尽くし、勇者は勇を尽くし、彼が在れば己なく、己が存すれば彼は亡ぶべき天命(ヂヤー)を争う勝負が始まったのであるが、くどくどしい話は抜きにする。




 さて、タケチャクは思うに、


「どうせならヒラトがカンに会う前に連れて帰ろう。暗いうちに着けば、うまくするとアサンも救えるかもしれん」


 そう考えると即座に(モリ)(また)がり、スンワのアイルを目指した。格別のこともなく到着すると、かつて知ったるヒラトのゲルに向かう。見れば灯が漏れていたので、ずかずかと上がり込めば、主人はおおいに驚いて(ヂョチ)を迎える。


矮狻猊(わいさんげい)ではないか。報告に戻ったのではなかったか」


 タケチャクはチルゲイのゲルで見聞きしたことを細大漏らさず語った。ヒラトは腕を組んで溜息を()くと、


「そうか。もはや流れを止めることはできぬか……。この(チャク)に賭けるほかないというわけだ。チルゲイの策はよい(サイン)。今のところはそれで十分だ」


 そう呟くと、俄かに苦笑して、


「しかし奇人め、手を着けておいてあとは(まか)せたとは、いかにもあいつらしい。よろしい、明日カンに(まみ)えたあと、カオエンに戻ってさらなる策を講じよう」


 タケチャクは片手を挙げてこれを制すると言った。


「待て、何もカンに会う必要はなかろう。すぐに戻ればよいではないか。今なら夜陰に乗じてアサン父子も救えるかもしれん」


 ヒラトは首を振ると言った。


「それは知者(セチェン)の為すことではないな。今、アサンの檻車を破れば、すぐに気づかれて追撃されよう。しかもこちらの兵備が整うよりもカンの近衛軍(ケシクテン)が動員されるほうが断然早い。麒麟児や急火箭の到着を待つ余裕もなく、たちまちアイルを襲われて全滅してしまうぞ」


 溜息を吐いて、続けて言うには、


「カンを討つの難きは、我々はすぐに兵を動かせぬが、カンのもとには昼夜いつでも出撃できる近衛軍が待機していることだ。ゆえにときを稼がなければならぬ。余計なことをして疑心を生じさせては機先を制される。まだカンに警戒させてはいけない。私は明朝、平常どおり出廷してアサン父子の助命を乞う。それで麒麟児たちのためにときを(つく)ることができる」


「おお、お前は危地と知りつつ、みなのために敢えて行おうというのだな。俺の考えが浅かった」


「それにしても、朽ちた断崖の渡し場(ヂャル・オルム)を渡るような心地だ。まさかカンがアサン父子を捕らえる愚挙に出ようとは思わなかった。おかげで機が早まってしまった。危険(アヨール)も冒さねばならん。私は退出したら、すぐにアイルに帰る。みなはすでに動いているのだろう?」


 首肯すれば、嘆じて言うには、


「そうでなければ困る。私の(つく)れるときは明日の昼ごろまでだ。それよりあとは天運次第。まったくこんな博奕のようなことにはならぬはずだったのだが」


 タケチャクは、はっとして(ヌル)を上げると尋ねて言うには、


「ところで、アサン父子はいつ救うのだ」


「問題はそこだ。挙兵の前に何としても救いたい。となると、私が退出した直後しかない。矮狻猊、(アミン)を賭けられるか?」


 すると侮るなと言わんばかりに無言で睨みつける。


「そうか。ならば私に考えがある。まことに(あや)ういが、アサンは部族(ヤスタン)至宝(ダナ)とも云うべき存在、是非にでも救わねばならぬ。命を賭ける決意なくして成功はおぼつかぬ。ゆえに非礼(ヨスグイ)を承知で確かめたのだ。(ゆる)せ」


「かまわぬ。それで、その策とは?」


 このあとヒラトが放った言葉から、俄かにオルドの近辺は騒然となり、大カン激怒して近衛の兵団が好漢を追うといった次第になるわけだが、これぞまさしく聖賢を守るものは身命を顧みず、義侠を知るものは艱難を辞せずといったところ。果たしてヒラトは何と言ったか。それは次回で。

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