第六 三回 ④
カコ宴酣を破りて好漢に急難を告げ
チルゲイ資稟に応じて同志に計策を授く
チルゲイは莞爾と笑うと、
「その言葉を待っていたぞ。では私とともにイシへ行ってもらおう」
これには意表を衝かれて目を見開く。
「詳しくはあとで話すが、イシにミヤーンという我が朋友がいる。このものとカムタイへ行って、紅大郎クニメイに会ってもらいたい」
「カムタイへ……?」
「父君の拝領した街を奪還し、搾取に苦しむ人衆を救え!」
応じて、
「承知!」
力強く答えれば、居並ぶ好漢たちも目を輝かせる。チルゲイはそれを見回して言った。
「では諸君、私はイシへ行って双城を謀る。草原のことはヒラトとボッチギンに尋ねよ。天王様の加護のあらんことを」
シン・セクが叫んだ。
「さすがの天王様も加護せぬわけにはいくまいよ! アサンを捕らえた連中を護って、俺らを亡ぼすなんて道理があるか!」
方々から同意の声が挙がり、好漢たちは志をひとつにして任務へと散った。いよいよ弊風刷新のための義挙に着手したのである。智者は智を尽くし、勇者は勇を尽くし、彼が在れば己なく、己が存すれば彼は亡ぶべき天命を争う勝負が始まったのであるが、くどくどしい話は抜きにする。
さて、タケチャクは思うに、
「どうせならヒラトがカンに会う前に連れて帰ろう。暗いうちに着けば、うまくするとアサンも救えるかもしれん」
そう考えると即座に馬に跨がり、スンワのアイルを目指した。格別のこともなく到着すると、かつて知ったるヒラトのゲルに向かう。見れば灯が漏れていたので、ずかずかと上がり込めば、主人はおおいに驚いて客を迎える。
「矮狻猊ではないか。報告に戻ったのではなかったか」
タケチャクはチルゲイのゲルで見聞きしたことを細大漏らさず語った。ヒラトは腕を組んで溜息を吐くと、
「そうか。もはや流れを止めることはできぬか……。この機に賭けるほかないというわけだ。チルゲイの策はよい。今のところはそれで十分だ」
そう呟くと、俄かに苦笑して、
「しかし奇人め、手を着けておいてあとは委せたとは、いかにもあいつらしい。よろしい、明日カンに見えたあと、カオエンに戻ってさらなる策を講じよう」
タケチャクは片手を挙げてこれを制すると言った。
「待て、何もカンに会う必要はなかろう。すぐに戻ればよいではないか。今なら夜陰に乗じてアサン父子も救えるかもしれん」
ヒラトは首を振ると言った。
「それは知者の為すことではないな。今、アサンの檻車を破れば、すぐに気づかれて追撃されよう。しかもこちらの兵備が整うよりもカンの近衛軍が動員されるほうが断然早い。麒麟児や急火箭の到着を待つ余裕もなく、たちまちアイルを襲われて全滅してしまうぞ」
溜息を吐いて、続けて言うには、
「カンを討つの難きは、我々はすぐに兵を動かせぬが、カンのもとには昼夜いつでも出撃できる近衛軍が待機していることだ。ゆえにときを稼がなければならぬ。余計なことをして疑心を生じさせては機先を制される。まだカンに警戒させてはいけない。私は明朝、平常どおり出廷してアサン父子の助命を乞う。それで麒麟児たちのためにときを為ることができる」
「おお、お前は危地と知りつつ、みなのために敢えて行おうというのだな。俺の考えが浅かった」
「それにしても、朽ちた断崖の渡し場を渡るような心地だ。まさかカンがアサン父子を捕らえる愚挙に出ようとは思わなかった。おかげで機が早まってしまった。危険も冒さねばならん。私は退出したら、すぐにアイルに帰る。みなはすでに動いているのだろう?」
首肯すれば、嘆じて言うには、
「そうでなければ困る。私の為れるときは明日の昼ごろまでだ。それよりあとは天運次第。まったくこんな博奕のようなことにはならぬはずだったのだが」
タケチャクは、はっとして顔を上げると尋ねて言うには、
「ところで、アサン父子はいつ救うのだ」
「問題はそこだ。挙兵の前に何としても救いたい。となると、私が退出した直後しかない。矮狻猊、命を賭けられるか?」
すると侮るなと言わんばかりに無言で睨みつける。
「そうか。ならば私に考えがある。まことに殆ういが、アサンは部族の至宝とも云うべき存在、是非にでも救わねばならぬ。命を賭ける決意なくして成功はおぼつかぬ。ゆえに非礼を承知で確かめたのだ。恕せ」
「かまわぬ。それで、その策とは?」
このあとヒラトが放った言葉から、俄かにオルドの近辺は騒然となり、大カン激怒して近衛の兵団が好漢を追うといった次第になるわけだが、これぞまさしく聖賢を守るものは身命を顧みず、義侠を知るものは艱難を辞せずといったところ。果たしてヒラトは何と言ったか。それは次回で。




