第六 三回 ③
カコ宴酣を破りて好漢に急難を告げ
チルゲイ資稟に応じて同志に計策を授く
チルゲイは力強く頷くと、断乎たる調子で、
「いかにも。天機は逃してはならぬ。ゆえに和が求められる。冷静で分別ある行動が求められる。それなくして大事は成し遂げられぬ」
シン・セクは揖拝して言った。
「よし。万事、知恵者の言に順おう。為すべきことを示せ」
チルゲイは莞爾と笑うと、ボッチギンを顧みて、
「カンが予想以上に暗君だったせいで慌ただしいことになりそうだ。ときをかけるべきところを短期日で行わねばならなくなった」
「たしかに。九地の下で進めえたこともあったのだが、ここに至ってはそうも言っておれぬ」
「いいから、疾く策を!」
促されてチルゲイは頷くと、
「よし。ではタケチャク、悪いがもうひと走りして、ここにいないものを呼んできてくれ。詳細はそれからだ」
タケチャクは応じてすぐに飛び出していった。
ほどなく一旦帰っていたものも集まったので、早速謀議に入った。居並ぶ好漢は総じて十二人。チルゲイ、サチ、カコ・コバル、シン・セク、スク・ベク、タクカ、ボッチギン、タケチャク、ササカ、クミフ、クメン、ヨツチの面々。
みな揃っているのを確かめると、チルゲイは口を開いて、
「謀を行うには密なるを重んじる。兵を用いるには迅きを貴ぶ。伏しては九地の下に蔵れ、動いては九天の上を趨り、そうして初めて敵人は防ぐに及ばぬものだ。これより諸君は分かれて個々に計を行うが、くれぐれも軽率なことはせぬよう、重ねて念を押しておく」
みな緊張した面持ちで頷く。続けて言うには、
「麒麟児と急火箭は直ちにアイルへ戻り、明日にも出陣できるよう兵を整えよ。兵に理由を知らせる必要はない。いたずらに気勢を上げることなく、静かに命を待て。困ったことがあったら知世郎に諮れ。知世郎は二人を佐けて、人衆の妄動を戒めよ」
「承知」
三人は声を揃えて答える。次はボッチギンに向かって、
「渾沌郎君、君の為すことは解っていようが、直ちに帰ってカントゥカを佐けて有事に備えよ。タケチャクの言うとおりスンワの人心もカンから離れている。慎重に行動を選び、臨機応変に対処せよ。カントゥカはいずれ人衆の上に立つ身、誤らせるな」
万事心得ているというように軽く手を挙げて応える。
「次は矮狻猊。君の責務は重大だ。明朝、きっとヒラトがカンに見えるだろう。君はそのあとで彼を守って無事にアイルへ帰してもらいたい。カオエンの族長はヒラトだ。彼なくして氏族はまとまらぬ」
「俺の手にかかれば易い。委せておけ」
胸を叩いて豪語する。
「花貌豹、蒼鷹娘、娃白貂、笑破鼓は、ヒラトが戻るまで氏族を抑えておいてもらいたい。アサン父子のことは伏せておけ。もしこれを知って妄りに騒ぐものがあれば、意を尽くしてヒラトを待つよう説け」
「承知。心配は要らない」
サチが静かに請け負う。そこでクミフが首を傾げて、
「チルゲイはどうするの?」
と尋ねれば、
「私にはほかにするべきことがある。その前に雪花姫。貴女は女どもを説いて、家畜と老幼を南に逃がせ」
カコは目を上げると、
「南にはイシにツォトンがあります。有事の際には兵を率いて北上するはず。西へ逃れたほうがよいのではありませんか」
みななるほどと思ってチルゲイを見る。答えて言うには、
「イシについては私に一計がある。自らこれに赴き、その兵を封じよう。そもそもイシの知事はカンの腹心ツォトンだが、みなはその長子がカトメイであることを忘れてないか」
これを聞いて一様にはっとする。さらに語を継いで言うには、
「そもそもカトメイは我らの同志。これを説いて必ずイシを得てみせよう。イシが動かなければ、カオエンより南は安泰。その兵が至らなければカンの心算は狂うだろう。このことは重要、余人には委せられぬ」
タクカが不安そうな面持ちで言うには、
「イシの帰趨はことの成否を分ける大事。失敗は許されぬが、そんな大言を吐いてよいのか?」
「本来ならときをかけてカトメイを籠絡し、遺漏なく計を定めるはずだったが、やむをえん。三軍にも勝る我が舌鋒を信じてもらうほかない」
シン・セクが不敵な笑みを浮かべつつ、
「信じよう。お前は馬も弓も劣るが、それを補って弁舌だけは余りある」
「拝謝、拝謝。命を賭してことを成そう。ともかく喫緊のことは尽くした。あとのことはヒラトに順えばよい。だから矮狻猊、嘱んだぞ」
言い終えると、途端に声を挙げたものがある。何と言ったかといえば、
「待て、奇人。俺は何もすることがないのか?」
見れば豪力の武人スク・ベク。チルゲイは一瞥すると言った。
「スク。君はしかとはたらけるか? 父を討たれてより今日まで君はゲルに籠もっていた。果たして気概を復しているか」
すると憤然と色を成して言うには、
「無論! 俺にも何かさせてくれ。大義のためには力を惜しむまいぞ。さあ、チルゲイ。俺に策を授けろ」




