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草原演義  作者: 秋田大介
巻五
251/785

第六 三回 ③

カコ宴酣(えんかん)を破りて好漢に急難を告げ

チルゲイ資稟(しひん)に応じて同志に計策を授く

 チルゲイは力強く頷くと、断乎たる調子で、


いかにも(ヂェー)天機(チャク)は逃してはならぬ。ゆえに(エイエ)が求められる。冷静で分別ある行動が求められる。それなくして大事は成し遂げられぬ」


 シン・セクは揖拝(ゆうはい)して言った。


「よし。万事、知恵者(セチェン)(ウゲ)(したが)おう。為すべきことを示せ」


 チルゲイは莞爾と笑うと、ボッチギンを顧みて、


「カンが予想(ヂョン)以上に暗君(ハラ・エルキム)だったせいで慌ただしいことになりそうだ。ときをかけるべきところを短期日で行わねばならなくなった」


「たしかに。九地の下で進めえたこともあったのだが、ここに至ってはそうも言っておれぬ」


「いいから、疾く策を!」


 (うなが)されてチルゲイは頷くと、


「よし。ではタケチャク、悪いがもうひと走りして、ここにいないものを呼んできてくれ。詳細はそれからだ」


 タケチャクは応じてすぐに飛び出していった。




 ほどなく一旦帰っていたものも集まったので、早速謀議に入った。居並ぶ好漢(エレ)は総じて十二人。チルゲイ、サチ、カコ・コバル、シン・セク、スク・ベク、タクカ、ボッチギン、タケチャク、ササカ、クミフ、クメン、ヨツチの面々。


 みな揃っているのを確かめると、チルゲイは(アマン)を開いて、


「謀を行うには密なる(ニウチャ)を重んじる。兵を用いるには迅き(クルドゥン)を貴ぶ。伏しては九地の下に(かく)れ、動いては九天の上を(はし)り、そうして初めて敵人(ダイスンクン)は防ぐに及ばぬものだ。これより諸君は分かれて個々に計を行うが、くれぐれも軽率なことはせぬよう、重ねて念を押しておく」


 みな緊張した面持ちで頷く。続けて言うには、


「麒麟児と急火箭は直ちにアイルへ戻り、明日にも出陣できるよう兵を整えよ。兵に理由を知らせる必要はない。いたずらに気勢を上げることなく、静か(ヌタ)(カラ)を待て。困ったことがあったら知世郎に(はか)れ。知世郎は二人を(たす)けて、人衆(ウルス)の妄動を戒めよ」


承知(ヂェー)


 三人は(ダウン)を揃えて答える。次はボッチギンに向かって、


「渾沌郎君、君の為すことは解っていようが、直ちに帰ってカントゥカを(たす)けて有事に備えよ。タケチャクの言うとおりスンワの人心もカンから離れている。慎重に行動を選び、臨機応変に対処せよ。カントゥカはいずれ人衆の上に立つ身、誤らせるな」


 万事心得ているというように軽く(ガル)を挙げて応える。


「次は矮狻猊(わいさんげい)。君の責務(アルバ)は重大だ。明朝、きっとヒラトがカンに(まみ)えるだろう。君はそのあとで彼を守って無事にアイルへ帰してもらいたい。カオエンの族長(ノヤン)はヒラトだ。彼なくして氏族(オノル)はまとまらぬ」


「俺の手にかかれば易い。(まか)せておけ」


 (オモリウド)を叩いて豪語する。


「花貌豹、蒼鷹娘(ボルテ・シバウン)娃白貂(あいはくちょう)、笑破鼓は、ヒラトが戻るまで氏族(オノル)を抑えておいてもらいたい。アサン父子のことは伏せておけ。もしこれを知って(みだ)りに騒ぐものがあれば、意を尽くしてヒラトを待つよう説け」


承知(ヂェー)。心配は要らない」


 サチが静かに請け負う。そこでクミフが首を(かし)げて、


「チルゲイはどうするの?」


 と尋ねれば、


「私にはほかにするべきことがある。その前に雪花姫(ツァサン・ツェツェク)。貴女は(ブスクイ)どもを説いて、家畜(アドオスン)と老幼を(ウリダ)に逃がせ」


 カコは(ニドゥ)を上げると、


「南にはイシにツォトンがあります。有事の際には兵を率いて北上するはず。西(バラウン)へ逃れたほうがよいのではありませんか」


 みななるほどと思ってチルゲイを見る。答えて言うには、


「イシについては私に一計がある。自らこれに赴き、その兵を封じよう。そもそもイシの知事(ダルガチ)はカンの腹心ツォトンだが、みなはその長子(クウ)がカトメイであることを忘れて(ウマルタヂュ)ないか」


 これを聞いて一様にはっとする。さらに語を継いで言うには、


「そもそもカトメイは我らの同志(イル)。これを説いて必ずイシを得てみせよう。イシが動かなければ、カオエンより南は安泰。その兵が至らなければカンの心算は狂うだろう。このことは重要、余人には(まか)せられぬ」


 タクカが不安そうな面持ちで言うには、


「イシの帰趨はことの成否を分ける大事。失敗は許されぬが、そんな大言を吐いてよいのか?」


「本来ならときをかけてカトメイを籠絡し、遺漏なく計を定めるはずだったが、やむをえん。三軍にも勝る我が舌鋒を信じてもらうほかない」


 シン・セクが不敵な笑みを浮かべつつ、


「信じよう。お前は馬も弓も劣る(ドロムヂン)が、それを補って弁舌だけは余りある」


「拝謝、拝謝。(アミン)を賭してことを成そう。ともかく喫緊のことは尽くした。あとのことはヒラトに(したが)えばよい。だから矮狻猊、(たの)んだぞ」


 言い終えると、途端に(ダウン)を挙げたものがある。何と言ったかといえば、


「待て、奇人。俺は何もすることがないのか?」


 見れば豪力(クチュトゥ)の武人スク・ベク。チルゲイは一瞥すると言った。


「スク。君はしかとはたらけるか? (エチゲ)を討たれてより今日まで君はゲルに籠もっていた。果たして気概(ヂルケ)を復しているか」


 すると憤然と色を成して言うには、


「無論! 俺にも何かさせてくれ。大義のためには(クチ)を惜しむまいぞ。さあ、チルゲイ。俺に策を授けろ」

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