第 七 回 ①
サルカキタン大軍を弄ばれ竟に連丘に迷い
テクズス小心を嗤われ僅かに一命を得る
ベルダイ右派とアイヅム氏の連合軍は、テクズスを先鋒としてズラベレン氏の三将が拠るズレベン台地に攻め込んだ。
三将は不意を衝かれて瞬く間に潰走する。台地を棄てて北の谷へ逃げ込むと、あわててインジャに急使を送った。
「サルカキタン・ベクが軍を発し、すでにズラベレン三将を破ったという。その数は一万三千騎。いかにして迎え撃つか、諸将の意見を聞きたい」
インジャが問えば、ハクヒが青ざめた顔で、
「これは一大事ですぞ。ズレベン台地がかくも容易に落ちてしまった以上、ここに居ては守りきれません。我が兵は六千五百騎、敵人の半分しかおりません」
そこでセイネンが急を告げた兵士に尋ねて、
「三将はどうしている?」
「はっ、敗残の兵を集めて谷に隠れております」
「その数は?」
「まだ二千騎はあろうかと……」
それを聞いて何やら考え込むセイネンに、インジャが尋ねて、
「君はベルダイ右派と戦ったことがあろう。何か策はないか」
「おそらく敵人は我々を侮っていると思います。兵も寡く、義兄をはじめみな若い。ゆえに力に任せて押し寄せるはず。それを利用できぬものか、と考えているのですが……」
ハクヒがそわそわしつつ言うには、
「ジェチェン様の助力は得られませんか!」
それはインジャ自身がすぐに否定して、
「無理であろう。援兵を送るには遠過ぎる。もし一敗地に塗れれば、恃むことも考えねばなるまいが」
ずっと黙っていたナオルが、漸く口を開いて、
「どこか、寡兵をもって大軍を迎えうる地勢はないものでしょうか?」
諸将は首を捻るばかりであったが、独りセイネンがはたと膝を叩いて、
「私としたことがすっかり忘れておりました! ここより西北にメルヒル・ブカなる地があります。ここならサルカキタンの大軍と戦えるかもしれません」
「どのようなところか」
「小高い丘が幾重にも連なり、周囲が見渡せぬ地形。道は細く込み入っており、知らずに足を踏み入れれば、行き着くのは沼や川ばかり。ここで敵を待てば、大軍といえども力を発揮することはできないでしょう」
ナオルがそれを制して、
「それは我々にとっても危地ではないのか」
「カオルジという岳があり、その頂上からのみ全体を見渡すことができます。ここを抑えれば思うように軍を動かせましょう」
インジャが決断して、
「よし、早速メルヒル・ブカに移る。すぐに発つ用意を」
セイネンがさらに言うには、
「敵軍をかの地に誘い込んだあと、ズラベレン三将にメルヒル・ブカの入口を塞いでもらいましょう。勝機が見えましたぞ」
諸将は急いで出立の準備にかかる。インジャはタンヤンに命じて、三将へ事の次第を伝えさせた。
さて一方のサルカキタンはといえば、ズラベレン氏を破ったという知らせを受けると、ひと息に小僧どもを屠ってくれようと、休む間もなく進撃を命じた。
「この勢いでジョンシもフドウも蹴散らすのだ」
だがシャキが険しい表情で傍らから言うには、
「族長、ズラベレン氏の残党が背後を襲うかもしれません。備えておいてはいかがでしょうか」
サルカキタンはそれを一笑に付すと、
「ははは、シャキよ。奴らにそんな勇気があるか。今ごろ山にでも逃げ込んで震えておろう。お前のように知恵があり過ぎるというのも困ったものじゃ、ははは」
やがてベルダイ右派、アイヅム氏の連合軍は、フドウ氏のアイルがあった地に着いた。しかしすでに引き払ったあとで、牛の毛ひと筋も見当たらない。てっきり恐れをなして逃走したのだろうとてキヤトの三千騎に追撃を命じて、その場に駐屯することとした。
五日後、一人の兵が疲れ果てた様子で陣に現れた。見ればキヤト麾下の十人長だった男。すぐにサルカキタンのもとに連れていかれる。これに尋ねて言うには、
「どうしたというのだ。まさか小僧にやられたのではあるまいな」
男は平伏して震えるばかりであったが、シャキに促されて漸く言うには、
「将軍に従って進軍していたところ、西北三十里の地において敵に出遭ったのです。旗を見ればまさしくジョンシ氏のもの。敵が五百騎ばかりだったので、即座に攻撃の命が下りました。ところが敵は、戦ったとみるやすぐに逃げはじめました」
さらに続けて、
「追撃すること十余里、気付けば周りは小高い丘が連なり、道は細く曲がりくねっていて、先がどうなっているやもわかりません。あわてて退却しようとした瞬間、左右の丘の上から銅鑼が鳴り響き、敵の軍勢が現れました。見渡すかぎり敵の旗が翻り、その数も計り知れません。あっと思う間もなく蹴散らされ、私独りがやっと虎口を脱した次第でございます」