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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
25/783

第 七 回 ①

サルカキタン大軍を(もてあそ)ばれ(つい)に連丘に迷い

テクズス小心を(わら)われ僅かに一命を得る

 ベルダイ右派(バラウン)とアイヅム氏の連合軍は、テクズスを先鋒(ウトゥラヂュ)としてズラベレン氏の三将が拠るズレベン台地に攻め込んだ。


 三将は不意を衝かれて瞬く間(トゥルバス)に潰走する。台地を棄てて北の谷(ホイン・ヂェブル)へ逃げ込むと、あわててインジャに急使(グユクチ)を送った。


「サルカキタン・ベクが軍を発し、すでにズラベレン三将を破ったという。その数は一万三千騎。いかにして迎え撃つか、諸将の意見を聞きたい」


 インジャが問えば、ハクヒが青ざめた(ヌル)で、


「これは一大事ですぞ。ズレベン台地がかくも容易(アマルハン)に落ちてしまった以上、ここに居ては守りきれません。我が兵は六千五百騎、敵人(ダイスンクン)半分(ヂアリム)しかおりません」


 そこでセイネンが急を告げた兵士に尋ねて、


「三将はどうしている?」


はっ(ヂェー)、敗残の兵を集めて(ヂェブル)に隠れております」


「その数は?」


「まだ二千騎はあろうかと……」


 それを聞いて何やら考え込むセイネンに、インジャが尋ねて、


「君はベルダイ右派と戦ったことがあろう。何か策はないか」


「おそらく敵人は我々を侮っていると思います。兵も(すくな)く、義兄をはじめみな若い(ヂャラウ)。ゆえに(クチ)に任せて押し寄せるはず。それを利用できぬものか、と考えているのですが……」


 ハクヒがそわそわしつつ言うには、


「ジェチェン様の助力(トゥサ)は得られませんか!」


 それはインジャ自身がすぐに否定して、


「無理であろう。援兵を送るには遠過ぎる。もし一敗地に(まみ)れれば、(たの)むことも考えねばなるまいが」


 ずっと黙っていたナオルが、(ようや)(アマン)を開いて、


「どこか、寡兵をもって大軍を迎えうる地勢はないものでしょうか?」


 諸将は首を捻るばかりであったが、独りセイネンがはたと膝を叩いて、


「私としたことがすっかり忘れて(ウマルタヂュ)おりました! ここより西北にメルヒル・ブカなる(ガヂャル)があります。ここならサルカキタンの大軍と戦えるかもしれません」


「どのようなところか」


「小高い(ドブン)が幾重にも連なり、周囲が見渡せぬ地形。(モル)は細く込み入っており、知らずに(フル)を踏み入れれば、行き着くのは沼や(ゴロカン)ばかり。ここで(ブルガ)を待てば、大軍といえども力を発揮することはできないでしょう」


 ナオルがそれを制して、


「それは我々にとっても危地ではないのか」


「カオルジという(タグ)があり、その頂上からのみ全体(コトラ)を見渡すことができます。ここを抑えれば思うように軍を動かせましょう」


 インジャが決断して、


「よし、早速メルヒル・ブカに移る。すぐに発つ用意を」


 セイネンがさらに言うには、


「敵軍をかの地に誘い込んだあと、ズラベレン三将にメルヒル・ブカの入口を(ふさ)いでもらいましょう。勝機が見えましたぞ」


 諸将は急いで出立の準備にかかる。インジャはタンヤンに命じて、三将へ事の次第を伝えさせた。




 さて一方のサルカキタンはといえば、ズラベレン氏を破ったという知らせを受けると、ひと息に小僧(ニルカ)どもを(ほふ)ってくれようと、休む間もなく進撃を命じた。


「この勢いでジョンシもフドウも蹴散らす(エムブルー)のだ」


 だがシャキが険しい表情で傍ら(デルゲ)から言うには、


族長(ノヤン)、ズラベレン氏の残党が背後を襲うかもしれません。備えておいてはいかがでしょうか」


 サルカキタンはそれを一笑に付すと、


「ははは、シャキよ。奴らにそんな勇気(ヂルケ)があるか。今ごろ(アウラ)にでも逃げ込んで震えておろう。お前のように知恵があり過ぎるというのも困ったものじゃ、ははは」


 やがてベルダイ右派、アイヅム氏の連合軍は、フドウ氏のアイルがあった地に着いた。しかしすでに引き払ったあとで、(ウヘル)の毛ひと筋も見当たらない。てっきり恐れをなして逃走(オロア)したのだろうとてキヤトの三千騎に追撃を命じて、その場に駐屯することとした。


 五日後、一人の兵が疲れ果てた様子で(トイ)に現れた。見ればキヤト麾下の十人長(アルバン)だった男。すぐにサルカキタンのもとに連れていかれる。これに尋ねて言うには、


「どうしたというのだ。まさか小僧にやられたのではあるまいな」


 男は平伏して震えるばかりであったが、シャキに(うなが)されて(ようや)く言うには、


「将軍に従って進軍していたところ、西北三十里の地において敵に出遭ったのです。(トグ)を見ればまさしくジョンシ氏のもの。敵が五百騎ばかりだったので、即座に攻撃の(カラ)が下りました。ところが敵は、戦ったとみるやすぐに逃げはじめました」


 さらに続けて、


「追撃すること十余里、気付けば周りは小高い丘が連なり、道は細く曲がりくねっていて、先がどうなっているやもわかりません。あわてて退却しようとした瞬間、左右の丘の上から銅鑼が鳴り響き、敵の軍勢が現れました。見渡すかぎり敵の旗が(ひるがえ)り、その数も計り知れません。あっと思う間もなく蹴散らされ、私独りがやっと虎口を脱した次第でございます」

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