第六 三回 ① <カコ・コバル登場>
カコ宴酣を破りて好漢に急難を告げ
チルゲイ資稟に応じて同志に計策を授く
さて、ミクケルの暴政に叛旗を翻さんと志を同じくする好漢たちは、処々で会合を重ねていたが、その日もチルゲイのゲルにて気炎を吐いていた。
すなわちカオエン氏からは奇人チルゲイ、花貌豹サチ、蒼鷹娘ササカ、娃白貂クミフ、笑破鼓クメン、スンワ氏からは渾沌郎君ボッチギン、ネサク氏からは麒麟児シン・セク、知世郎タクカ、カムタイ氏からはスク・ベク、ダマン氏からは急火箭ヨツチといった十人の顔触れ。
ただこれは謀議などといった不穏なものではなく、久々に姿を現したスクも加えて、今やお決まりの宴。
クメンの笑い声は絶え間なく聞こえ、タクカも飲めぬ酒に顔を真っ赤に染める。サチはどっかと胡座し、大杯を抱えて豪快に笑う。
ヨツチはシンに揶揄われて、急火箭の渾名そのままに顔を朱に染めておおいに怒り、チルゲイがおどけた調子でそれを宥める。
まさに肝胆相照らした盟友の交わり、それもそのはず居並ぶものはみなテンゲリに定められた宿星にほかならない。
遅れてきたスク、ササカの二人も負けじと杯を干し、笑声の輪に連なる。スクはおよそひと月ぶりの酒にほどなく酔いが回り、早くも酩酊する有様。かたやササカはいくら飲んでも底の知れぬ豪のもの。これにはみな快哉を叫ぶ。
またボッチギンはそもそも戯作、戯書の類を得手とすれば、たちまちのうちに戯言を弄して詩を作る。チルゲイが大喜びで曲を付け、サチが胡弓を奏でてクミフが歌えば、心奧より興が乗ってきて楽しみは尽きない。
宴はいつ果てるともなく続くかのように思われ、陽が落ちても誰一人として腰を上げようとしない。不意にシン・セクが大声を挙げたのでみな驚けば、言うには、
「やや、チルゲイ、酒が足りぬぞ!」
「ははあ、これはこれは。……飲み尽くしたな」
涼しい顔で答えれば、酔眼でこれを睨んで、
「何だ、気が利かぬな! 前もって用意しておけ」
「むむう、我が軍は窮地に陥ったぞ。軍師、何とする?」
ふざけてタクカを顧みれば、
「近隣の氏族に援軍を請いましょう」
畏まって答える。ひとしきり笑ったあと、チルゲイが言った。
「では誰か急使となって行け」
そう命じれば、サチとササカが名乗りを上げる。すっかり酔っ払ったヨツチが、
「ううむ、夜道に女二人だけでは危ない。ここはひとつ俺も……」
とて立ち上がろうとしたが、途端に足を絡ませて転倒する。シンが笑って、
「お前がもっとも危ないわ! おい、スク、お前が行ってこい」
スクは半ば眠りかけていたが、目を覚ますと、
「麒麟児が行けばよかろう。そもそも女どもに頼まなくても、君がひと走りすればすむではないか」
「俺が? 阿呆が、面倒だわ。だいたいこの二人は果たして女なのか。それをまず考えねばなるまい。はっはっは」
これにはたちまち蒼鷹娘の平手が飛ぶ。一向に話が進まぬままおおいに盛り上がっていると、そこへ、
「チルゲイ殿、チルゲイ殿!」
いつからか外で案内を請う声がしている。ボッチギンが初めに気づいてみなを制すると、
「ん? 援軍かな」
などと戯れながら戸張を開く。と、若い女が息を切らしつつ立っている。
「先ほどから呼んでいるのに何を騒いでいたのですか。チルゲイ殿、飲んでいるときではありません」
そう言う女の人となりを見れば、
年のころは蒼鷹娘らと同じほど、身の丈は七尺足らず、肌は雪のごとく、眉は蝶のごとく、黒髪は流水のごとく、双眸は清泉のごとく、心性は明鏡のごとく澄み、挙措は精霊のごとく貴く、閉月羞花、天香国色、謙譲の美徳に溢れ、仁慈の美質に満ちた真の賢婦人。これぞカオエンにその名も高きカコ・コバル。あまりの肌の白さに、付いた渾名は「雪花姫」。
クメンが呵々大笑して、
「やや、初めてまともな女が現れたぞ。雪花姫があれば、まさに荒野に一輪の花といったところだ。はっはっは」
これもサチに睨みつけられる。カコは焦れた様子で言った。
「みなさん、ふざけているときではありません」
チルゲイは漸く笑みを収めると、やや居住まいを正して、
「珍しくあわてているようだが、何かあったのか」
「はい。お聴きください。大変なことです」
その急迫した様子に、居並ぶ好漢も息を呑んで口を閉じる。カコは白い頬を幾分紅潮させつつ、一語ずつはっきりと言うには、
「アサン殿の父ヘンケ・セチェン様が、四日前にカンに召されて以来、まだ戻っていないのです。アサン殿が、昨日オルドへ向かったのですが、やはり何の報せもありません」




