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草原演義  作者: 秋田大介
巻五
249/785

第六 三回 ① <カコ・コバル登場>

カコ宴酣(えんかん)を破りて好漢に急難を告げ

チルゲイ資稟(しひん)に応じて同志に計策を授く

 さて、ミクケルの暴政に叛旗を(ひるがえ)さんと(オロ)を同じくする好漢(エレ)たちは、処々で会合(クラル)を重ねていたが、その(ウドゥル)もチルゲイのゲルにて気炎を吐いていた。


 すなわちカオエン氏からは奇人チルゲイ、花貌豹サチ、蒼鷹娘(ボルテ・シバウン)ササカ、娃白貂(あいはくちょう)クミフ、笑破鼓クメン、スンワ氏からは渾沌郎君ボッチギン、ネサク氏からは麒麟児シン・セク、知世郎タクカ、カムタイ氏からはスク・ベク、ダマン氏からは急火箭ヨツチといった十人(アルバン)の顔触れ。


 ただこれは謀議などといった不穏なものではなく、久々に姿(カラア)を現したスクも加えて、今やお決まりの宴。


 クメンの笑い声は絶え間なく聞こえ、タクカも飲めぬ(ボロ・ダラスン)(ヌル)を真っ赤に染める。サチはどっかと胡座し、大杯を抱えて豪快に笑う。


 ヨツチはシンに揶揄(からか)われて、急火箭の渾名(あだな)そのままに顔を朱に染めておおいに怒り、チルゲイがおどけた調子でそれを(なだ)める。


 まさに肝胆相照らした盟友(アンダ)の交わり、それもそのはず居並ぶものはみなテンゲリに定められた宿星(オド)にほかならない。


 遅れてきたスク、ササカの二人も負けじと杯を干し、笑声の輪に連なる。スクはおよそひと月ぶりの酒にほどなく酔いが回り、早くも酩酊する有様。かたやササカはいくら飲んでも底の知れぬ豪のもの。これにはみな快哉を叫ぶ。


 またボッチギンはそもそも戯作、戯書の類を得手とすれば、たちまちのうちに戯言を弄して詩を作る。チルゲイが大喜びで曲を付け、サチが胡弓(ホール)を奏でてクミフが歌えば、心奧より興が乗ってきて楽しみは尽きない。


 宴はいつ果てるともなく続くかのように思われ、(ナラン)が落ちても誰一人として腰を上げようとしない。不意にシン・セクが大声を挙げたのでみな驚けば、言うには、


「やや、チルゲイ、酒が足りぬぞ!」


「ははあ、これはこれは。……飲み尽くしたな」


 涼しい顔で答えれば、酔眼でこれを睨んで、


「何だ、気が()かぬな! 前もって用意しておけ」


「むむう、我が軍は窮地に(おちい)ったぞ。軍師、何とする?」


 ふざけてタクカを顧みれば、


近隣(サーハルト)氏族(オノル)援軍(トゥサ)を請いましょう」


 (かしこ)まって答える。ひとしきり笑ったあと、チルゲイが言った。


「では誰か急使(グユクチ)となって行け」


 そう命じれば、サチとササカが名乗りを上げる。すっかり酔っ払ったヨツチが、


「ううむ、夜道に(オキン)二人だけでは危ない。ここはひとつ俺も……」


 とて立ち上がろうとしたが、途端に(フル)(から)ませて転倒する。シンが笑って、


「お前がもっとも危ないわ! おい、スク、お前が行ってこい」


 スクは半ば眠りかけていたが、目を覚ますと、


「麒麟児が行けばよかろう。そもそも女どもに頼まなくても、君がひと走りすればすむではないか」


「俺が? 阿呆(アルビン)が、面倒(ヤルシグタイ)だわ。だいたいこの二人は果たして女なのか。それをまず考えねばなるまい。はっはっは」


 これにはたちまち蒼鷹娘の平手が飛ぶ。一向に話が進まぬままおおいに盛り上がっていると、そこへ、


「チルゲイ殿、チルゲイ殿!」


 いつからか外で案内を請う(ダウン)がしている。ボッチギンが初めに気づいてみなを制すると、


「ん? 援軍かな」


 などと戯れながら戸張(エウデン)を開く。と、若い女が(アミ)を切らしつつ立っている。


「先ほどから呼んでいるのに何を騒いでいたのですか。チルゲイ殿、飲んでいるときではありません」


 そう言う女の人となりを見れば、


 年のころは蒼鷹娘らと同じほど、身の丈は七尺足らず、肌は(ツァサン)のごとく、(フムスグ)は蝶のごとく、黒髪は流水のごとく、双眸は清泉(ブラグ)のごとく、心性(チナル)は明鏡のごとく澄み(トンガラグ)、挙措は精霊(オンゴド)のごとく貴く(カトゥン)、閉月羞花、天香国色、謙譲の美徳に溢れ、仁慈の美質に満ちた真の賢婦人。これぞカオエンにその名も高きカコ・コバル。あまりの肌の白さに、付いた渾名は「雪花姫(ツァサン・ツェツェク)」。


 クメンが呵々大笑して、


「やや、初めてまともな女が現れたぞ。雪花姫があれば、まさに荒野(チョル)に一輪の(ツェツェク)といったところだ。はっはっは」


 これもサチに睨みつけられる。カコは()れた様子で言った。


「みなさん、ふざけているときではありません」


 チルゲイは(ようや)く笑みを収めると、やや居住まいを正して、


「珍しくあわてているようだが、何かあったのか」


はい(ヂェー)。お聴きください。大変なことです」


 その急迫した様子に、居並ぶ好漢も息を呑んで(アマン)を閉じる。カコは白い(ハツァル)を幾分紅潮させつつ、一語ずつはっきりと言うには、


「アサン殿の(エチゲ)ヘンケ・セチェン様が、四日前にカンに召されて以来、まだ戻っていないのです。アサン殿が、昨日オルドへ向かったのですが、やはり何の報せもありません」

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