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草原演義  作者: 秋田大介
巻五
245/785

第六 二回 ① <ヨツチ、ボッチギン登場>

アサン心を究めて急火箭の陋見(ろうけん)(さと)

スク鷹を追って蒼鷹娘の艶美に()

 さて、メンドゥ(ムレン)西(バラウン)に割拠するウリャンハタ部では、不穏な空気が醸成されつつあった。というのも、ミクケル・カンがオロンテンゲルの山塞でジョルチ部に敗れたあと、奸臣を侍らせて暴君(ハラ・エルキム)と化したことに端を発している。


 カオエン氏のヒラトや、スンワ氏のカントゥカなどの好漢(エレ)はこれを憂え、同じ不満を抱く若い(ヂャラウ)世代による革命の機会(チャク)を窺っていた。


 とはいえ、カンの権勢はいまだ強く、一朝にこれを(くつがえ)すことは難しかった。そこで(はや)(オロ)を抑えつつ雌伏せざるをえなかったのである。


 そうこうするうちに四年に近い歳月が流れていた。ミクケルの圧政は(ウドゥル)に苛烈を加え、人衆(ウルス)の怨嗟の(ダウン)は野に満ちた。


 ネサク氏の族長(ノヤン)シン・セクなど急進派の憤怒(アウルラアス)は頂点に達し、カムタイの知事(ダルガチ)ズキン・ヂドゥ父子誅殺でそれは暴発寸前となった。


 そんなときに奇人チルゲイが帰還した。チルゲイはヒラトの嘆きに応じて、カントゥカ召還を進言した。チダ氏族長(ノヤン)カムカ・チノに、北方の守備を交替させるよう勧めたのである。


 麒麟児シン・セクは、この報に喜び勇んでチルゲイを訪ねたが、その焦慮を戒められた。それはヒラトの意を受けて為したことである。ヒラトは政権の中枢(ヂュルケン)にありながら、奸臣の跋扈(ばっこ)を許していると見られて急進派に抑えが効かなくなっていたのである。


 古言に「謀事は密をもって成る」と謂うとおり、ことの成就のためには軽挙を戒めねばならなかった。一人でも妄動に駆られれば、ことを(やぶ)る恐れがある。すべて秘密裡に運ばなければならない。


 シンは果たしてチルゲイの言葉(ウゲ)(したが)ったが、ここにもう一人、急進派の筆頭と目される好漢があった。すなわちダマン氏族長(ノヤン)ヨツチ。その人となりはといえば、


 年のころは二十歳を幾つか過ぎたほど、身の丈は七尺足らず、円い(ヌル)に小さな(ニドゥ)、豹のごとき体躯(ビイ)(アヤンガ)のごとき気性(チナル)にて、短躯なるも大敵を恐れず、ひとたび怒れば前後を忘れ、ひとたび(いきどお)れば左右を顧みぬ直情径行の士。その激しい気性から、人呼んで「急火箭」、またの名を「矮豹子」。


 ヨツチは辺り(はばか)らず不満を表していたため、常々(たしな)められていたが、一向に改める様子もなくヒラトらを悩ませていた。


 チルゲイとシンらが会ってから十日ほどあとのこと。カントゥカが帰ってきたと聞いたヨツチは勇躍(ブレドゥ)して(モリ)を飛ばし、スンワ氏のアイルに赴いた。案内も請わずそのゲルに踏み込むや、


「カントゥカ! 決起はいつだ!?」


 大声で叫んで居並ぶ人を驚かす。あわててカントゥカの傍ら(デルゲ)にいた男が、その(アマン)を押さえて座らせる。ヨツチはその(ガル)を振りほどくと、怒鳴りつけて言った。


「何しやがる! お前はいつから義を(わきま)えぬ奴になった!」


「騒ぐな。ここをどこだと思っている。カンの宮廷(オルド)があるスンワ氏のアイルだぞ。まったく寿命(アミン)が縮まるわ」


 そう答えた男の人となりはといえば、


 年のころはやはり二十歳過ぎ、身の丈は七尺少々、暗い目の底に大智を宿し、(うつ)ろな口の奥に雄弁を伏し、黒き(フムスグ)、白き面、低き(ハマル)、高き歯、風采は上がらぬもその痩躯(トランハイ)に天下の大才を秘めた一個の好漢。これぞスンワにその人ありと言われたボッチギン。渾名(あだな)があって、その名も「渾沌郎君」。


 ヨツチは憤懣やる(かた)なく腕組みして(ハツァル)を膨らませると、


「ボッチギン! お前たちが戻ったからには決起の日は近い(オイル)のだろう!」


「ああ、そう決起々々と言うな。聞こえなかったのか。カンのオルドの近くだぞ。誰が聞いているか知れたものではない」


「聞こえたってかまうものか! 俺は毎日そればかり思って暮らしているんだ。ヒラトの奴は奸臣に媚びてばかりで(たの)みにならぬし、スク・ベクは(ふさ)ぎ込んでばかり。どいつもこいつも話にならぬ! お前らが戻ったと聞いて今度こそはって思ったんだが、違うのか?」


 ボッチギンは困惑した顔で振り返ると、


「カントゥカ、この阿呆(アルビン)に何とか言ってやってくれ」


 それを聞いて、


「阿呆だと! 阿呆って言いやがったな! お前も腰抜けどもと同じか。……ああ、義はいつになったら行われるのだ」


 ついにはテンゲリを仰いで慨嘆する。カントゥカは眉を(しか)めてこれを見ていたが、やがて言った。


「矮豹子よ、お前がそう騒ぎ立てているのがカンの(チフ)に入ってみろ。先手を打たれて一網打尽だ。少しはみなに(なら)っておとなしくしていてはどうだ」


「ならばこっちが先手を打てばよいではないか!」


 カントゥカの顔にみるみる怒気が(みなぎ)る。


「まだ解らぬか。俺も気が長いほうではないぞ!」


 見かねたボッチギンがあわてて言うには、


「急火箭、ついてこい。会わせたいものがいる」


 ヨツチはやむなく立ち上がる。


「どこへ行く?」


「シン・セクのもとへ」


 これを聞くと大喜びで、


「麒麟児ならきっと俺の(オロ)を解ってくれよう」

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