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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
24/783

第 六 回 ④

セイネン兵鋒を用いず巧みに三将を降し

サルカキタン軍旅を興して(すなわ)ち六駒を(はし)らす

 (ナマル)になった。このところジョルチ部では大きな(ソオル)もなく平穏であった。しかし兵の鍛錬は怠ることができない。いつベルダイ右派(バラウン)やアイヅム氏と干戈を交えることになるか判らないからである。


 フドウ氏はさらに人衆(ウルス)の数を増し、兵は二千人に達した。これにジョンシ氏四千、ズラベレン氏三千を加えると九千人になる。キャラハン氏の遺民も少しずつ集まりつつあった。


 盟友(アンダ)の誓いによる連合とはいえ、インジャの兵はいつしか一万人(トゥメン)近くに膨れ上がっていた。


 一方、ジョルチ部の雄ベルダイ氏は、右派一万、左派(ヂェウン)六千のふたつに分かれて反目を続けている。アイヅム氏三千は、優勢な右派と結んでいる。


 右派の族長(ノヤン)サルカキタン・ベクの下には「ベルダイの六駒」と呼ばれる武将たちがいた。すなわちツヨル、ジュマキン、シャキ、バタク、ジュチ・ムゲ、キヤトの六将である。サルカキタンは六将を集めて(はか)った。


「近ごろ、フドウの小僧(ニルカ)がジョンシ、ズラベレンと連合したそうではないか。亡族の残党とて甘く見ていたが、そろそろ無視できなくなってきたわ」


「早めに叩いておいたほうがよろしいかと」


 シャキが言う。六将の中では一番の知将である。


「お前もそう思うか」


はい(ヂェー)。まだ奴らは連合して日が浅く、ズラベレン氏などは策に()められてやむなく従っているとか。連合が完全(ブドゥン)になる前に攻めるべきです」


 さらに続けて言うには、


「もっとも恐るべきは左派のトシ・チノが奴らと同盟すること。今はその兆候はありませんが、もしそうなれば我々は腹背に(ブルガ)を受けることになります」


「なるほど、もっともだ。今のうちに全軍を挙げてフドウの小僧を討とう」


族長(ノヤン)、奴らはタロト部とも繋がりがあるとか。ジェチェンは出てきますまいな」


 キヤトが言えば、サルカキタンは細い顎鬚(サハル)をしごきつつ、


「おそらく動くまい。我らが動いてから援軍を送っても間に合わん。要は迅速(クルドゥン)にことを運べばよいのだ」


 シャキが再び進み出ると言うには、


「策がございます」


「ほう」


「ヤクマン部のトオレベ・ウルチに、タロト部の後方を攪乱してもらいましょう。さすればジェチェンとて迂闊に兵は出せません」


「よし、お前がその使者になれ。その首尾を待って軍を進める。バタクはアイヅム氏に出陣を(うなが)してこい。テクズスには先鋒(ウトゥラヂュ)としてズレベン台地に拠るズラベレン氏を攻めてもらう」


 二将は(カラ)を受けて早速発った。まさしく隣邦(サーハルト)の民が増えるのは見過ごせぬといったところ。サルカキタンらはあわただしく戦の準備を進めたが、この話はこれまでとする。




 長らく病に()せっていたナオルの(エチゲ)カメルが死んだ。遺体は(ホイン)の高原に埋めた。草原(ケエル)では墓というものを作らない。ただ埋めるばかりである。


「ここからは平原(タル・ノタグ)がよく見渡せます。ジョンシの行く末を見守ってください」


 とて、ナオルははらはらと流涕する。


「カメル様は立派な武将でした」


 傍ら(デルゲ)に立つハクヒが呟いて、みなが頷く。しばしものを言うものもなく立ち尽くしていたが、やがてナオルが言うには、


「帰りましょう。いつまでも悲しんではいられません」


 インジャは頷いて帰途に就いたが、その胸中は複雑であった。父フウは盟友(アンダ)テクズスに謀殺された。セイネンの父はベルダイ右派との戦に敗れて死んだ。


 カメルはそうした最期を遂げなかっただけ、幸運としてもよいかもしれない。ナオルの下で氏族(オノル)がまとまっていくのを見てから死ねただけでも、この乱世では僥倖である。


「あまりにも不幸な死が多過ぎる……」


 思わず(ダウン)に出す。

 並走するセイネンがそれを聞きつけて、


「乱世の宿命(ヂヤー)でしょう」


「終わらせねばならぬ。まずはジョルチ部をひとつにしなければ」


「現在、ジョルチ部は鼎立の形勢。すなわちベルダイ両派と我々です。ベルダイ氏は、我々が俄かに大きくなったので警戒しているでしょう。備えるべきです」


「右派と左派と。戦う(アヤラクイ)としたらどちらだ」


 即座に答えて、


「右派でしょう。もともとジョンシ氏とは相容れぬ仲。しかも先に戦ったキャラハン氏の私が加わっています。さらに右派と結ぶアイヅム氏はフドウの仇敵(オソル)


「たしかに」


「もし左派と結ぶことができれば、右派を挟撃する形となります」


「左派の首魁は?」


「トシ・チノ。若くして(チノ)と称される豪のものです。兵は五、六千ほどでしょう」


「同盟は考えなければならないが、トシ・チノと対等に結ぶにはまだ我々は小さい。併せて一万とはいえ、それぞれを見ればやはり小勢。まずは内を固めよう」


「それがよろしいでしょう」


 戻るとインジャは諸将を集めて、戦に備えて怠らぬよう戒めた。またズラベレン氏の三将には(エメル)(あぶみ)を贈って、結束(ヂャンギ)を強めた。三将は喜んでズレベン台地に帰ったが、この話もこれまで。




 シャキとバタクがそれぞれ任を()えて帰ってきたころには、ベルダイ右派の軍勢はすっかり整っていた。


 前軍(アルギンチ)はキヤト率いる三千、右翼(バラウン・ガル)はジュマキン率いる二千、左翼(ヂェウン・ガル)はツヨルが率いて同じく二千、後軍(ゲヂゲレウル)はジュチ・ムゲがやはり二千、シャキはサルカキタンとともに中軍(ゴル)にあって一千(ミンガン)の兵を率いる。総勢一万騎である。


 バタクは再び命を受け、アイヅム氏に約会(ボルヂャル)(ウドゥル)を伝えに戻り、そのまま留まって督戦に当たることになった。


「よいか、亡族の小僧どもに草原の戦というものを教えてやるのだ!」


 サルカキタンが高らか(ホライタラ)に号令を下すと、一万騎は地響きを上げて駆け出した。またアイヅム氏の三千騎もテクズスに率いられて、ズレベン台地へと向かった。


 両軍併せて一万三千騎。これを迎え撃つインジャの連合軍は一万騎足らず。この戦の勝敗がまさしく今後の明暗を分けるであろうことは言うまでもないところ。さてインジャにとっては初めての大きな戦、いかにしてサルカキタン・ベクを迎え撃つのか。それは次回で。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 第6回④まで一気読みしました。水滸伝、三国志、岳飛伝、銀英伝が大好きな私にとって、序盤からかなり引き込まれました。 最初はフリガナが気になっていたのですが読み進めていくうちに全く気にならな…
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