第 六 回 ④
セイネン兵鋒を用いず巧みに三将を降し
サルカキタン軍旅を興して即ち六駒を趨らす
秋になった。このところジョルチ部では大きな戦もなく平穏であった。しかし兵の鍛錬は怠ることができない。いつベルダイ右派やアイヅム氏と干戈を交えることになるか判らないからである。
フドウ氏はさらに人衆の数を増し、兵は二千人に達した。これにジョンシ氏四千、ズラベレン氏三千を加えると九千人になる。キャラハン氏の遺民も少しずつ集まりつつあった。
盟友の誓いによる連合とはいえ、インジャの兵はいつしか一万人近くに膨れ上がっていた。
一方、ジョルチ部の雄ベルダイ氏は、右派一万、左派六千のふたつに分かれて反目を続けている。アイヅム氏三千は、優勢な右派と結んでいる。
右派の族長サルカキタン・ベクの下には「ベルダイの六駒」と呼ばれる武将たちがいた。すなわちツヨル、ジュマキン、シャキ、バタク、ジュチ・ムゲ、キヤトの六将である。サルカキタンは六将を集めて諮った。
「近ごろ、フドウの小僧がジョンシ、ズラベレンと連合したそうではないか。亡族の残党とて甘く見ていたが、そろそろ無視できなくなってきたわ」
「早めに叩いておいたほうがよろしいかと」
シャキが言う。六将の中では一番の知将である。
「お前もそう思うか」
「はい。まだ奴らは連合して日が浅く、ズラベレン氏などは策に嵌められてやむなく従っているとか。連合が完全になる前に攻めるべきです」
さらに続けて言うには、
「もっとも恐るべきは左派のトシ・チノが奴らと同盟すること。今はその兆候はありませんが、もしそうなれば我々は腹背に敵を受けることになります」
「なるほど、もっともだ。今のうちに全軍を挙げてフドウの小僧を討とう」
「族長、奴らはタロト部とも繋がりがあるとか。ジェチェンは出てきますまいな」
キヤトが言えば、サルカキタンは細い顎鬚をしごきつつ、
「おそらく動くまい。我らが動いてから援軍を送っても間に合わん。要は迅速にことを運べばよいのだ」
シャキが再び進み出ると言うには、
「策がございます」
「ほう」
「ヤクマン部のトオレベ・ウルチに、タロト部の後方を攪乱してもらいましょう。さすればジェチェンとて迂闊に兵は出せません」
「よし、お前がその使者になれ。その首尾を待って軍を進める。バタクはアイヅム氏に出陣を促してこい。テクズスには先鋒としてズレベン台地に拠るズラベレン氏を攻めてもらう」
二将は命を受けて早速発った。まさしく隣邦の民が増えるのは見過ごせぬといったところ。サルカキタンらはあわただしく戦の準備を進めたが、この話はこれまでとする。
長らく病に臥せっていたナオルの父カメルが死んだ。遺体は北の高原に埋めた。草原では墓というものを作らない。ただ埋めるばかりである。
「ここからは平原がよく見渡せます。ジョンシの行く末を見守ってください」
とて、ナオルははらはらと流涕する。
「カメル様は立派な武将でした」
傍らに立つハクヒが呟いて、みなが頷く。しばしものを言うものもなく立ち尽くしていたが、やがてナオルが言うには、
「帰りましょう。いつまでも悲しんではいられません」
インジャは頷いて帰途に就いたが、その胸中は複雑であった。父フウは盟友テクズスに謀殺された。セイネンの父はベルダイ右派との戦に敗れて死んだ。
カメルはそうした最期を遂げなかっただけ、幸運としてもよいかもしれない。ナオルの下で氏族がまとまっていくのを見てから死ねただけでも、この乱世では僥倖である。
「あまりにも不幸な死が多過ぎる……」
思わず声に出す。
並走するセイネンがそれを聞きつけて、
「乱世の宿命でしょう」
「終わらせねばならぬ。まずはジョルチ部をひとつにしなければ」
「現在、ジョルチ部は鼎立の形勢。すなわちベルダイ両派と我々です。ベルダイ氏は、我々が俄かに大きくなったので警戒しているでしょう。備えるべきです」
「右派と左派と。戦うとしたらどちらだ」
即座に答えて、
「右派でしょう。もともとジョンシ氏とは相容れぬ仲。しかも先に戦ったキャラハン氏の私が加わっています。さらに右派と結ぶアイヅム氏はフドウの仇敵」
「たしかに」
「もし左派と結ぶことができれば、右派を挟撃する形となります」
「左派の首魁は?」
「トシ・チノ。若くして狼と称される豪のものです。兵は五、六千ほどでしょう」
「同盟は考えなければならないが、トシ・チノと対等に結ぶにはまだ我々は小さい。併せて一万とはいえ、それぞれを見ればやはり小勢。まずは内を固めよう」
「それがよろしいでしょう」
戻るとインジャは諸将を集めて、戦に備えて怠らぬよう戒めた。またズラベレン氏の三将には鞍や鐙を贈って、結束を強めた。三将は喜んでズレベン台地に帰ったが、この話もこれまで。
シャキとバタクがそれぞれ任を了えて帰ってきたころには、ベルダイ右派の軍勢はすっかり整っていた。
前軍はキヤト率いる三千、右翼はジュマキン率いる二千、左翼はツヨルが率いて同じく二千、後軍はジュチ・ムゲがやはり二千、シャキはサルカキタンとともに中軍にあって一千の兵を率いる。総勢一万騎である。
バタクは再び命を受け、アイヅム氏に約会の日を伝えに戻り、そのまま留まって督戦に当たることになった。
「よいか、亡族の小僧どもに草原の戦というものを教えてやるのだ!」
サルカキタンが高らかに号令を下すと、一万騎は地響きを上げて駆け出した。またアイヅム氏の三千騎もテクズスに率いられて、ズレベン台地へと向かった。
両軍併せて一万三千騎。これを迎え撃つインジャの連合軍は一万騎足らず。この戦の勝敗がまさしく今後の明暗を分けるであろうことは言うまでもないところ。さてインジャにとっては初めての大きな戦、いかにしてサルカキタン・ベクを迎え撃つのか。それは次回で。