第五 六回 ②
ドルベン義君の影を射て闇中に消え
インジャ侍女の言に覚りて妻妾を恕す
さて南門を攻めていたのは、インジャ自ら率いる中軍。これを輔ける好漢は、サノウ、コヤンサン、イエテン、タンヤン、ナユテ、ハツチ、トシロルの七人。
同じように東門はセイネン、トオリル、アネク、ナハンコルジが、北門はマタージ、ゴルタがそれぞれ攻めかかっている。
周辺は炬火に照らされて、真昼のごとき明るさ。破壊された城壁を挟んで激しい戦闘が行われている。すでに山塞軍は城内への侵入を果たしつつある。
「ふん、押し返せ!」
ドルベンが叫んで鞭を振り下ろす。麾下の軍勢は奮い立ち、得物を手に手に突進する。山塞軍はその勢いに驚いて、わっと退く。
「阿呆め! 恐れるな、俺に続け!」
勇将コヤンサンの怒号が轟き、山塞軍は態勢を立て直す。先頭に立つコヤンサンは、槍を縦横無尽に振り回して敵を薙ぎ倒していく。イエテンも負けじと槍を抱えて馬を駆る。
ハツチ、トシロルらまで剣を手に奮闘する。かの神道子ナユテは煌めく宝剣を華麗に舞わせ、着実に敵騎を冥府に送る。
「ほう、卜人、やるではないか!」
コヤンサンがまた一人突き倒しつつ叫ぶ。ナユテはふっと笑って、
「よそ見をしていると危ないぞ」
「ははは、こんな雑魚ども、目を瞑っていても問題ないわ!」
溜めに溜めた鬱憤を晴らすかのごとく、駆け回って大暴れ。その行くところ、ことごとく屍の山が築かれる。
それを見て、ドルベンは苦々しげに呟いた。
「あれがズラベレンのコヤンサンか。噂に違わぬ猛将だ」
草原に存分に知謀を振るってきた四頭豹も、ここに至っては死戦あるのみ。しかしコヤンサンの驍勇は小ジョンシの部将どもを遥かに凌駕していた。
「彼奴を屠らねば敗れようぞ! 囲め、囲め! 囲んで殺せ!」
一隊が応じてこれへ向かう。イエテンは目敏くそれを察知して、させじとばかりに自軍を間へ割り込ませる。四頭豹はまたも舌打ちしたが、次の瞬間にはなぜかにやりと笑うと思うには、
「今日は何とも舌打ちの多いことよ」
そうこうするうちに小ジョンシ軍はじわじわと押されて、山塞軍が城内に溢れてきた。さらにタムヤで徴集した民兵が卒かに矛先を転じる。支えきれずに南門を奪われ、衛兵は追い散らされる。
ドルベンは懸命に兵を叱咤して何とか潰走を防いでいたが、肝心のウルゲンは右往左往して悲鳴を挙げるばかり。
「……もはやこれまでか」
呟くと、家臣に囁いて言うには、
「退くぞ」
家臣も得たりとばかりに頷き、ともに馬首を転じる。それを見たウルゲンがあわてて呼びかけて、
「おい、四頭豹! どこへ行く?」
「どこへも行きませぬ。ここは我らが支えますゆえ、東門から退かれよ。先の報告では東門はまだ敵の手に落ちておりませぬ」
「おお、おお、そうか、そうか。お前も疾く逃げよ」
「承知。逃れることができたら、イシの東岸でお会いいたしましょう」
「わ、わかった」
ウルゲンはがくがくと頷くと、側近たちを連れて去った。ドルベンはそれを見送ると、にこりともせずに吐き捨てて言った。
「もうお前に会うことはない」
さらに家臣に向かって言うには、
「阿呆どもに機を作ってもらおう。南門の一角へ攻撃を集中させよ。我らはその間に西門へ向かう」
金鼓が轟く。小ジョンシ軍は最後の力を振り絞って、山塞軍に攻めかかる。不意に始まった猛烈な反撃に山塞軍も一瞬たじろぐ。コヤンサンたちもあわてて援護に向かう。
ドルベンはそれを満足そうに眺めて、いよいよ馬首を転じようとした。しかし何かに気づいて目を瞠った。
「ほう、天佑か。あれに見えるはフドウの小僧ではないか」
視線の先にはたしかに督戦するインジャの姿があった。ドルベンは背の弓を取り出すと、黒塗りの矢をつがえてきりりと絞った。
「戦には敗れたが、お前の命は貰ってゆくぞ」
憎悪を込めて呟くと、ぱっと右手を放す。矢はひゅんと空を裂いて飛んだ。馬上のインジャが、びくっと身体を仰け反らせて転落する。周囲の兵があわてて駈け寄るのが見える。
「行くぞ」
ドルベンは弓をしまうと、手綱を操って闇の中へ消えた。哄笑が辺りに谺する。テュルクダイ氏の兵衆があとに続いた。
一方の山塞軍は、突如インジャが落馬したのでみな一様に青ざめた。もっとも近くにいたのは、もちろん大将旗を護持するタンヤン。そして軍師サノウ。タンヤンが大将旗をも抛り出してあわてて駈け寄ろうとしたのを、サノウは一喝して、
「いかん、大将旗を放すな! 軍を毀つ気か!」
タンヤンははっとして旗を持ち直す。サノウはそれを確認してからインジャを抱き起こした。
「インジャ様、インジャ様。サノウです。しっかりしてください」
が、返辞はない。口許に耳を寄せる。周囲のものが不安げに集まってくる。
「軍師! インジャ様は、インジャ様は!?」
タンヤンが喚く。




