第 六 回 ②
セイネン兵鋒を用いず巧みに三将を降し
サルカキタン軍旅を興して即ち六駒を趨らす
「このわしを侮るか! よし、シュイジュ、お主が行って問い質してこい!」
ウルゾルが傍らの侍臣に命じたので、すかさず言うには、
「私に考えがあります。使者にはこう言わせますよう」
「何じゃ」
「彼奴らとて族長様より直々の使者が参れば、悔い改めるやもしれません。そのためには少々きついお言葉を賜るべきでしょう。そこでこう言わせるのです。『我がものは我がもの、然るに何故三将は我がものを有するか』と。さすればご威光に服さずにいられましょうか。必ず恐懼して馬を差し出すでしょう」
「なるほど。解ったか、三将にはセイネンの言ったまま告げよ」
「はっ!」
シュイジュは命を受けて退出する。
セイネンもその場を辞すと、急いでコヤンサンのゲルを目指す。首尾よく先んずることができたので、辺りに人目のないことを確かめてゲルの裏に身を潜めた。やがてシュイジュがやってきて、
「コヤンサン殿、ウルゾル様の使いで参った。通されよ」
すると当人がわっと飛び出してきて、
「何だ! 言うことがあるならさっさと言え。いちいち中へ通さずとも十分だ!」
そのあまりの形相に震え上がって、
「さ、さればお伝えいたす。ウルゾル様は『我がものは我がもの、然るに何故三将は我がものを有するか』とおっしゃって、殊のほかお怒りであったぞ。コヤンサン殿は……」
言いかけたところで、いきなり拳が飛んできて吹っ飛ばされる。
「な、な、何をなされる!」
「やかましい!」
さらに二発、三発と殴りつける。はじめシュイジュはわあわあ叫んでいたが、やがてうんともすんとも言わなくなり、ぐったりしてしまった。そこへ漸く現れたイエテンが、あわてて制して、
「待て、様子がおかしいぞ」
「なに、死んだふりをしてやがるんだ」
タアバがシュイジュの体を検べて叫んだ。
「し、死んでるぞ!」
これにはおおいに驚いて、
「なっ、何っ! 死んでるだと!? 俺はちょっと触っただけだぞ」
「阿呆め! 何てことをするんだ。族長の使者を殴り殺す奴があるか!」
そこへ隠れていたセイネンがすかさず飛び出すと、
「見たぞ、君たちが使者を殺すのを! これであとには退けないぞ。イエテンもタアバも心を決めるがいい!」
「せ、セイネン! 我々は何も……」
「うるさい! ここに至った以上、何を躊躇うことがあろう。コヤンサンはすでに心を決めているぞ!」
そのコヤンサンは目を白黒させて、
「あ? ああ、それは……」
「君は先に何と言ったか忘れたか。族長が無理を言うようであれば『剣を渡す』と言ったのは君だぞ」
タアバが顔色を変えて、
「な、な、そんなことを言ったのか?」
コヤンサンはさっきまでの威勢もどこへやら、口をもぐもぐさせるばかり。セイネンは少しく苛立って、
「まったく情けない連中だ。自分たちがどういう状況に陥っているか解らんのか。族長の使者を殺した以上、早急に逃げるか、族長に叛くか、ふたつにひとつだ」
とてさらに急いたが、やはりおろおろするのみ。
「かくも腰抜けとは思わなかった。ここで手を打たねばすべて水の泡だ」
そう考えると、手近な馬に跨がって一散に駆け出した。
「あっ、どこへ行くのだ!」
「奴め、族長に何ごとか告げに行ったに違いない」
「追わねば……」
三将もあわててあとを追う。騎った馬はよりによって先にセイネンが贈った良馬、これを見てもその狼狽ぶりがわかろうというもの。
さてセイネンは、一路ウルゾルのゲルへ駆ける。ただならぬ気配にウルゾル自ら外に出てきて見れば、セイネンが三将に追われて逃げてくる。というのは彼の目には、そう映ったということである。
「セイネン、どうした?」
「奴ら、シュイジュを殺した上に、私を恨んで追ってきたのです! 今、彼奴らの騎っている馬こそ、件の良馬です」
ウルゾルはおおいに怒ると、すぐさま腰の剣を抜き放って、
「こちらへ参れ!」
セイネンは馬を飛び降りると、急いでその背後に隠れた。ウルゾルは三軍をも圧する大音声で三将に言うには、
「いかなるつもりじゃ! 弁明できるものならやってみろ!」
これには三将、思わず馬を止める。
その瞬間、ウルゾルがあっと仰け反ったかと思うと、ばったりと倒れ伏す。
「あっ!」
事態を把握できずにいると、セイネンがからからと笑って、
「私が斬ったのだ」
よく見ればその手には血に染まった剣がひと振り。三将は声も出ない。セイネンがこれを叱咤して、
「何をしている! 早くみなを集めてことを収拾しろ! 私は君たちの味方だ」