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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
22/783

第 六 回 ②

セイネン兵鋒を用いず巧みに三将を降し

サルカキタン軍旅を興して(すなわ)ち六駒を(はし)らす

「このわしを侮るか! よし、シュイジュ、お主が行って問い(ただ)してこい!」


 ウルゾルが傍ら(デルゲ)の侍臣に命じたので、すかさず言うには、


「私に考えがあります。使者にはこう言わせますよう」


「何じゃ」


「彼奴らとて族長(ノヤン)様より直々の使者が参れば、悔い改めるやもしれません。そのためには少々きついお言葉を賜るべきでしょう。そこでこう言わせるのです。『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』と。さすればご威光に服さずにいられましょうか。必ず恐懼して馬を差し出すでしょう」


「なるほど。解ったか、三将にはセイネンの言ったまま告げよ」


はっ(ヂェー)!」


 シュイジュは(カラ)を受けて退出する。


 セイネンもその場を辞すと、急いでコヤンサンのゲルを目指す。首尾よく先んずることができたので、辺りに人目のないことを確かめてゲルの裏に身を潜めた。やがてシュイジュがやってきて、


「コヤンサン殿、ウルゾル様の使いで参った。通されよ」


 すると当人がわっと飛び出してきて、


「何だ! 言うことがあるならさっさと言え。いちいち中へ通さずとも十分だ!」


 そのあまりの形相に震え上がって、


「さ、さればお伝えいたす。ウルゾル様は『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』とおっしゃって、殊のほかお怒りであったぞ。コヤンサン殿は……」


 言いかけたところで、いきなり拳が飛んできて吹っ飛ばされる。


「な、な、何をなされる!」


「やかましい!」


 さらに二発、三発と殴りつける。はじめシュイジュはわあわあ叫んでいたが、やがてうんともすんとも言わなくなり、ぐったりしてしまった。そこへ(ようや)く現れたイエテンが、あわてて制して、


「待て、様子がおかしいぞ」


「なに、死んだふりをしてやがるんだ」


 タアバがシュイジュの(ビイ)(しら)べて叫んだ。


「し、死んでるぞ!」


 これにはおおいに驚いて、


「なっ、何っ! 死んでるだと!? 俺はちょっと触っただけだぞ」


阿呆(アルビン)め! 何てことをするんだ。族長(ノヤン)の使者を殴り殺す奴があるか!」


 そこへ隠れていたセイネンがすかさず飛び出すと、


「見たぞ、君たちが使者を殺す(アラハ)のを! これであとには退けないぞ。イエテンもタアバも(オロ)を決めるがいい!」


「せ、セイネン! 我々は何も……」


「うるさい! ここに至った以上、何を躊躇(ためら)うことがあろう。コヤンサンはすでに心を決めているぞ!」


 そのコヤンサンは(ニドゥ)を白黒させて、


「あ? ああ、それは……」


「君は先に何と言ったか忘れたか。族長(ノヤン)が無理を言うようであれば『(ウルドゥ)を渡す』と言ったのは君だぞ」


 タアバが顔色を変えて、


「な、な、そんなことを言ったのか?」


 コヤンサンはさっきまでの威勢もどこへやら、(アマン)をもぐもぐさせるばかり。セイネンは少しく苛立って、


「まったく情けない連中だ。自分たちがどういう状況に(おちい)っているか解らんのか。族長(ノヤン)の使者を殺した以上、早急に逃げるか、族長(ノヤン)(そむ)くか、ふたつにひとつだ」


 とてさらに()いたが、やはりおろおろするのみ。


「かくも腰抜けとは思わなかった。ここで手を打たねばすべて水の泡だ」


 そう考えると、手近な(アクタ)(また)がって一散に駆け出した。


「あっ、どこへ行くのだ!」


「奴め、族長(ノヤン)に何ごとか告げに行ったに違いない」


「追わねば……」


 三将もあわててあとを追う。()った馬はよりによって先にセイネンが贈った良馬(クルゥグ)、これを見てもその狼狽ぶりがわかろうというもの。


 さてセイネンは、一路ウルゾルのゲルへ駆ける。ただならぬ気配にウルゾル自ら外に出てきて見れば、セイネンが三将に追われて逃げてくる。というのは彼の目には、そう映ったということである。


「セイネン、どうした?」


「奴ら、シュイジュを殺した上に、私を恨んで追ってきたのです! 今、彼奴らの()っている馬こそ、(くだん)の良馬です」


 ウルゾルはおおいに怒ると、すぐさま腰の剣を抜き放って、


「こちらへ参れ!」


 セイネンは馬を飛び降りると、急いでその背後に隠れた。ウルゾルは三軍をも圧する大音声で三将に言うには、


「いかなるつもりじゃ! 弁明できるものならやってみろ!」


 これには三将、思わず馬を止める。


 その瞬間、ウルゾルがあっと()()ったかと思うと、ばったりと倒れ伏す。


「あっ!」


 事態を把握できずにいると、セイネンがからからと笑って、


「私が斬ったのだ」


 よく見ればその(ガル)には(ツォサン)に染まった剣がひと振り。三将は(ダウン)も出ない。セイネンがこれを叱咤して、


「何をしている! 早くみなを集めてことを収拾しろ! 私は君たちの味方(イル)だ」

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