第五 五回 ③
チルゲイ外に旧友を籠絡して益を説き
ナオル内に老翁を探訪して佑を得る
カトメイはううむと唸ると、やがて絞り出すように言うには、
「し、しかし、俺は義君の名こそ聞いているが、当人を知らぬ……」
チルゲイはこれを聞くや、卒かに両の掌で卓を打った。あまりの勢いにカトメイは驚いて仰け反る。
「偽るな、偽るな! 古人の言にも『人を知らんと欲すれば、まずその朋を観よ』と謂うではないか。君はすでにナオルらと語らっただろう。ウルゲンの麾下にいかなる人物がある? テンゲリを恐れず連丘への放火を策し、タムヤを襲ってその人衆を虐げるような姦物ばかりではないか」
そして破顔一笑、高らかに笑って言うには、
「かの義君の下には、これを陽と仰ぐ英傑好漢が星のごとくあるぞ! さあさあ、君の言葉はそうではない! 誤るなかれ、適当な返辞が浮かばぬのなら教えてやろうぞ」
卓に手を突くと、ずいと身を乗り出して、
「よいか、君の返辞はこうだ。『ならば俺はどうすれば良い?』だ。ほかに何を言うことがある?」
しばしの沈黙が流れた。チルゲイはじっとカトメイの顔を覗き込む。余の好漢は口を挟むことなく、はらはらしながら成りゆきを見守っている。やがて、カトメイは苦しそうに呟いた。
「……ならば俺はどうすれば良い?」
ナオルをはじめ一同はわっと歓声を挙げる。チルゲイは殊に嬉しそうに笑って、
「さすがはカトメイ。案ずるな、君が窮地に陥ることがないよう策は講じてある。さあ、話を詰めようではないか!」
六人は明け方まで密かに話し合ったが、その内容はのちに明らかになること。陽が昇る前に、カトメイはそっと帰っていった。ミヤーンが憂え顔で言うには、
「よもや密告して我々を捕らえるなどということはあるまいな?」
「ふふ、そんなことをして何になる。ジョルチとウリャンハタが戦っているならともかく、本来は関係ない戦だからな。むしろ小ジョンシを援助するほうが害だ。それが解らぬ男ではない」
チルゲイが答えて、さらに言うには、
「それにあの正直な男に、そんな発想はない」
さてそれからクニメイが帰還するまではすることもなかったので、オノチだけが報告に帰り、余の四人はぶらぶらして日を過ごしたが、くどくどしい話は抜きにする。
五日後、ついに待っていたものが到着した。紅大郎クニメイの隊商である。
「思っていたより早かったですね」
ナオルが感心して言えば、
「人の欲するものを早急に調達するのは、商道の大本です。これなくして成功したものはおりませぬ」
居並ぶ諸将はおおいに感嘆する。兵に兵法のあるがごとく、商には商道が存するのは言うまでもないところ。
ジュゾウがカトメイに準備が整ったことを報せる。カトメイが言うには、
「次に舟を出すのは十四日後だ」
とのこと。
「十四日か。まだしばらく先だな」
ミヤーンが呟くと、チルゲイは言った。
「焦るな、焦るな。ときが来れば嫌でも忙しくなる。休養、休養」
日が明らかになったので、ジュゾウを報告のために走らせることにした。幾日かして彼はオノチを連れて戻ってきた。ナオルがこれに尋ねた。
「攻囲の様子はどうだ?」
オノチが眉を顰めて、
「思わしくない。何度か攻撃を試みてはいるが、戦況に変化はない。こちらの計略待ちといったところだ」
「義兄は何と?」
「殊の外期待を寄せている様子で、ひと言『好し』と申された」
「さあさあ、あとはその日を迎えるばかりだ。おもしろくなってきたぞ!」
チルゲイはさも嬉しそう。
無為の日は瞬く間に過ぎて、いよいよ舟を出す当日となった。ナオル、チルゲイ、ジュゾウ、オノチ、ミヤーンの五人は、渡し場にてほかの人夫とともにカトメイが来るのを待っていた。
そこへカトメイが素知らぬ顔で官吏を従えてやってくると、的確に指示を出して荷を積ませる。五人の好漢もそれに加わり、クニメイの用意した火薬を密かに紛れ込ませる。作業が終わると、舟に乗り込んだ。
「出発!」
岸を離れる。五人の気も引き締まろうというもの。舟は遅滞なく河を遡上し、タムヤの手前で夜を待つために停泊した。陽が沈んでから再び動きだす。
タムヤに至ると西門はすでに開かれていて、ウルゲン側の部将が出迎えた。カトメイはこれと礼を交わすと、指示を出して荷を下ろす作業にかかった。
ひととおり荷を下ろしてしまうと、各々それを担いで部将のあとに随う。ナオルたちは火薬が入った荷を負って列の後尾に続いた。さらにそのあとをカトメイが行く。チルゲイが顧みて小声で尋ねる。
「荷はどこへ運ばれるのだ」
「北門の傍に蔵がある」
「なるほど」
そのときである。五人の先頭を歩いていたミヤーンが、卒かに足を縺れさせて転倒した。肩の荷が落ち、中身が辺りにわっと散らばる。カトメイはあっと驚いて駈けつけると、罵って言うには、
「何をしている! 何のために苦労して河を上ってきたと思っているんだ。さあ、拾え、拾え!」
先を歩いていた人夫たちはぼんやりとそれを眺めていたが、カトメイはかっとして鞭を振り上げると言った。
「お前らも見ていないで手を貸さぬか! ぐずぐずしていては夜が明けてしまうぞ! さあ、失くなったものがないか、探せ、探せ!」
ミヤーンの負っていた荷は細々したものばかりであったので、みなあわてて地に伏せて上を下への大騒ぎ。やっとのことで荷をまとめると、カトメイはこれを叱咤して再び列を組み直した。




