第五 五回 ②
チルゲイ外に旧友を籠絡して益を説き
ナオル内に老翁を探訪して佑を得る
チルゲイが余の好漢に言うには、
「諸兄、彼が以前話したウリャンハタの誇る好漢、イシの知事ツォトンの長子カトメイだ」
応じてナオル、ジュゾウ、オノチがそれぞれ名乗りを上げれば、戸惑いながら礼を返す。そのあとは互いに酒を酌み交わしながら歓談に興じる。
酒食を平らげるころにはすっかり打ち解けたがそれもそのはず、すべては宿星の運り合わせであった。「好漢は好漢を識る」とはまさにこのこと。
さて、もともとカトメイを呼んだのは酒食に興じるためではない。盟主たる義君インジャの命を帯びて来ているのである。夜もすっかり更けたころに、漸くナオルが端を開いた。言うには、
「カトメイ殿の高潔な志には感じ入るばかりです。我らはチルゲイの語りたる言葉に偽りがなかったことが改めて解りました。そこで、実は貴殿に内密にしていたことがあるのですが、聞いていただけますか」
「さて、何でしょう?」
「我々は単にチルゲイの朋友というだけの仲ではありません」
「と言いますと?」
ナオルは息を調えると、ついに言うには、
「私はオロンテンゲルの山塞の副主で、ジョルチ部ジョンシ氏の族長なのです」
これを聞いてカトメイが驚いた様は、まるで罠に罹った野鼠のごとくであった。チルゲイがそれを見てにやにやしながら言った。
「実は私は今、オロンテンゲルの客なのだ。無論、ウリャンハタと干戈を交えていたころにはそこには居なかったが」
カトメイはすっかり混乱して、
「し、しかし、どういうことだ? 君がジョルチの将を連れてくるとは……」
「あわてるな。諸兄の話を聞いて、君が判断すればよい。すべてはそれから、それから」
やむなく口を噤む。次いでジュゾウ、オノチも本来の帰属を明らかにすれば、どういう顔をすればよいかもわからぬ様子。ナオルが言った。
「ご不審に思われるのは当然です。しかしひとつ最後まで聞いていただきたい。今、我が軍はタムヤに籠もる小ジョンシを攻囲しています。その首魁ウルゲンは私の実兄ですが、ウリャンハタのカンに立てられたもので、正統の族長ではありません。我々はフドウ氏のインジャの下で部族統一を進めてきました。奴が最後の障壁となっています」
カトメイは黙って聞いている。ナオルは続けて、
「当初、我が軍はこれに二度までも敗退しました。それというのも敵の幕下に四頭豹ドルベン・トルゲなる有能な軍師がいたことと、我らがウルゲンを小勢と侮っていたことが原因です。おかげでメルヒル・ブカではあわや全滅の危機すら経験しました」
やはりカトメイは答えない。さらに続けて、
「その後、彼奴らは突然タムヤを占拠しました。我々は攻城は不得手ですが、敵に十倍する大軍を擁していることもあり、必勝の決意で出征したのです。ところがこれがなかなか落ちない。あらゆる手は考え尽くされ、実行に移されました。しかし落ちない。なぜだと思いますか」
そっとカトメイを見つめれば、つと視線を逸らして、弱々しく言うには、
「……さあ、俺には何とも」
チルゲイが立ち上がって声を挙げる。
「こらこら、君らしくもない! 偽言を憎む君らしくもない!」
ナオルはそれを制して言うには、
「何ものかがタムヤのウルゲンを援助しているのです。舟を用いて補給しているのを間諜が発見しました。そしてそれはチルゲイの推察によると……」
「明解、明解! イシの知事ツォトンさ!」
結局、奇人は黙っていられない。しかしカトメイは黙したまま何も答えない。そこでさらに言うには、
「もちろんその長子であり、渡し場を管理する君が知らぬわけがあるまい。むしろ輸送を指揮して物資を運んでいるのは君自身だろう。違うか?」
「そう問われても、俺には何とも言えぬ……」
「なぜ何とも言えぬ。違うなら違うと言えばよかろう」
そこでふっと笑うと、
「まあよい、考えてみろ。君は何に義理立てしているのだ。何故にはたらいているのだ。誰のために計っているのだ。ウルゲンに与するのは是か、非か?」
「ううむ」
みながカトメイを注視したが、ひと言もなくただ呻くばかり。腕を組んで黙り込んでしまった。しばらくしてチルゲイが言った。
「私とてジョルチの便宜を第一に考えているのではない。ウリャンハタにとって、小ジョンシを援けるより山塞と結んだほうが賢明と判断したのだ。かつて東征を始めたころならともかく、今はウルゲンごとき小輩に恩を売っても意味があるまい。それどころかあとに禍根を遺すばかりだ」
少し間を置いて、カトメイの顔を指して言い放つ。何と言ったかと云えば、
「そしてそれは、君の考えでもあろう!」
カトメイは、はっとして顔を上げる。チルゲイは続けて言った。
「大声で言うのは憚られるが、もう大カンの時代は過ぎた。それに連なる体制も旧い。撤兵後の大カンの凋落ぶりは君も知っているだろう。徐々に機は熟しつつある。なのに君はただ親の方針という理由だけで、不本意な策に従事している。無意味とは思わぬか。悪いが君の父であるツォトンも旧制の一員に過ぎぬ」
一旦言葉を切ったが、またすぐに口を開いて、
「中央に居るヒラトや、北辺を守るカントゥカなど我らの同志にとっても、小ジョンシに与するより、フドウに伍したほうが良い。部族の将来を慮れば、ジョルチの統一を阻むことは何の益ももたらさぬのは明々白々。それを解らぬ君ではあるまい。何より肝要なのは……」
「何だ?」
漸くカトメイが問い返す。
「インジャ殿とウルゲンと、どちらが乱世に朋友とするに足るかということだ。勢力の大小の話ではない。二人の資質と才徳の差だ。それは比べるのも憚られるほど、譬えて云えば、大山と羊糞のごとき違いだ。君は大山に拠るか、それとも羊糞を恃むか? ふふふ、明々白々とはこのことだ」




