表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻四
218/785

第五 五回 ②

チルゲイ外に旧友を籠絡して益を説き

ナオル内に老翁を探訪して佑を得る

 チルゲイが余の好漢(エレ)に言うには、


「諸兄、彼が以前話したウリャンハタの誇る好漢、イシの知事(ダルガチ)ツォトンの長子(クウ)カトメイだ」


 応じてナオル、ジュゾウ、オノチがそれぞれ名乗りを上げれば、戸惑いながら礼を返す。そのあとは互いに(ボロ・ダラスン)を酌み交わしながら歓談に興じる。


 酒食を平らげるころにはすっかり打ち解けたがそれもそのはず、すべては宿星(オド)(めぐ)り合わせであった。「好漢は好漢を()る」とはまさにこのこと。


 さて、もともとカトメイを呼んだのは酒食に興じるためではない。盟主たる義君インジャの(カラ)を帯びて来ているのである。夜もすっかり()けたころに、(ようや)くナオルが端を開いた。言うには、


「カトメイ殿の高潔な(オロ)には感じ入るばかりです。我らはチルゲイの語りたる言葉(ウグレグセン・ウゲ)偽り(クダル)がなかったことが改めて解りました。そこで、実は貴殿に内密(ニウチャ)にしていたことがあるのですが、聞いていただけますか」


「さて、何でしょう?」


「我々は単にチルゲイの朋友(イル)というだけの仲ではありません」


「と言いますと?」


 ナオルは(アミ)調(ととの)えると、ついに言うには、


「私はオロンテンゲルの山塞の副主で、ジョルチ部ジョンシ氏の族長(ノヤン)なのです」


 これを聞いてカトメイが驚いた様は、まるで罠に(かか)った野鼠(クルガナ)のごとくであった。チルゲイがそれを見てにやにやしながら言った。


「実は私は今、オロンテンゲルの(ヂョチ)なのだ。無論、ウリャンハタと干戈を交えていたころにはそこには居なかったが」


 カトメイはすっかり混乱して、


「し、しかし、どういうことだ? 君がジョルチの将を連れてくるとは……」


「あわてるな。諸兄の話を聞いて、君が判断すればよい。すべてはそれから、それから」


 やむなく(アマン)(つぐ)む。次いでジュゾウ、オノチも本来の帰属を明らかにすれば、どういう(ヌル)をすればよいかもわからぬ様子。ナオルが言った。


「ご不審に思われるのは当然です。しかしひとつ最後まで聞いていただきたい。今、我が軍はタムヤに籠もる小ジョンシを攻囲(ボソヂュ)しています。その首魁ウルゲンは私の実兄(アカ)ですが、ウリャンハタのカンに立てられたもので、正統の族長(ノヤン)ではありません。我々はフドウ氏のインジャの下で部族(ヤスタン)統一を進めてきました。奴が最後の障壁となっています」


 カトメイは黙って聞いている。ナオルは続けて、


「当初、我が軍はこれに二度までも敗退しました。それというのも(ブルガ)の幕下に四頭豹ドルベン・トルゲなる有能な軍師がいたことと、我らがウルゲンを小勢と侮っていたことが原因です。おかげでメルヒル・ブカではあわや全滅の危機(アヨール)すら経験しました」


 やはりカトメイは答えない。さらに続けて、


「その後、彼奴らは突然タムヤを占拠しました。我々は攻城は不得手ですが、敵に十倍する大軍を擁していることもあり、必勝の決意で出征したのです。ところがこれがなかなか落ちない。あらゆる手は考え尽くされ、実行に移されました。しかし落ちない。なぜだと思いますか」


 そっとカトメイを見つめれば、つと視線を()らして、弱々しく言うには、


「……さあ、俺には何とも」


 チルゲイが立ち上がって(ダウン)を挙げる。


「こらこら、君らしくもない! 偽言を憎む君らしくもない!」


 ナオルはそれを制して言うには、


「何ものかがタムヤのウルゲンを援助(トゥサ)しているのです。舟を用いて補給しているのを間諜が発見しました。そしてそれはチルゲイの推察によると……」


「明解、明解! イシの知事(ダルガチ)ツォトンさ!」


 結局、奇人は黙っていられない。しかしカトメイは黙したまま何も答えない。そこでさらに言うには、


「もちろんその長子であり、渡し場(オングチャドゥ)を管理する君が知らぬわけがあるまい。むしろ輸送を指揮して物資を運んでいるのは君自身だろう。違うか?」


「そう問われても、俺には何とも言えぬ……」


「なぜ何とも言えぬ。違うなら違うと言えばよかろう」


 そこでふっと笑うと、


「まあよい、考えてみろ。君は何に義理立てしているのだ。何故にはたらいているのだ。誰のために計っているのだ。ウルゲンに(くみ)するのは(サイン)か、(モータイ)か?」


「ううむ」


 みながカトメイを注視したが、ひと言もなくただ(うめ)くばかり。腕を組んで黙り込んでしまった。しばらくしてチルゲイが言った。


「私とてジョルチの便宜を第一に考えているのではない。ウリャンハタにとって、小ジョンシを援けるより山塞と結んだほうが賢明(ボクダ)と判断したのだ。かつて東征を始めたころならともかく、今はウルゲンごとき小輩に恩を売っても意味があるまい。それどころかあとに禍根を(のこ)すばかりだ」


 少し間を置いて、カトメイの顔を指して言い放つ。何と言ったかと云えば、


「そしてそれは、君の考えでもあろう!」


 カトメイは、はっとして顔を上げる。チルゲイは続けて言った。


「大声で言うのは(はばか)られるが、もう大カンの時代は過ぎた。それに連なる体制も旧い(ホウチン)。撤兵後の大カンの凋落ぶりは君も知っているだろう。徐々に(チャク)は熟しつつある。なのに君はただ親の方針という理由だけで、不本意な策に従事している。無意味とは思わぬか。悪いが君の(エチゲ)であるツォトンも旧制の一員に過ぎぬ」


 一旦言葉(ウゲ)を切ったが、またすぐに口を開いて、


中央(オルゴル)に居るヒラトや、北辺を守るカントゥカなど我らの同志(イル)にとっても、小ジョンシに(くみ)するより、フドウに伍したほうが良い。部族(ヤスタン)の将来を(おもんぱか)れば、ジョルチの統一を(はば)むことは何の益ももたらさぬのは明々白々。それを解らぬ君ではあるまい。何より肝要なのは……」


「何だ?」


 ようやくカトメイが問い返す。


「インジャ殿とウルゲンと、どちらが乱世に朋友とするに足るかということだ。勢力の大小の話ではない。二人の資質と才徳の差だ。それは比べるのも(はばか)られるほど、(たと)えて云えば、大山(ニウルン)羊糞(コルガスン)のごとき違いだ。君は大山に拠るか、それとも羊糞を(たの)むか? ふふふ、明々白々とはこのことだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ