第五 五回 ①
チルゲイ外に旧友を籠絡して益を説き
ナオル内に老翁を探訪して佑を得る
さて、イシに向かうべく紅大郎クニメイの隊商は出発した。これに加わった好漢は五名、すなわちチルゲイ、ナオル、ジュゾウ、オノチ、ミヤーンである。その懐中には、カトメイに宛てたインジャの書状と、タムヤの有力者に宛てたエジシの書状が入っている。
六人の好漢は意気揚々とメンドゥ河畔の街イシを目指した。ちなみにミヤーンの故郷であり、彼にとってはチルゲイと旅立って以来の帰郷となる。
道中は格別のこともなく東岸の渡し場に着くと、舟でメンドゥを渡り、懐かしいイシの街を見ることになった。
クニメイはここで別れて、一路カムタイへ向かう。五人は礼を言って、とりあえずミヤーンの家に入った。チルゲイはまるで我が家のようにナオルらを案内すると、早速諮って言うには、
「先に渡し場を見廻したが、カトメイの姿はなかった。ミヤーンと二人で捜してくる。みなはここで休んでいてもらおう」
ナオルが顔を上げて、
「気をつけろよ」
「何を言うやら。ミヤーンはもとよりここの住人、私はウリャンハタの出身ではないか。私が山塞の客となったことを知るものなどいるはずがない」
「そうだった。ではここで待っているとしよう。期待しているぞ」
「お委せあれ」
おどけた口調で言うと、ミヤーンを急かして家を出た。ミヤーンは感慨深げに辺りを見回すと、語りかけて言うには、
「いやあ、草原の戦禍が嘘のようだ。何も変わってない」
「ふふ、我らがそれに関わろうとは、旅立つときには想像もしなかったな」
「そうだな。もともと君は戦が嫌で飛び出したのだからな」
悠々と語らいながら大路を歩く。たまにミヤーンの知己が驚いて声をかけてくるほかは何ごともない。ゆっくりと街の中心に向かう。政庁に着くと、チルゲイは躊躇なく門衛に尋ねて、
「カトメイに会いたいのだが」
「何ものだ」
「カオエン氏のチルゲイと云えばわかるはずです」
門衛はぶつぶつ言いながら中に消え、しばらく待たされた。やがて戻ってくると言うには、
「中で待つようにとの仰せだ」
もちろん否やはない。一室に案内される。さらに待つこと半刻、やっとカトメイが現れる。入ってくるなり目を円くして、
「おお、チルゲイ! 帰っていたのか。今までどうしていた」
チルゲイも立ち上がって、
「久しぶりだな、カトメイ。息災で何よりだ。ついさっき戻ってきたのだ。君に用があってな」
「俺に? まあよい、座れ。おや、そちらの好漢は?」
「ともに旅をしていたミヤーンだ。出発のとき、渡し場で遇っただろう?」
「そうだったか、これは失礼」
二人は改めて礼を交わす。席に着くと、とりあえずは歓談に興じる。チルゲイが山塞のことには触れずに巧みに旅の話を披露すれば、カトメイはいちいち感心して聞き入った。話が一段落したところで、カトメイが尋ねる。
「そうだ、俺に用があるそうだが、いったいどういう用件だ?」
するとチルゲイは卒然として様子を改めると、声をひそめて言った。
「今夜、空いていないか。ここではまずい」
「何だ? 容易ならざる雰囲気だな」
「いかにも容易ならぬ。どうだ、今晩?」
「別にかまわぬが、何を企んでいるのだ? 概要だけでも教えてくれまいか」
呵々と笑って、
「いや、悪いがそれはできないな。今夜、すべて話す。別に悪事をはたらこうというのではない。むしろ痛快事の類だ」
「気になるな」
「ふふふ、ではあとでミヤーンの家に来てくれ。引き合わせたいものがいる」
カトメイは一瞬返答を躊躇ったが、果たして言うには、
「よかろう。場所を教えてくれ」
「西の通りに面した小邸さ。門に朱塗りの弓を掛けておく。それが目印だ」
二人は立ち上がって挨拶すると、その場を辞した。最後にチルゲイは顧みて念を押して、
「このことは誰にも話してはならぬ。密かに出て、密かに来るのだ。たとえ親にも告げてはならぬ」
「わかった。君の言うことだ、そのとおりにしよう」
チルゲイたちは急いで戻ると、待ち侘びていたナオルらに首尾を知らせる。みな大喜びで、夕刻にはすっかり酒食の用意を整えて彼を待った。
「早く来ないかな。料理が冷めてしまう」
ミヤーンが呟いたときである。表からそっと案内を請う声がした。チルゲイが立って、来客を招き入れる。
「よく来た! みな待っていたぞ」
「言われたとおり誰にも知られずに来た。つまらぬ話だったら承知せぬぞ」
「ふふふ、これがつまらぬと言うなら感性を疑うわ。さあ、こっちだ」
房室に入ると、ナオルをはじめとする四人の好漢が一斉に立ち上がって拱手したので、カトメイは面喰らってチルゲイを顧みる。
「我が兄弟たちだ。何を驚いている?」
「いや、引き合わせたいものがいるとは聞いていたが、てっきり一人かと思っていた。よもやこんなに大勢いるとは」
「さあさあ、座った、座った」
わけもわからぬまま背を押されて着座する。




