第五 四回 ④
義君タムヤを攻囲して万策を試み
紅郎インジャに謁見して火神を推す
きょとんとするミヤーンに、やや不満げな様子でチルゲイが言うには、
「最初にイシを出るとき、皮裘をくれた(注1)男がいたろう。そのおかげでダルシェの難(注2)を凌いだではないか」
それを聞いて漸く首肯したが、もちろん居並ぶ諸将には何のことやらさっぱり判らない。そこでチルゲイが言うには、
「実はイシではツォトンの長子が渡し場を統轄しているのですが、私はその男をよく知っているのです。カトメイなる好漢で、今度の謀議にもきっと反対しているはず。彼を籠絡すれば労せず街に入れるでしょう」
セイネンが制して、
「背かれたらどうする? いかにチルゲイの知人とはいえ、親を欺いてまで我らを利するだろうか」
「疑いはもっともですが、その点は心配ご無用。カトメイは、大カンや実父の施政には内心反発していますから、きっと佐けてくれるでしょう。また彼は真の好漢、もし断るならはっきりと断るはずで、面従腹背して我らを陥れるなどという陰湿な発想はできぬ奴です」
みなそれぞれ考えている様子なので、さらに言うには、
「またカトメイが我らを利したとしても、ウリャンハタが損を被るわけではありません。ドルベンとの密約は、あくまで密約。公然と同盟を結んでいるのならばそうもいかないでしょうが、今回は素知らぬ顔でいればすむこと。ツォトンも騒ぎ立てることはないでしょう」
ずっと黙っていたトオリルが何か言いかけたが、インジャがそれを制すると、
「奇人殿、誰を連れていけばよいでしょう?」
応じて満面の笑みを浮かべて四人の名を挙げる。すなわちナオル、ジュゾウ、オノチ、ミヤーンである。それからエジシのほうへ向き直ると、
「先生、タムヤで衆庶に人望ある方を一人ご紹介ください。書状をいただければなおよいのですが」
もちろん快諾される。もはや諸将も異議を挟むことなく、計を成就させるべく額を寄せて話し合ったが、その内容はいずれ判ること。
翌朝、さらにインジャを喜ばせることがあった。山塞からトシロルがやってきたのである。早速見えて言うには、
「先ごろ山塞に旧知のものが参って、タムヤ攻略の智恵をもたらしてくれました」
「こちらも城内に潜入する策が立ったのだ」
トシロルは詳細を聞いて目を輝かせると、一人の好漢を呼び入れて、
「その策に彼の助力があれば、タムヤは落ちたも同然です。紹介しましょう、私を神都より救い出して(注3)くれたカムタイのクニメイ・ベクです」
クニメイは拱手して拝礼した。インジャも返礼すると、
「紅大郎の名は久しく聞いておりましたが、縁あって見えることができ、これに勝る喜びはありません」
クニメイも赤い頬に喜色を浮かべて、
「インジャ様の名は遠くカムタイまで轟いておりましたが、俗事に追われて今まで参上することができませんでした。商用で東原に行った帰りにトシロルを訪ねたところ、みなさんは下山したあとで、聞けばタムヤ攻略に難儀しているとのこと。そこで及ばずながら助力いたそうと馳せ参じた次第です」
インジャは早速諸将を呼んで、これに引き合わせた。それぞれ名乗り合うと、尋ねて言った。
「我が軍に智恵を授けていただけるとのことですが……」
「はい。だいたいにおいて草原の民は攻城を不得手としております。城塞というのは門は破るに厚過ぎ、壁は越えるに高過ぎます。そこで私はカムタイに帰って、あるものを調達してまいります。了承していただけるものやら」
居並ぶ好漢は興味津々、耳を傾ける。インジャは重ねて尋ねて、
「あるものとは何でしょう?」
するとクニメイは得意げに言った。
「これさえあれば厚き門も高き壁も一切用を成さず、城を破るのも児戯に等しくなりましょう。というのは何を隠そう、火薬のこと。火薬をもって外郭を破壊すれば、もともと兵力は勝っているのです。ウルゲンに抗う術がありましょうか」
諸将はこれを聞くと、躍り上がって喜んだ。トシロルが言った。
「難しいのは火薬を用いるところと時機でしたが、聞けば城内にジュゾウらを送り込むとか。内より然るべき箇所を索めてこれを用いれば、必ず城は破れましょう。ジュゾウはもとより火薬の扱いに長じています。これほどの適任はありません」
インジャは立ち上がって厚く礼を言うと、
「ではクニメイ殿、ナオルらとともにイシへ向かってください。あなたの隊商に紛れ込めば、怪しまれずにイシに入れる」
「はい。では参りましょう。戦が終わってから、ゆっくり語らうのを楽しみにしています」
快諾すると、エジシの書状を携えた五人の好漢とともに発つ。インジャは諸将とこれを見送った。
さて陣中には久しぶりに明るい顔が戻った。まさしく一夜時宜を捉えて謀計成り、力を併せて仇敵を討たんと欲すれば、西原双城に各々知己あり。すなわち奇人の兄弟は義を知る丈夫にて皮裘の恩恵ここに想起され、小吏の恩人は仁に厚い大商にて神都の宿縁ここに継続すといったところ。
果たして紅大郎の一行は、いかに堅城攻略の首尾を整えるか。それは次回で。
(注1)【皮裘をくれた】カトメイが渡し場で遇ったチルゲイに皮裘を贈ったこと。第二 一回①参照。
(注2)【ダルシェの難】ダルシェに捕らえられたチルゲイが、カトメイの皮裘をタルタル・チノに献上して気に入られたこと。第二 一回②参照。
(注3)【神都より救い出して】ヒスワに陥れられたトシロルを、クニメイが助けたこと。第二 二回②参照。




