表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻四
216/785

第五 四回 ④

義君タムヤを攻囲して万策を試み

紅郎インジャに謁見して火神を推す

 きょとんとするミヤーンに、やや不満げな様子でチルゲイが言うには、


「最初にイシを出るとき、皮裘(かわごろも)をくれた(注1)男がいたろう。そのおかげでダルシェの難(注2)を(しの)いだではないか」


 それを聞いて(ようや)く首肯したが、もちろん居並ぶ諸将には何のことやらさっぱり判らない。そこでチルゲイが言うには、


「実はイシではツォトンの長子(クウ)渡し場(オングチャドゥ)を統轄しているのですが、私はその男をよく知っているのです。カトメイなる好漢(エレ)で、今度の謀議にもきっと反対しているはず。彼を籠絡すれば労せず(バリク)に入れるでしょう」


 セイネンが制して、


(そむ)かれたらどうする? いかにチルゲイの知人とはいえ、親を欺いてまで我らを利するだろうか」


「疑いはもっともですが、その点は心配ご無用。カトメイは、大カンや実父(エチゲ)の施政には内心反発していますから、きっと(たす)けてくれるでしょう。また彼は真の好漢、もし断るならはっきりと断るはずで、面従腹背して我らを(おとしい)れるなどという陰湿な発想はできぬ奴です」


 みなそれぞれ考えている様子なので、さらに言うには、


「またカトメイが我らを利したとしても、ウリャンハタが損を(こうむ)るわけではありません。ドルベンとの密約は、あくまで密約。公然と同盟を結んでいるのならばそうもいかないでしょうが、今回は素知らぬ(ヌル)でいればすむこと。ツォトンも騒ぎ立てることはないでしょう」


 ずっと黙っていたトオリルが何か言いかけたが、インジャがそれを制すると、


「奇人殿、誰を連れていけばよいでしょう?」


 応じて満面の笑みを浮かべて四人の名を挙げる。すなわちナオル、ジュゾウ、オノチ、ミヤーンである。それからエジシのほうへ向き直ると、


「先生、タムヤで衆庶(バルアナチャ)に人望ある方を一人ご紹介ください。書状をいただければなおよいのですが」


 もちろん快諾される。もはや諸将も異議を挟むことなく、計を成就させるべく(マグナイ)を寄せて話し合ったが、その内容はいずれ判ること。


 翌朝、さらにインジャを喜ばせることがあった。山塞からトシロルがやってきたのである。早速(まみ)えて言うには、


「先ごろ山塞に旧知のものが参って、タムヤ攻略の智恵をもたらしてくれました」


「こちらも城内に潜入する策が立ったのだ」


 トシロルは詳細を聞いて(ニドゥ)を輝かせると、一人の好漢を呼び入れて、


「その策に彼の助力(トゥサ)があれば、タムヤは落ちたも同然です。紹介しましょう、私を神都(カムトタオ)より救い出して(注3)くれたカムタイのクニメイ・ベクです」


 クニメイは拱手して拝礼した。インジャも返礼すると、


紅大郎(アル・バヤン)の名は久しく聞いておりましたが、縁あって(まみ)えることができ、これに勝る喜び(ヂルガラン)はありません」


 クニメイも赤い頬(フラアン・ハツァル)に喜色を浮かべて、


「インジャ様の名は遠くカムタイまで轟いておりましたが、俗事に追われて今まで参上することができませんでした。商用で東原に行った帰りにトシロルを訪ねたところ、みなさんは下山したあとで、聞けばタムヤ攻略に難儀しているとのこと。そこで及ばずながら助力いたそうと馳せ参じた次第です」


 インジャは早速諸将を呼んで、これに引き合わせた。それぞれ名乗り合うと、尋ねて言った。


「我が軍に智恵を授けていただけるとのことですが……」


はい(ヂェー)。だいたいにおいて草原(ケエル)の民は攻城を不得手としております。城塞(バラガスン)というのは(エウデン)は破るに厚過ぎ、(ヘレム)は越えるに高過ぎます。そこで私はカムタイに帰って、あるものを調達してまいります。了承していただけるものやら」


 居並ぶ好漢は興味津々、(チフ)を傾ける。インジャは重ねて尋ねて、


「あるものとは何でしょう?」


 するとクニメイは得意げに言った。


「これさえあれば厚き門も高き壁も一切用を成さず、城を破るのも児戯に等しくなりましょう。というのは何を隠そう、火薬(ダリ)のこと。火薬をもって外郭を破壊すれば、もともと兵力は勝っているのです。ウルゲンに(あらが)う術がありましょうか」


 諸将はこれを聞くと、躍り上がって喜んだ。トシロルが言った。


難しい(ヘツウ)のは火薬を用いるところと時機(チャク)でしたが、聞けば城内にジュゾウらを送り込むとか。内より然るべき箇所を(もと)めてこれを用いれば、必ず城は破れましょう。ジュゾウはもとより火薬の扱いに長じています。これほどの適任はありません」


 インジャは立ち上がって厚く礼を言うと、


「ではクニメイ殿、ナオルらとともにイシへ向かってください。あなたの隊商に(まぎ)れ込めば、怪しまれずにイシに入れる」


はい(ヂェー)。では参りましょう。(ソオル)が終わってから、ゆっくり語らうのを楽しみにしています」


 快諾すると、エジシの書状を携えた五人の好漢とともに発つ。インジャは諸将とこれを見送った。


 さて陣中には久しぶりに明るい顔が戻った。まさしく一夜時宜を(とら)えて謀計成り、(クチ)を併せて仇敵(オソル)を討たんと欲すれば、西原双城に各々知己あり。すなわち奇人の兄弟は義を知る丈夫(エレ)にて皮裘の恩恵ここに想起され、小吏の恩人は仁に厚い大商にて神都(カムトタオ)の宿縁ここに継続すといったところ。


 果たして紅大郎の一行は、いかに堅城攻略の首尾を整えるか。それは次回で。

(注1)【皮裘(かわごろも)をくれた】カトメイが渡し場(オングチャドゥ)()ったチルゲイに皮裘を贈ったこと。第二 一回①参照。


(注2)【ダルシェの難】ダルシェに捕らえられたチルゲイが、カトメイの皮裘をタルタル・チノに献上(オルゴフ)して気に入られたこと。第二 一回②参照。


(注3)【神都(カムトタオ)より救い出して】ヒスワに(おとしい)れられたトシロルを、クニメイが助けたこと。第二 二回②参照。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ