第五 四回 ③
義君タムヤを攻囲して万策を試み
紅郎インジャに謁見して火神を推す
インジャはいよいよ困り果ててエジシに言うには、
「先生、我らがいかに攻城が不得手か悟りました。何か良策をお示しください」
ううむと唸ると、一旦回答を保留して退いた。そしてサノウ、セイネン、チルゲイの三人を呼んで密かに話し合う。
「こうなれば内から門を開けるほかありません。内応を求める書を城内に射込んではいかがでしょう」
セイネンが言うと、サノウが眉を顰めて、
「先の飛生鼠の失敗を忘れたか。もしそれが敵の手に渡れば、逆に利用されて罠にかけられよう。内応を策すのであれば、誰かを城内に送ってしかと準備せねばならぬ」
チルゲイが叫ぶ。
「それは危険、危険! 危険だなあ。だいたいどうやって城内に入る? 壁を登るか? たちまち見つかって殺されるぞ」
セイネンが嘆息して、
「城内に入ることさえできれば……」
あれこれ謀議してみたが良い案も出ない。インジャは落胆して言った。
「とにかく包囲を続けよう。ここまで来たからには退くことはできない」
かくしていたずらにときを費やすことひと月に及んだが、敵の士気は衰えを知らない。朗報といえばゴルタが恢復したことぐらいのもの。
ついに退却を進言するものも現れた。もちろんサノウである。しかしインジャはそれを許さなかった。なぜなら多くのものが是としなかったからである。サノウは溜息を吐いて退出すると、チルゲイのもとへ赴いて言った。
「諸将の心中は察するに余りある。しかしこれ以上滞陣しても無益とは思わぬか」
奇人はぼんやりと空を眺めながら答えて、
「そうだなあ。でも有害とも思わぬなあ。じっとしているのは楽は楽だ」
「何を愚かな! 君は楽かもしれんが、兵衆の苦労も知れ!」
激昂するサノウにまるでかまう様子もなく、
「待機、待機。そろそろ何か起こる気がするぞ。ただの勘か、はたまた予測か。天王様のみぞ知る、テンゲリのみぞ知る」
「もうよい。話にならぬ」
呆れて吐き捨てたが、その様子を見て高らかに笑う。さて、奇人の虚言が的を射たかどうかはさておき、その夜にセイネンがインジャのもとを訪れて言うには、
「城内に物資が運び込まれています」
「何だと? いったいどこから……」
「ジュゾウの部下が発見したのですが、メンドゥを数多くの舟が遡ってきて、何やら西門から運び込んだそうです」
インジャは早速幕僚を召集して諮った。チルゲイが真っ先に手を拍って言った。
「いやあ、こんなことだと思っていました。天地に恃む朋もなく籠城しているのは変だと思っていたんです。やはり援けるものがありましたか!」
マタージが咎めて、
「いったいそれはどこのものだ。メンドゥを使って糧食や物資を補給されては手の打ちようがない」
「愚考しますに、おそらくイシの知事ツォトンの仕業でしょう」
「イシ! ……ウリャンハタの街だな」
セイネンが呟く。チルゲイは頷いて、
「ツォトンはミクケル・カンの信頼ある宿将です。おそらくドルベン・トルゲと密約でも交わしたのでしょう。ただ表立って援軍を送ってこないところを見るに、大カンの許可なく独断でことを行っていると思われます」
サノウは眉を顰めると苦りきった様子で、
「君の勘とはこれか」
「天王様のみぞ知る、テンゲリのみぞ知る」
セイネンが身を乗り出して、
「ふざけているときではない。義兄上、その舟を利用して敵を謀ることはできませんか」
「と言うと?」
「何とか舟を奪って我らの手のものを送り込めば、内から門を開くことができましょう」
インジャはぴくりと眉を動かしておおいに興味を示す。しかしナオルが首を傾げて言うには、
「我らは舟を持っていない。水上を行く舟を奪う方策があるだろうか」
「それをこれから考えるのです」
二人のやりとりを聞いていたチルゲイが卒かに笑いだした。みな何ごとかと驚いてこれを見れば、手を挙げて謝すると莞爾として言った。
「私に良い案があります。数人の好漢を貸していただければ、容易くことは成るでしょう」
「奇人殿には秘策がおありですか」
インジャの問いに頷くと、ミヤーンを顧みて、
「君は皮裘の若将軍を覚えてないか?」
「皮裘? 何のことだ」




