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草原演義  作者: 秋田大介
巻四
215/785

第五 四回 ③

義君タムヤを攻囲して万策を試み

紅郎インジャに謁見して火神を推す

 インジャはいよいよ困り果ててエジシに言うには、


「先生、我らがいかに攻城が不得手か悟りました。何か良策をお示しください」


 ううむと唸ると、一旦回答を保留して退いた。そしてサノウ、セイネン、チルゲイの三人を呼んで密かに話し合う。


「こうなれば内から(エウデン)を開けるほかありません。内応を求める書を城内に射込んではいかがでしょう」


 セイネンが言うと、サノウが(フムスグ)(ひそ)めて、


「先の飛生鼠の失敗(アルヂアス)忘れた(ウマルタヂュ)か。もしそれが(ブルガ)(ガル)に渡れば、逆に利用されて罠にかけられよう。内応を策すのであれば、誰かを城内に送ってしかと準備せねばならぬ」


 チルゲイが叫ぶ。


「それは危険(アヨール)、危険! 危険だなあ。だいたいどうやって城内に入る? (ヘレム)を登るか? たちまち見つかって殺されるぞ」


 セイネンが嘆息して、


「城内に入ることさえできれば……」


 あれこれ謀議してみたが良い案も出ない。インジャは落胆して言った。


「とにかく包囲(ボソヂュ)を続けよう。ここまで来たからには退くことはできない」


 かくしていたずらにときを費やすことひと月に及んだが、敵の士気は衰えを知らない。朗報といえばゴルタが恢復したことぐらいのもの。


 ついに退却を進言するものも現れた。もちろんサノウである。しかしインジャはそれを許さなかった。なぜなら多くのものが(サイン)としなかったからである。サノウは溜息を()いて退出すると、チルゲイのもとへ赴いて言った。


「諸将の心中は察するに余りある。しかしこれ以上滞陣しても無益とは思わぬか」


 奇人はぼんやりと(テンゲリ)を眺めながら答えて、


「そうだなあ。でも有害とも思わぬなあ。じっとしているのは楽は楽だ」


「何を愚かな! 君は楽かもしれんが、兵衆の苦労も知れ!」


 激昂(デクデグセン)するサノウにまるでかまう様子もなく、


「待機、待機。そろそろ何か起こる気がするぞ。ただの勘か、はたまた予測(ヂョン)か。天王(フルムスタ)様のみぞ知る、テンゲリのみぞ知る」


「もうよい。話にならぬ」


 呆れて吐き捨てたが、その様子を見て高らか(ホライタラ)に笑う。さて、奇人の虚言が(バイ)を射たかどうかはさておき、その夜にセイネンがインジャのもとを訪れて言うには、


「城内に物資が運び込まれています」


「何だと? いったいどこから……」


「ジュゾウの部下が発見したのですが、メンドゥを数多くの舟が(さかのぼ)ってきて、何やら西門から運び込んだそうです」


 インジャは早速幕僚を召集して(はか)った。チルゲイが真っ先に手を()って言った。


「いやあ、こんなことだと思っていました。天地に(たの)(イル)もなく籠城しているのは変だと思っていたんです。やはり援けるものがありましたか!」


 マタージが(とが)めて、


「いったいそれはどこのものだ。メンドゥを使って糧食(イヂェ)や物資を補給されては手の打ちようがない」


「愚考しますに、おそらくイシの知事(ダルガチ)ツォトンの仕業でしょう」


「イシ! ……ウリャンハタの(バリク)だな」


 セイネンが呟く。チルゲイは頷いて、


「ツォトンはミクケル・カンの信頼(イトゥゲルテン)ある宿将です。おそらくドルベン・トルゲと密約でも交わしたのでしょう。ただ表立って援軍を送ってこないところを見るに、大カンの許可なく独断でことを行っていると思われます」


 サノウは眉を(しか)めると苦りきった様子で、


「君の勘とはこれか」


天王(フルムスタ)様のみぞ知る、テンゲリのみぞ知る」


 セイネンが身を乗り出して、


「ふざけているときではない。義兄上、その舟を利用して敵を謀ることはできませんか」


「と言うと?」


「何とか舟を奪って我らの手のものを送り込めば、内から門を開くことができましょう」


 インジャはぴくりと眉を動かしておおいに興味を示す。しかしナオルが首を傾げて言うには、


「我らは舟を持っていない。水上を行く舟を奪う方策があるだろうか」


「それをこれから考えるのです」


 二人のやりとりを聞いていたチルゲイが(にわ)かに笑いだした。みな何ごとかと驚いてこれを見れば、手を挙げて謝すると莞爾として言った。


「私に良い案があります。数人の好漢(エレ)を貸していただければ、容易(たやす)くことは成るでしょう」


「奇人殿には秘策がおありですか」


 インジャの問いに頷くと、ミヤーンを顧みて、


「君は皮裘(かわごろも)の若将軍を覚えてないか?」


「皮裘? 何のことだ」

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