第 六 回 ①
セイネン兵鋒を用いず巧みに三将を降し
サルカキタン軍旅を興して即ち六駒を趨らす
セイネンが良馬を献上したところ、ズラベレン氏族長ウルゾルはおおいに喜んだが、そこでわざと眉を顰めて言うには、
「その馬も確かに良馬ではありますが、実はもっと優れた馬があったのです。それこそ族長様に、と思ったのですが」
もとよりウルゾルは、「草原の民の足は四本」とさえ謂われる草原の武人。優れた馬と聞いて興味を惹かれぬわけがない。
「ほう、その優れた馬はどうしたのじゃ」
「はい。……お話しする前に人払いを」
訝しく思いつつ、左右の侍臣を退けると、
「これで遠慮はあるまい。申せ」
なおも躊躇していたが、やがて意を決して口を開くと、
「私が四頭の馬を牽いて参りましたところ、旧知のコヤンサンに遭いまして、昨夜はそのゲルに泊まったのです。今朝になって献上する馬を見たいと言うので別段気にも留めずに見せたところ、何とあの男、『この一番良い馬は俺にくれ』などと言いまして、ついにはイエテン、タアバの両将も一頭ずつ欲しいと言い出す始末」
ウルゾルの顔色を窺いつつ続けて、
「無論断りましたが、旧知の間柄であるのをよいことに道理を弁えようともせず、とうとうコヤンサンが一番の名馬を奪ってしまいました。次いでイエテンが二の馬を、タアバが三の馬を我がものとしました。やむなく私はこの四の馬を連れてまいった次第です」
これを聞いてウルゾルは烈火のごとく怒った。
草原において馬を盗むことはもとより重罪である。正当に奪った、つまり戦に勝って戦利品として略奪したものならともかく、ゆえなく他人の馬を我がものとしてはならないのである。それが族長の馬となればなおさらのこと。
「彼奴ら、日ごろ目をかけているのをよいことに何と傲慢な。恕せぬ、ただちに処刑してくれよう!」
セイネンはわざとあわてたふりをして、
「お待ちください! まず私が行って三将に道理を説いてまいります。それで馬を返せばよろしいではありませんか」
なおも怒りは治まらぬようであったが、何とか堪えて、
「ではお主が詰問してまいれ。くどくど言うようであれば、そのときは容赦せぬ」
セイネンは内心舌を出しつつその場を辞すと、すぐにコヤンサンを訪ねた。ここでも殊更にあわてた様子で、
「コヤンサン! コヤンサン!」
騒ぎ立てる。何も知らないコヤンサンは呑気な調子で、
「どうした、そんなにあわてて」
その袖を把んで激しく揺すりつつ、
「族長が無理を言ってるぞ。君の首が飛ぶかもしれん」
突然のことに、無論わけがわからない。
「何を言っておる。覚えがないぞ。族長がどうしたって?」
セイネンが早口で事の次第を説明して言うには、
「実は先ほど族長に馬を献じてきたのだ。そこで君たちにも馬を贈ったことを話すと、強欲にもその三頭も寄越せと言う。それはすでに三将に贈ったものだからどうにもなりませぬと断ったところ、おおいに怒って、まるで君たちが馬を奪ったかのように罵る始末。これはいかんと思って、では馬を譲るよう説得してみましょうとて急ぎやってきたのだ。いかがいたす?」
もちろんそれは事実とはまるで違う話であったが、コヤンサンの知るところではない。みるみる顔を紅潮させるや、
「族長といえど通ることと通らぬことがあろう! 人の馬を横取りしようなどもっての外だ。イエテンとタアバを呼べ! 事の次第を糺しに参る」
セイネンは内心してやったりと思いつつ、面には憂いを湛えて、
「待て待て。そんな調子では、ことを荒立てるだけだ。族長とて道理を知らぬわけではあるまい。もう一度私が行ってお話ししてみよう。それでも得心しなければ、そのときは馬を譲るか、あるいはまた別の方策を考えればよいではないか」
「もしまだ馬を寄越せなどとほざきおったら、こちらにも考えがある。ともかくイエテンとタアバに知らせて、それなりの用意をしておこう」
「ではこうしよう。族長が人を遣って『我がものは我がもの、三将のものは三将のもの』と告げれば、それでよいではないか。逆に『我がものは我がもの、何故三将は我がものを有するか』と告げれば、族長が法を枉げて、欲に流された証、馬を渡すか剣を渡すか、決めよ」
話の流れに乗ってつい言うには、
「もし俺の馬を奪おうとするのなら渡してたまるか。必ず剣をもって馬に代えてくれよう! 最近のウルゾル様のなされようには呆れていたところ、そこにこれでは愛想が尽きたわ」
早速セイネンはウルゾルのもとに取って返して言うには、
「まったく彼奴ら、恥知らずにもほどがあります。お言葉を伝えましたところ逆に怒り出し、『馬はすでに我がもの、渡すものか』と息巻く始末。とても私の手には負えませぬ。族長様が自ら使者をお遣わしになるのがよろしいかと存じます」
これを聞いてウルゾルは怒髪天を衝かんばかり。