第五 〇回 ④
四頭豹ナオルの背を襲いて之を困しめ
雷霆子ウルゲンの虚を衝きて是を走らす
ナオル軍は先に付けた目印のおかげで、迷うことなく連丘を脱した。途中心配していたカトラ、タミチと合流し、インジャに事の次第を報告した。
果たしてナオルの先遣軍は将に欠けたものこそなかったが、兵馬に甚大な損害を出した。ナオルは軽率を謝したが、インジャはこれを咎めず諸将の無事を喜んだ。
また敵の撤退の契機となったオノチの勇戦を聞き知ると、これをおおいに称賛して、「雷霆子」の渾名を賜った。ナオルらも初めてそれを知って厚く礼を言ったが、くどくどしい話は抜きにする。
インジャは再び軍議を開いたが何も事態は変わっておらず、敵に侮りがたい策士がいることが再確認されただけであった。
「敵の本営はやはりカオルジだろうか」
シャジが問えば、セイネンが答えて、
「あれだけ我が軍の先手を打てるところを覩れば、他所に陣を構えているとは考えられない」
ナオルがあとを受けて、
「我らもまっすぐカオルジへの道を辿ったのだが、半ばも行かぬうちに窮地に陥ってしまった」
サイドゥが眉根に皺を寄せて言うには、
「今回は途中で背後を取られてしまった。次は全軍を投入し、要所に兵を配しつつ進んだらどうか。すなわち我が軍の数の多さを利して、先鋒の後方を常に固めつつ行くのだ。それがもっとも堅実かと思うが」
トシ・チノがすぐに賛同して、
「なるほど、それなら不意を衝かれることがない」
インジャが慎重に口を開くと、
「それは妙案のようだ。ただ途中要地と思しき箇所は無数にある。真兵と偽兵をともに駆使せねば、とてもすべてを押さえることはかなうまい。連丘でもっとも戒めるべきは、道を失うことと沼地に追い込まれることのふたつだが、ここで危惧するのは要所に分けた兵が連絡を絶たれて孤立することだ。そもそも兵法は兵の分散を戒める。まかり間違えばその禁に触れはしないだろうか」
諸将はインジャの分析に舌を巻いたが、サノウが言った。
「インジャ様の懸念はもっともです。しかし今はサイドゥの策がもっとも当を得ていると思われます」
そのとき、珍しくイエテンが発言を求めると、
「ジュゾウの救助はどうしましょう。敵を討つだけではそれがかないません」
みなはっとして考え込んでしまった。さすがのサノウも唸り声を挙げるばかり。やがて険しい顔で何か言いかけたが、ナオルがそれを制して言った。
「選抜した少人数で敵の本営に乗り込みましょう。ジュゾウはきっとカオルジにいるに違いありません」
インジャが驚いて、
「もっと安全な方策はないか。それではさらに捕虜を増やすかもしれない」
ところがセイネンもナオルに賛成して、
「軍の派遣とときを同じくしてジュゾウの救出に参りましょう。我が軍が連丘に入れば、敵の耳目はそちらに向きます。その隙にジュゾウを救いましょう」
「うまくいかなかったらどうする?」
「成功させねばなりません」
力強く答えれば、インジャもほかに案があるわけでもないので、やむをえず了承する。それから諸将は話し合って分担を決めた。
まず、ジュゾウ救出に向かう部隊の主将にはナオルが任じられ、副将としてアネク、ドクト、オノチの三人が選ばれた。コヤンサンもこれを希望したが、たちまちのうちに却下されたのは言うまでもない。
彼らはジュゾウの配下で特に身軽なものを選抜して、大道を避けながらカオルジを目指す。
また本軍の先鋒にはトシ・チノが選ばれた。実際に敵軍と戦う部隊である。従うのはセイネン、カトラ、タミチという三人の良将。
道中の要所を占めるのは主としてマタージの手勢をもってし、副将としてマジカン、シャジ、サイドゥ、ハツチ、コヤンサン、ナハンコルジ、イエテン、タアバがこれを翼ける。
インジャは、サノウ、トオリル、キノフ、タンヤンとともに中軍を率いて先鋒のあとに続くことになった。かくして編成が決まったので、マタージがテンゲリを祀って必勝を祈願した。
さていよいよ再度の連丘攻めが始まるわけだが、山塞軍に猛将知将数多ありといえども敵には独り四頭豹あり、容易に意のごとくならざるはもとより承知のこと。
勝敗はすでに人知の及ばざるところにて、果たして再度の出兵はいかなる成果を生むか。またジュゾウを無事に救い出すことができるか。それは次回で。




