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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
20/783

第 五 回 ④ <ズラベレン三将登場>

インジャ往きて盟友を援け自ら母を迎え

セイネン窮して義君に投じ以て計を致す

 さてセイネンは、一路ズラベレン氏のアイルへと向かった。途中格別のこともなく到着する。見張りの兵士が見咎(みとが)めて、


「待て。どこのものだ、何をしに来た」


「キャラハン氏のセイネン・アビケルというものです。族長(ノヤン)のウルゾル様に献上(オルゴフ)すべく良馬(クルゥグ)を持参しました。まずはコヤンサン様に取り次いでいただきたい」


 見れば連れている(アクタ)(まぎ)れもない良馬。


「失礼しました。ここでお待ちなさい。すぐに伝えてきましょう」


 やがてコヤンサンがやってきた。その人となりはといえば、


 年のころは二十数歳、身の丈七尺、(フムスグ)太く、(オロウル)厚く、(ハツァル)(サハル)に覆われ、体躯は肥えた(タルガン)(カブラン)のごとき豪傑。


 旧知の(ヌル)を認めて破顔一笑、


「やや、セイネンではないか! どうした、てっきり先の(ソオル)で死んだものだと思っていたぞ」


 セイネンは苦笑して、


「そう易く死ぬ私ではない。族長(ノヤン)様と君たちに良馬を差し上げようとて参った」


 セイネンの()く馬を見れば、なるほど一見してそれとわかる名馬。コヤンサンはおおいに喜んでこれを自分のゲルへ誘うと、人を()ってイエテンとタアバを呼びに行かせた。


 コヤンサン、イエテン、タアバこそ、先にセイネンの言った三人の将。すぐにやってきたのはイエテン・セイ。その容貌(ガタル)はといえば、


 成馬(ナス・グイツセン)髣髴(ほうふつ)とさせる長い(ヌル)に、小さな(ウチュゲン・)(ニドゥ)長い鼻(オルトゥ・ハマル)、ことに当たりては慎重、人に対しては誠実。身の丈は七尺半、年のころはやはり二十数歳。


 互いに再会を喜ぶうちにコヤンサンが俄かに苛々して言うには、


「タアバの奴がまだ来ぬわ。俺が引きずり出してこよう」


 止める間もなく飛び出していくと、やがて赤ら顔の男を連れて戻ってくる。これぞタアバ。


 やはり身の丈は七尺半、草原(ケエル)には珍しいほどの痩躯(トランハイ)、頬は紅で染めたように赤い。蜥蜴(とかげ)のごとき目、そしてやはり蜥蜴のごとき(アマン)。その口から放たれる言葉(ウゲ)はときに思慮なく、(いさか)いを招くこともある困った性分(チナル)


「これで四人揃ったぞ」


 コヤンサンはそう言って大笑した。イエテンがセイネンに尋ねて、


「今日はいったいどういう用で来たんだ?」


「先の戦で我が氏族(オノル)が滅びたことは知っておろう。あてなく彷徨(さまよ)ううちに、誰のものか知らぬが良馬を四頭手に入れたので、これを献上する代わりにしばらく置いてもらえないかとて参ったのだ」


「それはかまわぬが」


 コヤンサンが言うので、早速三将に馬を贈る。もっとも良い馬をコヤンサンに、その次の馬をイエテンに、そしてさらに次の馬をタアバのものとする。残るは族長(ノヤン)に献ずるべき一頭(ボド)


 それはさておき、あとはお決まりの宴。しばらくしてセイネンは何げなく尋ねて言うには、


「ジョルチ部はどうなるのであろう?」


 するとコヤンサンが即座に(ダウン)を荒らげて、


「なるようにしかなるまい! ウルゾル様はそういった争い(ブルガルドゥアン)に興味がないし、我らがじたばたしたところで何ともならぬわ」


 タアバが口を挟んで、


「しかし今のジョルチ部はどうだ、いつ誰が攻めてくるかわからぬ。いつまでも関与せずではすまんぞ」


族長(ノヤン)のお考えだ、やむをえまい」


 不機嫌に言い返せば、タアバもむきになって、


「それがどうかと言っておるのだ」


 言い争いはじめたのを見てセイネンは内心ほくそ笑んだが、色には出さずに、


「ジョルチ部が相争って喜ぶのはヤクマン部のトオレベ・ウルチだけだろうな」


「そのとおり! みなそれは解っておるのだ。しかしジョルチ部には傑出した人物がおらんから、いつまでも争っている。焦れば焦るほど激しく争うというわけよ。いまいましい!」


 コヤンサンは次第に興奮してくる。セイネンが言った。


「人がいないと言ったが、そうかな」


「誰がいると?」


 コヤンサンが目を()く。イエテンがそれをまあまあと制して、


「我がウルゾル様は剛力(クチュトゥ)だが優柔不断で覇気に乏しい。キャラハン氏は壊滅したし、アイヅム氏のテクズスは狭量の小人。ベルダイ氏は分裂して久しいが、右派(バラウン)のサルカキタンは勢い盛んなれど強欲、(バルアナチャ)を統べる器量(アルガ)がない」


 さらに続けて、


左派(ヂェウン)のトシ・チノは勇猛(カタンギン)だが年若く思慮に欠ける。フドウ氏のインジャとジョンシ氏のナオルはまだ二十歳にもならぬゆえ、何とも判断しかねる。これではいかんともしがたかろう」


「さすがはイエテン、わかっておるではないか」


「さりとてどうなるものでもない」


 イエテンは(ボロ・ダラスン)をぐいと(あお)る。


「ならば君たち三人はどうだ。ズラベレン氏は小なりといえども壮丁(ヂャラウス)三千人。決して侮るべき戦力ではないぞ」


 セイネンのその言葉に、三人は(ムル)をびくりと震わせた。


「それはしかし、ウルゾル様が健在であるからには……」


「我々は衆を率いて覇を唱える器では」


「そうだ、妙なことを言うものではない」


 口々に言う。セイネンは謝りつつも内心これは手応えありと確信した。そのあとは話題を変えてしばらく飲み、その夜は散会となる。




 一夜明けて、セイネンは残った一頭の馬を()いてウルゾルに(まみ)えた。


 ウルゾルは虎のごとき髭に虎のごとき体躯(ビイ)の巨漢である。年は五十(タビン)を超え、髪には白い毛が混じっている。かつては「手負いの虎」などと称される豪傑だったが今は争いを好まず、部族(ヤスタン)内の争闘を傍観している。


「私はキャラハン氏のセイネン・アビケルと申します。族長(ノヤン)様に名馬を献じようとはるばる参りました」


「セイネンとやら、大儀であった。ありがたく贈物(サウクワ)を受け取ろう。それにしてもキャラハンのことは不運であったな」


はい(ヂェー)。私はすべてを失い、まさしく『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』有様。何とぞ、族長(ノヤン)様の下に留め置かれますようお願いいたします」


 ウルゾルは上機嫌で答えて、


「よしよし、何でお主を粗略にしよう。しばらくここに居るがよい」


 セイネンは再拝して謝したあと、殊更(ことさら)に眉を(しか)めて言うには、


「その馬のことですが、申し上げるべきことがございます」


「何じゃ、申せ」


はい(ヂェー)、その馬も良馬であるには違いありませんが……」


 このとき放った言葉から、たちまち三将は進退に窮し、(オス)が高きところから低きところに流れるように衆をまとめてインジャに投じるということになるのだが、さてセイネンは何と言ったか。それは次回で。

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