第 五 回 ④ <ズラベレン三将登場>
インジャ往きて盟友を援け自ら母を迎え
セイネン窮して義君に投じ以て計を致す
さてセイネンは、一路ズラベレン氏のアイルへと向かった。途中格別のこともなく到着する。見張りの兵士が見咎めて、
「待て。どこのものだ、何をしに来た」
「キャラハン氏のセイネン・アビケルというものです。族長のウルゾル様に献上すべく良馬を持参しました。まずはコヤンサン様に取り次いでいただきたい」
見れば連れている馬は紛れもない良馬。
「失礼しました。ここでお待ちなさい。すぐに伝えてきましょう」
やがてコヤンサンがやってきた。その人となりはといえば、
年のころは二十数歳、身の丈七尺、眉太く、唇厚く、頬は髭に覆われ、体躯は肥えた虎のごとき豪傑。
旧知の顔を認めて破顔一笑、
「やや、セイネンではないか! どうした、てっきり先の戦で死んだものだと思っていたぞ」
セイネンは苦笑して、
「そう易く死ぬ私ではない。族長様と君たちに良馬を差し上げようとて参った」
セイネンの牽く馬を見れば、なるほど一見してそれとわかる名馬。コヤンサンはおおいに喜んでこれを自分のゲルへ誘うと、人を遣ってイエテンとタアバを呼びに行かせた。
コヤンサン、イエテン、タアバこそ、先にセイネンの言った三人の将。すぐにやってきたのはイエテン・セイ。その容貌はといえば、
成馬を髣髴とさせる長い顔に、小さな目、長い鼻、ことに当たりては慎重、人に対しては誠実。身の丈は七尺半、年のころはやはり二十数歳。
互いに再会を喜ぶうちにコヤンサンが俄かに苛々して言うには、
「タアバの奴がまだ来ぬわ。俺が引きずり出してこよう」
止める間もなく飛び出していくと、やがて赤ら顔の男を連れて戻ってくる。これぞタアバ。
やはり身の丈は七尺半、草原には珍しいほどの痩躯、頬は紅で染めたように赤い。蜥蜴のごとき目、そしてやはり蜥蜴のごとき口。その口から放たれる言葉はときに思慮なく、諍いを招くこともある困った性分。
「これで四人揃ったぞ」
コヤンサンはそう言って大笑した。イエテンがセイネンに尋ねて、
「今日はいったいどういう用で来たんだ?」
「先の戦で我が氏族が滅びたことは知っておろう。あてなく彷徨ううちに、誰のものか知らぬが良馬を四頭手に入れたので、これを献上する代わりにしばらく置いてもらえないかとて参ったのだ」
「それはかまわぬが」
コヤンサンが言うので、早速三将に馬を贈る。もっとも良い馬をコヤンサンに、その次の馬をイエテンに、そしてさらに次の馬をタアバのものとする。残るは族長に献ずるべき一頭。
それはさておき、あとはお決まりの宴。しばらくしてセイネンは何げなく尋ねて言うには、
「ジョルチ部はどうなるのであろう?」
するとコヤンサンが即座に声を荒らげて、
「なるようにしかなるまい! ウルゾル様はそういった争いに興味がないし、我らがじたばたしたところで何ともならぬわ」
タアバが口を挟んで、
「しかし今のジョルチ部はどうだ、いつ誰が攻めてくるかわからぬ。いつまでも関与せずではすまんぞ」
「族長のお考えだ、やむをえまい」
不機嫌に言い返せば、タアバもむきになって、
「それがどうかと言っておるのだ」
言い争いはじめたのを見てセイネンは内心ほくそ笑んだが、色には出さずに、
「ジョルチ部が相争って喜ぶのはヤクマン部のトオレベ・ウルチだけだろうな」
「そのとおり! みなそれは解っておるのだ。しかしジョルチ部には傑出した人物がおらんから、いつまでも争っている。焦れば焦るほど激しく争うというわけよ。いまいましい!」
コヤンサンは次第に興奮してくる。セイネンが言った。
「人がいないと言ったが、そうかな」
「誰がいると?」
コヤンサンが目を剥く。イエテンがそれをまあまあと制して、
「我がウルゾル様は剛力だが優柔不断で覇気に乏しい。キャラハン氏は壊滅したし、アイヅム氏のテクズスは狭量の小人。ベルダイ氏は分裂して久しいが、右派のサルカキタンは勢い盛んなれど強欲、衆を統べる器量がない」
さらに続けて、
「左派のトシ・チノは勇猛だが年若く思慮に欠ける。フドウ氏のインジャとジョンシ氏のナオルはまだ二十歳にもならぬゆえ、何とも判断しかねる。これではいかんともしがたかろう」
「さすがはイエテン、わかっておるではないか」
「さりとてどうなるものでもない」
イエテンは酒をぐいと呷る。
「ならば君たち三人はどうだ。ズラベレン氏は小なりといえども壮丁三千人。決して侮るべき戦力ではないぞ」
セイネンのその言葉に、三人は肩をびくりと震わせた。
「それはしかし、ウルゾル様が健在であるからには……」
「我々は衆を率いて覇を唱える器では」
「そうだ、妙なことを言うものではない」
口々に言う。セイネンは謝りつつも内心これは手応えありと確信した。そのあとは話題を変えてしばらく飲み、その夜は散会となる。
一夜明けて、セイネンは残った一頭の馬を牽いてウルゾルに見えた。
ウルゾルは虎のごとき髭に虎のごとき体躯の巨漢である。年は五十を超え、髪には白い毛が混じっている。かつては「手負いの虎」などと称される豪傑だったが今は争いを好まず、部族内の争闘を傍観している。
「私はキャラハン氏のセイネン・アビケルと申します。族長様に名馬を献じようとはるばる参りました」
「セイネンとやら、大儀であった。ありがたく贈物を受け取ろう。それにしてもキャラハンのことは不運であったな」
「はい。私はすべてを失い、まさしく『影よりほかに友はなく、尾よりほかに鞭もない』有様。何とぞ、族長様の下に留め置かれますようお願いいたします」
ウルゾルは上機嫌で答えて、
「よしよし、何でお主を粗略にしよう。しばらくここに居るがよい」
セイネンは再拝して謝したあと、殊更に眉を顰めて言うには、
「その馬のことですが、申し上げるべきことがございます」
「何じゃ、申せ」
「はい、その馬も良馬であるには違いありませんが……」
このとき放った言葉から、たちまち三将は進退に窮し、水が高きところから低きところに流れるように衆をまとめてインジャに投じるということになるのだが、さてセイネンは何と言ったか。それは次回で。