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草原演義  作者: 秋田大介
巻四
198/783

第五 〇回 ②

四頭豹ナオルの背を襲いて之を(くる)しめ

雷霆子ウルゲンの虚を衝きて(これ)を走らす

 また別の斥候(カラウルスン)が飛び込んでくる。


「前方に敵旗発見! 三百騎から五百騎!」


 ナオルらは(ヌル)を見合わす。


「次はどうかな……?」


 辿り着けば、やはり(トグ)だけが立てられていた。それが幾度も繰り返される。ナオル軍は次第に連丘の奥へと進んでいく。セイネンが苛立って、


「偽兵ばかりだ。敵の狙いが判らぬ」


 ナオルがこれを(たしな)めて、


「しかし我々は確実に奥へと導かれている」


「そろそろ何かしら罠があってもよいころですが……」


 トオリルが首を(かし)げる。そこにまた斥候があわてて駆け込んでくる。


「またか! 今度はどこだ?」


 (アミ)を切らしながら絞り出すように言うには、


「こ、後方の(ドブン)(ブルガ)の旗が……。(ヂェウン)(バラウン)も敵旗で埋まっています。その数は、計り知れません!」


「どうせまた偽兵だろう!」


 セイネンが内心おおいにあわてつつ吐き捨てれば、


いえ(ブルウ)……。人馬の(セウデル)が、た、確かに……」


 ナオルが舌打ちして、


「なるほど、ついに来たか」


 呟くや、辺りを見廻して言った。


「用心していたつもりだったが、見よ! いつの間にか下りに差しかかっているぞ。後方の敵を相手にするということは、高所に向かって戦う(アヤラクイ)ということだ。また単純な策にかかったものよ。近く(オイル)(ニドゥ)を奪われて大計を(そこ)なったわ」


 さらに言葉(ウゲ)を継いで、


「敵はじっと息を潜めて、我らが通過するのを待っていたのだろう。まったくよく訓練された兵ではないか」


 トオリルが青ざめた顔で言った。


「感心しているときではありません。後方から攻められるのは非常に不利ですぞ。当然のことですが退路の目印は通過した(モル)にしかなく、よそにはありません。つまり脱出するためにはもと来た道を引き返す以外にないのです。ほかの道に入り込んだが最後、あてもなく走り回らなければなりません」


 ナオルは不敵にも微笑すら浮かべつつ言った。


「先刻承知している。ふふ、敵ながらすばらしい。己の愚かしさを呪いたくなるわ。ここは(オロ)を決めねばなるまい。何としても敵を蹴散らして帰るぞ」


 その言葉に諸将は奮い立った。


「さあ、生きて(オスチュ)義兄上に(まみ)えるか、ここで屍を(さら)すか、ふたつにひとつだ! ともに生きようというものは我に続け!」


 とて、腰の(ウルドゥ)をさっと抜き放つと、頭上高々(ホライタラ)と掲げた。全軍それを見て大喊声を挙げる。


「参れ!」


 セイネン、トオリルに(ダウン)をかけると真っ先に馬腹を蹴る。二将はあわててこれに従う。すぐにアネクとドクトが両脇を固める。次々と(カラ)は下って、


「トオリル、君は目印に気を配り、我が軍をして道を(あやま)たしむるな!」


承知(ヂェー)!」


 次いで、


「アネク、貴女は存分に敵を討ち、道を開け!」


(まか)せといて!」


 (テリウ)(めぐ)らせて、


「ドクト。オノチはどうした?」


「後方を守っているはず」


 再び前方に向き直って叫ぶ。


「よし! 義兄上より命を受けた大将として、一人たりとも欠けることは許さん! 何としてもみなで帰るぞ!」


 四人はおうと応えて得物を握り直す。すなわちセイネン、トオリルは剣を、アネクは二条の鉄鞭(テムル・タショウル)を、ドクトは(ヂダ)をそれぞれ掲げる。


 斥候の言ったとおり、左右の丘には無数の雑多な旗が林立し、凄まじい金鼓の轟きと、辺りを圧する喊声が巻き起こる。続々と敵兵が姿(カラア)を現し、(コセル)を埋めていく。


「来たな。何から何までこちらの動きを読み尽くしている。まったく恐ろしい知恵者(セチェン)がいたものだ」


 ナオルが言えば、セイネンも感嘆して、


「いつの間にあれだけの兵を背後に回したのだろう。おそらく大半の兵を動員しているに違いない」


 みるみるうちに両軍は矢の届く間合いに入った。丘の上から一斉に矢が放たれてテンゲリを覆う。ナオルらはそれを薙ぎ払いつつ坂を(のぼ)りはじめた。




 そのころ外で待機していた諸将は、不意に彼方から金鼓が轟き、喊声が挙がったのでおおいに驚いていた。


「始まったか」


 インジャが苦々しい口調で呟く。諸将は見えるはずもない彼方をじっと睨んで拳を握りしめた。マタージが(アクタ)を寄せて言った。


「義兄上、心配は要りません。ナオル兄は胆力(スルステイ)衆に(すぐ)れた真の良将、きっと涼しい顔で戻ってくるに違いありません」


「もちろんだ」


 彼らはナオルを厚く信頼(イトゥゲルテン)していたが、奥でどのような戦闘(カドクルドゥアン)が展開されているか知る(よし)もなく、ただはらはらするばかりであった。

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