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草原演義  作者: 秋田大介
巻四
197/783

第五 〇回 ①

四頭豹ナオルの背を襲いて之を(くる)しめ

雷霆子ウルゲンの虚を衝きて(これ)を走らす

 さて、飛生鼠ジュゾウを(とら)えられた山塞軍約四万は、何の策もないままメルヒル・ブカに着いてしまった。


 連丘を望むと、インジャは行軍を止めて(トイ)を張った。かつてサルカキタンと六駒を破った(ガヂャル)へ、逆に攻めかかることになる。インジャは諸将を集めて再び軍議を開いた。セイネンが言った。


「我が軍は(ブルガ)に十倍します。しかし連丘の(モル)は細く、大軍は展開できません。またこれを囲む(エエレン)にはその外周は長く(オルトゥ)、兵の数が足りません。まったく寡兵をもって戦う(アヤラクイ)のにこれほど適した地はないでしょう」


 初めて連丘を見た諸将も、その険阻(ケルテゲイ)かつ複雑な地勢に唖然とする。


「入口はいくつあるのだろう?」


 マタージが尋ねれば、やはりセイネンが答えて、


大道(テルゲウル)がひとつ。ほかに無数に小道があるが、とても軍馬(アクタ)が通れる道ではない。要所に罠でもあれば途端に窮するだろう」


 サイドゥが言うには、


「大道には敵の伏兵があるに違いない。とすれば、間道を探って兵を送り込むしかなかろう」


「多少の損害は顧みず大道に軍を入れ、一方で歩兵を選抜して間道を回るか……」


 トオリルが独り言のように呟いたが、誰も同意しない。連丘はしんとして敵がどこにあるか測り知れない。サノウが溜息を()いて、


「ともかく敵情を探るために、一度は兵を出さねばなりますまい。戻る道を失わぬよう慎重に進むのです。必ず後方を確保して道に印を付けながら……。それからでなくてはとても策の立てようがない」


 結局それ以上の案もなく、サノウの献策に(したが)うことになった。インジャはシャジと(はか)って先遣軍の編成を定めた。


 すなわちナオルを大将に、従う好漢(エレ)はセイネン、アネク、トオリル、ドクト、オノチの五人。これが四千騎を率いていくことになった。さらにカトラ、タミチの両将が二千の兵をもって続くことに決した。


 その他の諸将は連丘の入口近くに布陣して、変事に備える構え。インジャが出陣するナオルらに言うには、


「決して深入りしてはならぬ。道を確保し、目印を必ず付けて進むように」


 拱手して答えて、


「十分に承知しております。義兄上は心配せずにお待ちください。かの五将がともに行くならば間違いはありますまい」


 たしかにセイネンをはじめとする五人の副将はいずれ劣らぬ才略(アルガ)の主。インジャは頷いてこれを見送った。ナオルは諸将に一礼して出発する。


 次いでサノウは、カトラとタミチを呼ぶと、


「貴殿らはあくまで後続。退いてくるナオルらを間違いなく返すのが任務(アルバ)だ。功を焦って奥に入り込んではならぬ。もし変事が出来(しゅったい)しても、己の判断で進んではならぬ。必ず本営(ゴル)に報告するように」


 二将は謹んで(カラ)を受けると、手勢二千をもって先遣軍のあとを追った。それを見届けてから中軍(イェケ・ゴル)(ようや)く腰を上げた。


 ナオルと五人の好漢はゆっくりと連丘に踏み入った。


 斥候(カラウルスン)として先行するのはセイネンの兵が、道々に印を付けるのはトオリルの兵が、軍の前を固めるのはアネクとその手勢がそれぞれ受け持った。ドクトとオノチは弓に優れた兵を率いて間断なく左右に(ニドゥ)を配る。


 ナオルは報告を受けて逐一指示を出す。四千の兵は急ぐことも遅れることも戒められ、一団となって道を進んだ。


 しばらくは何ごともなく、辺りはまるで人なきがごとく静まりかえっていた。次々にもたらされる報告にも変化はなく、どこにも敵の姿(カラア)はなかった。セイネンはナオルに尋ねて、


「先に次兄が来たときには、確かに敵は連丘にいたのでしょうな」


「もちろん。我らが至るや否や、小勢を繰り出してきたのだ。それで私はすぐに馬首を返して報告に及んだというわけだ。しかしこの静けさはどうしたことだろう」


「もうしばらく進んでみましょう」


 そう言い合っていると、斥候の一人が戻って叫んだ。


「前方に敵旗が現れました! 数ははっきりしませんが、五百騎ほどかと!」


「距離は!」


「二、三里ほど先の(ドブン)の向こうです!」


 セイネンはぐっと表情を引き締めて呟いた。


「真兵か、偽兵か……」


 ナオルは即座に命を下して、


「アネクに伝えよ、駆けてはならぬと! ゆっくりと接近(カルク)せよ」


 伝令が走り、行軍はさらに慎重さを増した。後方に従うドクトとオノチにも、さらに伏兵を警戒するよう伝えられる。斥候の先導により、そろそろと丘の裏に回る。もちろんその間にもトオリルは目印を付けることを忘れない(ウル・ウマルタン)


「やはり……」


 セイネンが呟く。そこは無人で、ただ(トグ)が並べられているだけであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] また痛い目に遭いそうやな 次失態を犯したら、草原統一どころじゃないな
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