第五 〇回 ①
四頭豹ナオルの背を襲いて之を困しめ
雷霆子ウルゲンの虚を衝きて是を走らす
さて、飛生鼠ジュゾウを擒えられた山塞軍約四万は、何の策もないままメルヒル・ブカに着いてしまった。
連丘を望むと、インジャは行軍を止めて陣を張った。かつてサルカキタンと六駒を破った地へ、逆に攻めかかることになる。インジャは諸将を集めて再び軍議を開いた。セイネンが言った。
「我が軍は敵に十倍します。しかし連丘の道は細く、大軍は展開できません。またこれを囲むにはその外周は長く、兵の数が足りません。まったく寡兵をもって戦うのにこれほど適した地はないでしょう」
初めて連丘を見た諸将も、その険阻かつ複雑な地勢に唖然とする。
「入口はいくつあるのだろう?」
マタージが尋ねれば、やはりセイネンが答えて、
「大道がひとつ。ほかに無数に小道があるが、とても軍馬が通れる道ではない。要所に罠でもあれば途端に窮するだろう」
サイドゥが言うには、
「大道には敵の伏兵があるに違いない。とすれば、間道を探って兵を送り込むしかなかろう」
「多少の損害は顧みず大道に軍を入れ、一方で歩兵を選抜して間道を回るか……」
トオリルが独り言のように呟いたが、誰も同意しない。連丘はしんとして敵がどこにあるか測り知れない。サノウが溜息を吐いて、
「ともかく敵情を探るために、一度は兵を出さねばなりますまい。戻る道を失わぬよう慎重に進むのです。必ず後方を確保して道に印を付けながら……。それからでなくてはとても策の立てようがない」
結局それ以上の案もなく、サノウの献策に順うことになった。インジャはシャジと諮って先遣軍の編成を定めた。
すなわちナオルを大将に、従う好漢はセイネン、アネク、トオリル、ドクト、オノチの五人。これが四千騎を率いていくことになった。さらにカトラ、タミチの両将が二千の兵をもって続くことに決した。
その他の諸将は連丘の入口近くに布陣して、変事に備える構え。インジャが出陣するナオルらに言うには、
「決して深入りしてはならぬ。道を確保し、目印を必ず付けて進むように」
拱手して答えて、
「十分に承知しております。義兄上は心配せずにお待ちください。かの五将がともに行くならば間違いはありますまい」
たしかにセイネンをはじめとする五人の副将はいずれ劣らぬ才略の主。インジャは頷いてこれを見送った。ナオルは諸将に一礼して出発する。
次いでサノウは、カトラとタミチを呼ぶと、
「貴殿らはあくまで後続。退いてくるナオルらを間違いなく返すのが任務だ。功を焦って奥に入り込んではならぬ。もし変事が出来しても、己の判断で進んではならぬ。必ず本営に報告するように」
二将は謹んで命を受けると、手勢二千をもって先遣軍のあとを追った。それを見届けてから中軍も漸く腰を上げた。
ナオルと五人の好漢はゆっくりと連丘に踏み入った。
斥候として先行するのはセイネンの兵が、道々に印を付けるのはトオリルの兵が、軍の前を固めるのはアネクとその手勢がそれぞれ受け持った。ドクトとオノチは弓に優れた兵を率いて間断なく左右に目を配る。
ナオルは報告を受けて逐一指示を出す。四千の兵は急ぐことも遅れることも戒められ、一団となって道を進んだ。
しばらくは何ごともなく、辺りはまるで人なきがごとく静まりかえっていた。次々にもたらされる報告にも変化はなく、どこにも敵の姿はなかった。セイネンはナオルに尋ねて、
「先に次兄が来たときには、確かに敵は連丘にいたのでしょうな」
「もちろん。我らが至るや否や、小勢を繰り出してきたのだ。それで私はすぐに馬首を返して報告に及んだというわけだ。しかしこの静けさはどうしたことだろう」
「もうしばらく進んでみましょう」
そう言い合っていると、斥候の一人が戻って叫んだ。
「前方に敵旗が現れました! 数ははっきりしませんが、五百騎ほどかと!」
「距離は!」
「二、三里ほど先の丘の向こうです!」
セイネンはぐっと表情を引き締めて呟いた。
「真兵か、偽兵か……」
ナオルは即座に命を下して、
「アネクに伝えよ、駆けてはならぬと! ゆっくりと接近せよ」
伝令が走り、行軍はさらに慎重さを増した。後方に従うドクトとオノチにも、さらに伏兵を警戒するよう伝えられる。斥候の先導により、そろそろと丘の裏に回る。もちろんその間にもトオリルは目印を付けることを忘れない。
「やはり……」
セイネンが呟く。そこは無人で、ただ旗が並べられているだけであった。