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草原演義  作者: 秋田大介
巻四
196/783

第四 九回 ④

ジュゾウ四頭豹を謀らんとして(かえ)って虜囚と為り

ドルベン山塞軍を迎えんとして先んじて連丘を制す

 インジャは一瞬考えたが、すぐに想到してさっと顔色を変える。


「メルヒル・ブカか!」


そうです(ヂェー)。かの連丘に(チルメ)(めぐ)らせれば、大兵は(チョドル)となり、寡兵をもって容易(アマルハン)に数倍する(ブルガ)を撃ち破れることは、先に我らが証明したとおりです」


 インジャらは、サルカキタンを破った連丘の(ソオル)を思い出す。事情(アブリ)を知らぬマタージやサノウらに、セイネンが掻い(つま)んでその概要(トブチャアン)を話す。一同はううむと唸るばかり。ナオルが沈黙を破る。


「まだ敵が連丘に拠ると決まったわけではない。すぐに私が兵を率いてメルヒル・ブカに参ろう。もしすでに敵がいれば戻って攻略の手を考えよう。いなければそのまま連丘を制してしまうことにする」


 それ以上の案は出なかったので、とりあえずはナオルに一任することにした。その(ウドゥル)のうちに、ジョンシ軍を率いて出立する。従う将はトオリル、ドクト、オノチの三将。


 またカトラ、タミチの二将に命じて、コヤンサンが敗北を喫した小ジョンシの野営地に赴かせた。まだそこに敵がいれば、即座に攻撃してこれを殲滅(ムクリ・ムスクリ)する考えであった。インジャらも軍を西(バラウン)に移して、次の決戦に備えることにした。


 翌日、先にカトラ、タミチが帰ってきた。すでに野営地は引き払われて跡形もなかったとのこと。とりあえずナオルからの報告を待つことにした。


 そのナオルが帰ってきたのはさらに翌朝であった。それを見てインジャらは一様に青ざめて溜息を吐く。ナオルが戻ったということは、とりもなおさず連丘が敵に制されていたということだったからである。ナオルが復命して言うには、


「連丘はすでに敵軍が固めておりました。矛を交えて探ろうかとも思いましたが、かの地の恐ろしさを(かんが)みて軍を返しました」


 インジャはこれを(ねぎら)ったあと、諸将を集めて軍議を催した。


「聞いてのとおり敵は連丘に籠もった。これは容易ならざる事態である。かの地は寡兵をもって()く衆を迎え、(モル)険阻(ケルテゲイ)にして視界狭く、鬱蒼たる樹々に覆われたまことに天然の要害。かつて我々はここに右派(バラウン)の大軍を迎え、その地勢を活かして完膚なきまでこれを叩きのめした。今度は逆に我が軍がこの堅牢(ヌドゥグセン)の地を攻めることになったが、相当の決意と傑出した知略がともに必要(ヘレグテイ)だ。どうかみなで知恵を絞って良策を出してもらいたい」


 しかしメルヒル・ブカを知らぬ諸将はもちろんのこと、先の戦に参加したものはなおのこと(うつむ)いて黙り込むばかり。(ようや)くトオリルが(アマン)を開いて、


「かの地の攻めがたきことは、実際にサルカキタンの下で連丘攻めに加わった私がよく知っております。私は中軍(イェケ・ゴル)にいたのですが、はたしてどこから敵が現れるか予測(ヂョン)もつかず、無理に軍を進めても道は入り組み、同じ個所を(めぐ)っているのかそうでないのかすら判然としないほど。焦るうちに疑心が芽生え、(サルヒ)の音にも怯えはじめる有様。結局、偽兵と真兵の区別もつかず敗れてしまいました。連丘こそは寡兵が活かされる地勢です」


 インジャが驚いて、


「トオリルはあの戦に加わっていたのか。たしかにあのときは兵が少なかったため偽兵の計を用いた。同じ袍衣(デール)、同じ(トグ)の部隊を処々に伏せ、順に姿(カラア)を見せては敵を誘い込んだのだ。テクズスが(ドブン)の上に布陣したときは周囲の丘陵(ウンドゥル)に配した老兵(ウブグン)たちに金鼓を打ち鳴らさせて足留めしたのであった」


 今度はセイネンのほうを見て、


「その策を立てたのは君だ。君は連丘の地勢に通暁している。良い策はないか」


 問われて苦しそうに言うには、


「連丘は守るに易く、攻めるに難き地勢。防禦の策はあっても攻略の計は浮かびません」


 インジャはがっかりして(ムル)を落とす。傍ら(デルゲ)からナオルが言った。


「ともかく参りましょう。ときを浪費すれば、敵にますます有利となります。現地に行けば何か攻略の端緒があるはずです。連丘を知らぬ軍師や諸将にも、まずはかの地をその眼で見てもらいましょう」


 良い思案もないので諸将はこれに同意した。山塞軍およそ四万騎は士気の振るわぬままメルヒル・ブカへと向かった。


 道中も山塞の頭脳(タルヒ)たる六人、すなわちサノウ、セイネン、サイドゥ、トオリル、ナオル、マタージは馬上で話し合った。このうち連丘を知るのは、セイネン、ナオル、トオリルの三人だけである。


 さすがのサノウも伝聞だけでは策の出しようがない。セイネンが言う。


「カオルジという丘がある。そこからは連丘の全貌が見える。我らはそこに本営を置いて兵を動かしたのだ」


 するとサイドゥが、


「ならば一直線にそこへ向かえばよいではないか」


 ナオルが制して、


「しかし敵が先の戦を研究していれば備えのないはずはない。いかに四万の軍とはいえ道を(ふさ)がれて伏兵に遭えば、たちまち全滅するだろう」


 そこでサノウが(ニドゥ)に暗い光を(たた)えて言った。


「……()()は?」


 草原(ケエル)の諸将はことごとくぎょっとして、(こぞ)って反対する。セイネンが言うには、


(ガル)などかければ、きっとひと月やふた月は燃え続ける。そんなことをすれば我らは酷薄非道の徒として永久(モンケ)(そし)られるだろう。名に傷が付くばかりか、天下の人望を一瞬に失うことになる。それにジュゾウまで焼かれてしまうぞ」


 話はまとまらぬままメルヒル・ブカが近づいてくる。士気はますます低下し、進軍の速度まで徐々に落ちてくる。


 まさしく万策尽きて、同胞の(アミン)旦夕に迫るといったところ。連丘に至れば俄かに良策の生まれんことを期待するばかり。果たしてインジャは難攻の地をいかに攻略するか。それは次回で。

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