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草原演義  作者: 秋田大介
巻四
195/783

第四 九回 ③

ジュゾウ四頭豹を謀らんとして(かえ)って虜囚と為り

ドルベン山塞軍を迎えんとして先んじて連丘を制す

 ドルベンは表情ひとつ変えずに淡々と言うには、


(ブルガ)の間諜が潜り込んでいるのはわかっていました。それで奴らに知れるよう、あえて同盟(オルトク)に不満を抱いているかのごとく振る舞ったのです。すると思ったとおり、ジュゾウという小者が近づいてきました。愚かにも同盟の立案者である私を籠絡しようとは、無知とは恐ろしいものです」


 ウルゲンは呵々大笑して、


「そうそう、無知とは恐ろしい。ははは!」


 ドルベンは実はウルゲンを軽蔑して見下していたので、その様子に内心舌打ちした。先にジュゾウに語ったことはまったくの偽り(クダル)というわけではなかったのである。が、そんなことは露ほども見せずに、


「しかしならがウルゲン大人、安心するにはまだ早いですぞ。山塞軍を退けたといっても、インジャの中軍(イェケ・ゴル)は無傷のままです。次は威信を懸けて自ら攻めてくるでしょう。敵には猛将(バアトル)知将(セチェン)が揃っています。武においてはベルダイの(チノ)トシ、鉄鞭(テムル・タショウル)のアネク、双璧たるカトラ、タミチ、智においてはサノウ、セイネン、サイドゥとまさに(オド)のごとく人材がおります。我らはこれと戦わねばなりません」


「たしかに抗しがたい相手だ。しかし四頭豹殿にはすでに胸宇(オモリウド)に秘策がおありと見た。是非それを披瀝(ひれき)してもらいたい」


 ウルゲンは諂笑てんしょうしつつドルベンの顔色を窺う。これを心中唾棄しつつも、微笑を(たた)えて言うには、


「小勢をもって大軍を迎えうる地については、かの小僧(ニルカ)自身が示してくれたではありませんか」


「フドウの小僧が? いや(ブルウ)、解らぬ。どこか?」


 まったく考える様子もなく尋ねれば、


「ご存知ないはずはありません。インジャが勇名を確立し、中原の勢力図を塗り替えた(ソオル)がありました。というのは、フドウの再建直後にベルダイ右派(バラウン)のサルカキタンを迎え撃った戦です。そこでインジャは強大な右派を撃ち破り、その六駒を(ほふ)って勢力を(つちか)ったのです」


「おお、おお。あれはたしか……、ええと……」


そうです(ヂェー)。メルヒル・ブカです。かの連丘にて今度はフドウの小僧に苦杯を嘗めさせてやりましょう」


 ドルベン・トルゲは静か(ヌタ)に笑う。その(ニドゥ)の奥にただならぬ光が宿っているのに気づいて、ウルゲンは密かに背筋が震えたが、


「す、すばらしい。明朝にも軍を発して連丘に(トイ)を張ろう……。しかし四頭豹とはよく名付けたものだ……」


 ぶつぶつとあとの言葉(ウゲ)は呑み込み、青い(ヌル)で杯を干し続けたが、この話はここまでにする。


 さて、計を見破られたジュゾウはといえば、ドルベンの腹心のゲルに(かくま)われていると思ったのも束の間、いよいよ計略実行という(ウドゥル)となって、(にわ)かに捕らえられてしまった。四肢の自由(ダルカラン)を奪われ、幾人も見張りが付けられる。


 一度は得意の縄脱け(注1)を図ったが、見咎(みとが)められて散々に殴打されたあげく、幾重にも縛られ、見張りの数も増やされてしまった。これではさすがの飛生鼠も(ガル)(フル)も出ない。


 結局為す術もないまま敗戦の報を聞くことになった。軍中にはこれを斬るべし(オンラヂドクン)との(ダウン)もあったが、ドルベンの意思(オロ)によってまだ生かされていた。しかしジュゾウの憤怒(アウルラアス)と悔恨の(ドウラ)は凄まじく、己を呪っては涙を流すのであった。


 ドルベンはまだジュゾウを利用するつもりで、自殺されないように食事のとき以外は猿轡(さるぐつわ)を噛ませることにした。が、ジュゾウはいざ猿轡を外されるときになっても食事には見向きもせず、ただただ呪い(ドム)の言葉を吐き散らすばかりであった。




 さて、ドクト、オノチ、コヤンサン、イエテン、タアバの五人は、悄然としてインジャに(まみ)えた。まさかの敗戦にインジャらはおおいに驚き、とりわけジュゾウが敵の手に渡ったことは諸将に多大な衝撃を与えた。 


 さすがのサノウも、小ジョンシに謀計に()けた将がいるとは予測(ヂョン)できなかった。インジャは動揺を隠さずに叫んだ。


「勝敗は兵家の常ゆえ、(とが)めようとは思わない。しかしジュゾウが心配だ。何としても取り戻さねばならん。兄弟を失うことは四肢を奪われるに等しい!」


「ジュゾウは生きて(オスチュ)いるだろうか」


 ついハツチが呟く。それをインジャはきっと睨みつけて、


「生きているさ! あのような思いをするのは一度だけでいい」


 それがハクヒを失ったこと(注2)を指すのは言うまでもない。その言葉に諸将は、はっとして居住まいを正す。ハツチは不用意な発言を詫びた。そこでセイネンが(アマン)を開いた。


「あのジュゾウを欺いたほどの男、(とら)えた将をただ殺すことはしないでしょう。我らが全軍を発すれば敵に十倍します。きっとジュゾウを救う方策もあるはずです」


 インジャが(ようや)く落ち着いてきたのを見て、サノウが言った。


「敵は劣勢にも関わらず、二度までも我が先鋒(アルギンチ)を退けました。鮮やかというほかありません。しかし敵は我が軍が己に十倍することを知っているはずなのに、決して膝を屈しようとはしません。なぜでしょう。おそらく何か必勝の策を持しているに違いありません」


「必勝の策?」


 ナオルが繰り返した。頷いて、


そうです(ヂェー)。敵が必勝の策と信じているものです。例えば、寡兵をもって大軍を迎えうる(ガヂャル)を知っているとか……」


 そこでセイネンがあっと叫んだ。諸将は驚いてこれを注視する。ややあわてて言うには、


「義兄上、容易ならざることになるかもしれません。もし敵がかの地に籠もれば、大軍はかえって(チョドル)となることもあります」

(注1)【得意の縄脱け】第一 六回②参照。


(注2)【ハクヒを失ったこと】ウリャンハタとの戦で、ハクヒがインジャの身代わりとなり戦死したこと。第二 五回③参照。

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