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草原演義  作者: 秋田大介
巻四
194/783

第四 九回 ②

ジュゾウ四頭豹を謀らんとして(かえ)って虜囚と為り

ドルベン山塞軍を迎えんとして先んじて連丘を制す

 ジュゾウは躍り上がらんばかりに喜んで、ずいと身を乗り出して言った。


「ならば良い策がございます。次の(サル)のない夜、私が炬火にて我が軍に合図を送ります。我が軍が夜襲をかけたら、ドルベン様は内から呼応してください。さすればウルゲンごときに防ぐ術はなく、瞬く間(トゥルバス)に勝利を得られるでしょう」


「ふふふ、おもしろい(ソニルホルトイ)。実におもしろい」


 見れば(ホオライ)の奥から、くっくっと笑いが込み上げてくる様子。ジュゾウは何がそこまでおかしいのかと呆気にとられたが、気を取り直して言った。


「ではその手はずをここにいるオノチに伝えさせます。あとは月のない夜を待つだけです」


 ドルベンはまだ笑っていたが、


「そうか、よろしく(たの)むぞ。それまで私はどうしていよう」


「疑われぬよう、これまでどおりになさいませ」


承知した(ヂェー)。ではジュゾウとやら、お前もあまり人目についてはまずかろう。我が腹心のもとで隠れているがいい」


「ありがとうございます。ではオノチはすぐに発たせましょう」


 その言葉(ウゲ)を受けて、オノチは夜のうちに去った。(アクタ)を飛ばして(トイ)に帰ると、早速ズラベレン三将とドクトに計略の仔細を伝える。イエテンはやや疑っている様子だったが、コヤンサンとドクトはおおいに喜び、月のない夜を心待ちにした。


 それは三日後にやってきた。日中からテンゲリはどんよりとした黒雲(ハラ・エウレン)に覆われ、夕刻(ヂルダ)が迫るにつれて辺りは暗く陰鬱な気配を漂わせはじめた。


 天候とは裏腹にズラベレンの軍中は喜び(ヂルガラン)に溢れていた。ついに()()()()()が来たのである。馬の口に(ばい)(ふく)ませると、三千五百騎うち揃って陣を離れた。


 辺りがすっかり闇に包まれたころ、コヤンサンらは敵陣まで十里というところに至っていた。そこで軍を留めると、ジュゾウからの合図を待つ。


 そのまま夜半まで待たされたので、気の短いコヤンサンが兵を返そうかと立ち上がったときであった。前方に小さく炬火が(とも)った。ぽつんと現れたそれを注視していると、そのうちぐるぐると円を描きはじめる。


「おお、あれだ! 飛生鼠からの合図だぞ!」


 小声で叫ぶと、すぐ傍ら(デルゲ)にいたドクトに指示を出した。ドクトが応じてぴいと口笛を吹き、カミタ軍千騎(ミンガン)がそっと駆け出す。続いてズラベレン軍も騎乗し、無言の突撃が始まった。


 すでに炬火は見えない。闇の中にさらに黒いゲルの(セウデル)があるばかりである。山塞軍は徐々に速度を上げ、ついには馬蹄(トゥル)の響きを轟かせつつ敵営に突っ込んだ。


 ところが、当然あるべき喧騒も混乱も起こらない。ただしんと静まりかえっている。ドクトとオノチは不審に思いながら敵営の中央(オルゴル)(おぼ)しき辺りで馬を止めた。


「おかしい。誰も出て来ぬぞ」


 ドクトが叫ぶ。オノチは兵に命じて(オト)を点けさせた。


 すると、(にわ)かに闇の彼方から無数の矢が飛来した。カミタの兵が、ばたばたと倒れる。何が起こったか判らず、怒号、悲鳴とともに大混乱に(おちい)る。


(ブルガ)だ! 夜襲を読まれていたぞ!」


 叫んだのはドクトだったか、オノチだったか、二人は鞍上に伏せて周囲を窺う。兵衆は驚き暴れる馬を制御するのに手一杯という有様。そうするうちに四方に炬火がぽつぽつと点りはじめ、凍りついた山塞軍を照らしだす。


「……謀られたか」


 イエテンが呟くと同時に、鼓膜を破らんばかりの大喊声が挙がり、無数の矢が山塞軍を襲う。さながら闇がすべて敵兵と化したかのごとく、兵衆はわあわあと逃げ惑い、混乱は極に達した。


「落ち着け! あわてては敵の思うままぞ!」


 ドクトが(ダウン)のかぎりを尽くして叫んだが、聞く(チフ)もあらばこそ。軍容はたちまち崩れ去り、みな我先に逃げはじめる。ドクトらもこれではいかんともしようがなく、撤退に転じた。


 彼らの行く先はことごとく小ジョンシの兵に遮られる。すでに軍の体裁も失い、次々と討ちとられていく。五人の好漢(エレ)も自ら生き延びるのがやっとの有様。


 明け方、何とか追撃を逃れて集まってみれば、大半のものが戻ってこない。幸い好漢に欠けたものはなかったが、戦う(アヤラクイ)余力は残っていなかった。コヤンサンがテンゲリを仰いで叫んだ。


「何ということだ! 一度ならず二度までもしてやられるとは! インジャ様に何と報告すればよいのだ!」


 オノチも自責の念に堪えかねる様子で、


「ジュゾウは無事だろうか。もし兄弟の身に何かあったら、どうして独り生き恥を(さら)すことができよう」


 そう言ってはしきりに悔しがる。ドクトがみなを慰めて今後のことを(はか)った。イエテンが暗鬱な調子で、


「ここに至ったからにはインジャ様に実情(アブリ)を告げて援軍(トゥサ)を請うほかない。ジュゾウの生死は気懸かりだが、我々には手の打ちようがない」


 果たしてみな同意したので、五将は敗残の兵をまとめて退くことにした。




 そのころウルゲンは諸将を集めて勝利の宴を催していた。中でもドルベン・トルゲには最大の賛辞を惜しまず、その知謀を賞して、


「さすがは『四頭豹』と呼ばれるだけのことはある。敵の計略を逆手にとるとは、古のどんな名将も貴公の前では霞むだろう」


 ドルベンは謙遜したのか答えない。ウルゲンはさらに続けて、


「そもそも私独りではとてもあのフドウの小僧(ニルカ)に対抗できぬところ、貴公が近隣(サーハルト)の諸侯をまとめてくれた。この恩は、私を族長(ノヤン)に推したウリャンハタの大カンに勝るとも劣らないものだ。重ねて(カリラ)を言おう。ここにある諸侯も、いずれはやはりあの傲慢な小僧に膝を屈せざるをえなかったであろう。貴公は私のみならず、諸侯すべての恩人だ」


 そう言って上機嫌で杯を干す。

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