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草原演義  作者: 秋田大介
巻四
193/783

第四 九回 ①

ジュゾウ四頭豹を謀らんとして(かえ)って虜囚と為り

ドルベン山塞軍を迎えんとして先んじて連丘を制す

 ジュゾウが五人の好漢(エレ)に耳打ちして計略を告げると、みな一様に危険(アヨール)を説いたが、本人独りは泰然として、


栄誉(フンドゥ)の冠は(ヂルケ)あるものの頭上にのみ輝くのだ」


 などと(うそぶ)いて取り合わない。さらに自信満々で言うには、


「ウルゲン程度の男に計を見破れるわけがない。小族を集めているといっても所詮は利害で結びついたものども、突き崩せば(もろ)かろう。(まか)せておけ」


 諸将はやむなく頷いて、ジュゾウの計に賛同した。六人の好漢は話がまとまったので兵を率いて出立した。その数、三千五百。それを知ってウルゲンも手勢を率いて(トイ)をあとにした。


 両軍は一日の休息ののち激突する。ズラベレン軍は少し戦ったとみるや、すぐに遁走(オロア)した。ウルゲンは罠にかかるのを恐れてこれを追わず、凱歌を挙げて退いた。


 このときすでにジュゾウは小ジョンシ軍に(まぎ)れ込んでいた。カミタ氏のオノチも一緒である。ドクトがジュゾウの身を(おもんぱか)って附けたのである。二人は(ブルガ)の野営地に入ると、隷民(ハラン)の間に潜り込んで陣中を観察した。


 小ジョンシと盟を結んだ氏族(オノル)は思ったより数が多く、それぞれ五十騎(タビン)百騎(ヂャウン)と兵を供して軍を形成していた。


 ウルゲンはそもそも徳薄く(アルガ)なき凡庸の君主(エルキム)であったが、何ものかが策動してこの連合を作り上げたに違いなかった。しかし観察するかぎりでは、それが誰なのかは判然としなかった。


 二人は夜になると(マグナイ)を寄せて話し合った。ある夜のこと、


「俺は必ず小族の(アカ)のうちには、ウルゲンに従うことを潔しとしないものがいると睨んでいたんだが、どうだ?」


 ジュゾウが問えば、オノチが答えて、


「テュルクダイ氏の主、ドルベン・トルゲは(オロ)に不満があり、ウルゲンにやむなく従っている風が見える」


「それはまさに俺の考えと同じだ。ひとつ奴を引き込めば計は万全(ブドゥン)だ」


 さらにこと細かに打ち合わせたが、くどくどしい話は抜きにする。


 翌日、(ナラン)が没して幾許(いくばく)も経たない時分に、ジュゾウとオノチの二人は密かにドルベン・トルゲのゲルへ向かった。ゲルの北側(ホイン)に回り、外からジュゾウがそっと呼びかける。


「ドルベン様、ドルベン様」


 しばらくして中から返事があって、


姿(カラア)を見せずに私の名を呼ぶとはいかなるものか」


「貴殿に益ある話をお持ちしました。中へ入れてください」


 少しく躊躇(ためら)っているようだったが、やがて答えて、


「それなら堂々と来ればよい。何も人目を忍ぶ必要はあるまい」


いえ(ブルウ)、お互いの命運(ヂヤー)に関わる大事です。お目通りかなえば、何故私が身を隠しているのかお察しいただけますでしょう」


 またしばしの沈黙。ジュゾウが()れて再び(アマン)を開きかけたときに(ようや)く、


「表に回るがよい。その話、聞いてやろう」


 ジュゾウとオノチは目配(めくば)せしてにやりと笑うと、急いでゲルの表に回った。平伏して待っていると、ドルベン・トルゲが(ハアルガ)を開けて現れた。


 小柄ながら(ニドゥ)には怜悧の光があり、人を畏怖させる威厳のようなものが備わっている。広い額に細い(フムスグ)が引かれ、三筋の(サハル)がある。


「私がドルベン・トルゲだ。まずは名乗れ」


 ジュゾウが平伏したままで答える。


「夜分失礼いたします。私はジョルチ部フドウ氏のインジャの配下で、オガサラ・ジュゾウというつまらぬものです。これはやはりカミタ氏のオノチです」


「ほう、フドウの。敵地に何用があって参った」


 ドルベンの声音に警戒の色が加わった。ジュゾウは(ヌル)を上げて、


「貴殿が盟を結んでいるウルゲンは、言うまでもなくフドウの敵です。しかし両者を比べるにその差は歴然。擁する兵力は片や数万、片や数千に過ぎません。盟主としての力量(アルガ)、徳望についてもウルゲンが劣る(ドロムヂン)ことは疑いなき事実。貴殿がいかなる理由でウルゲンに(くみ)しているかは存じませんが、このままでは貴殿の利にはなりません」


「ふうむ」


「たしかに緒戦ではインジャ様の先鋒(アルギンチ)は退けられましたが、かの勇猛(カタンギン)な山塞の諸将が(こぞ)って至れば、ウルゲンの脆弱な連合など塵芥のごとく吹き飛んでしまうでしょう。貴殿は待遇に不満を抱いている様子、ひとつここはウルゲンを棄ててインジャ様に附くようお勧めします」


 ドルベンは二人を見下ろして黙っていたが、やがて言った。


「私を籠絡しに参ったというわけか。たしかにウルゲンと結んでいるのは本意ではない。彼奴は酷薄の小人、長く(オロ)をともにする器ではない。しかしフドウのインジャが人衆(ウルス)を託すに足る英雄かどうか、私は知らぬ」


 オノチが代わって言うには、


「ご心配なく。インジャ様こそまさに一世の英雄。寛容にしてまことの勇気ある方です。従う将は三十名になんなんとし、天下の英傑好漢はみなその名を慕っております」


 ドルベンはなおも考える風であったが、ともかく二人をゲルへ導いた。ジュゾウとオノチはその背後でにやりと笑い合う。主客席に着くと、ドルベンは言った。


「私が僅かな恩賞に目が(くら)んで、お前らを捕らえるとは思わなかったのか」


 ジュゾウは首を振って、


「インジャ様のために果てるなら本望、それも天命(ヂヤー)でしょう」


 オノチも頷いて同意する。ドルベンはふうむと唸って沈思黙考していたが、ついに言うには、


「よろしい。ウルゲンを棄ててインジャに投じよう」

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