第四 八回 ④
インジャ野人を囲んで佞姦の徒を裁き
コヤンサン先鋒を請いて空陣の計に落つ
と、そのときであった。卒かに銅鑼の音が響いたかと思うと、左右の丘にどっと敵の軍勢が現れた。
「何だと?」
驚くうちに、二手の軍勢が次々に矢を放ちながら攻め下ってきた。
「兵をまとめよ! 迎え撃て!」
あわててコヤンサンが叫んだが、伝わらないうちに突っ込まれて大混乱に陥る。四人の将軍、すなわちコヤンサン、イエテン、タアバ、ジュゾウは、手近の兵を集めて個々にこれに対したが敵すべくもなく、やむなく撤退する。
およそ二十里も退いて、やっと追撃を振りきることができた。続々と敗残の兵が集まってくる。四将はあまりのことにしばらくは声もない有様。漸くジュゾウが悔恨の情を浮かべつつ、
「俺が甘かった。よもや空陣の計を用いてくるとは思わなかった。ウルゲンにそんな知恵があろうとは」
イエテンが慰めて、
「勝敗は兵家の常、気にするな。しかしこのままではインジャ様に合わせる顔がない。何としても我らの手で、憎きウルゲンを捕らえねば」
数えてみれば五百ほどの兵が失われていた。コヤンサンが諸将を励まして、
「まだ我らのほうが数の上で勝っている。奇策が通じるのも一度までよ」
彼らは覇気を復して野営地を定めると、その日は兵を休ませた。翌日、敵情を探りに出ていたジュゾウの配下が戻って言うには、
「小ジョンシの兵は西方に移りました」
コヤンサンは三将に諮ってすぐに発つことにしたが、斥候のものがまだ何か言いたそうにしているので、苛立って尋ねると、
「実は敵兵の数が千騎どころではなく、見たかぎり少なくとも三千騎はあるように見えました」
これにはおおいに驚いて、
「はあ? 見間違いではないのか!」
「私もそう思ってよくよく見ましたが間違いありません。天王様に誓ってもよろしゅうございます」
四将は顔を見合わせて首を捻った。コヤンサンがテンゲリを仰いで、
「今さらインジャ様に援兵を請うわけにはいかんぞ! ウルゲンめ、いったいどこからそのような兵を手に入れたのだ!」
タアバが眉を顰めて、
「お前がインジャ様に大きな口を叩いたからだ。どうしてくれるのだ」
「何だと! 俺のせいだって言うのか!」
「だが、実際そうではないか」
ジュゾウがうんざりした様子で間に入って、
「身内で争っているときではないぞ。インジャ様の信頼に応えるよう、力を併せることが肝要だろう」
二将は、はっとしてこれに詫びる。四人は互いに諮って、ともかく軍を進めることにした。例によって例のごとくジュゾウが斥候となった。前回の轍を踏まぬよう、慎重になったのは言うまでもない。
漸く小ジョンシの野営地を見つけた。ジュゾウは手勢を伏せると、数騎のみを従えてそっと近づいた。
「ふうむ、なるほど。あの陣の規模からすると、千や二千の兵ではないな。しかし偽兵ということもあるからな」
さらに接近して窺っていると、卒かに部下の一人があっと小さく叫んだ。
「どうした?」
「ご覧ください。小ジョンシの旗以外にも見知らぬ旗が混じっています」
促されて見廻せば、たしかにどこのものとも知れぬ旗が方々に見える。
「ウリャンハタの援軍でしょうか?」
「……いや、おそらく近隣の小部族が集っているのだろう。なるほど、兵が多いわけだ」
とりあえず報告に帰れば、みな驚きあわてて言うべき言葉も知らない有様。良い案も浮かばぬまま鬱々としているところに、ドクトとオノチが到着したとの報せ。これを迎えたコヤンサンが訝しげに尋ねる。
「お前らは中軍と一緒ではなかったのか?」
ドクトが答えて、
「いやいや、我らもじっとしているのがもどかしくなったので、インジャ様に無理を言って、こうして参ったというわけだ」
四人はおおいに喜ぶ。もちろんカミタの二将はサノウの計らいで駆けつけたのだが、コヤンサンを傷つけぬよう、あえてそう言ったのである。
カミタ軍千騎が加わり、総じて三千五百騎となった。六人の好漢は軍議を開いて、いかにして敵軍を破るか話し合った。もっとも知恵のはたらく飛生鼠ジュゾウがふと思いついて言うには、
「先の過失を取り返してみせよう」
さてこのひと言から異能の好漢は進んで虜となり、計策を施さんとしてかえって窮地に陥るということになるのだが、果たしてジュゾウは何と言ったか。それは次回で。