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草原演義  作者: 秋田大介
巻四
192/783

第四 八回 ④

インジャ野人を囲んで佞姦の徒を裁き

コヤンサン先鋒を請いて空陣の計に落つ

 と、そのときであった。(にわ)かに銅鑼の音が響いたかと思うと、左右の(ドブン)にどっと(ブルガ)の軍勢が現れた。


「何だと?」


 驚くうちに、二手の軍勢が次々に矢を放ちながら攻め下ってきた。


「兵をまとめよ! 迎え撃て!」


 あわててコヤンサンが叫んだが、伝わらないうちに突っ込まれて大混乱に(おちい)る。四人の将軍、すなわちコヤンサン、イエテン、タアバ、ジュゾウは、手近の兵を集めて個々にこれに対したが敵すべくもなく、やむなく撤退する。


 およそ二十里も退いて、やっと追撃を振りきることができた。続々と敗残の兵が集まってくる。四将はあまりのことにしばらくは(ダウン)もない有様。(ようや)くジュゾウが悔恨の情を浮かべつつ、


「俺が甘かった。よもや空陣の計を用いてくるとは思わなかった。ウルゲンにそんな知恵があろうとは」


 イエテンが慰めて、


「勝敗は兵家の常、気にするな。しかしこのままではインジャ様に合わせる(ヌル)がない。何としても我らの(ガル)で、憎きウルゲンを捕らえねば」


 数えてみれば五百ほどの兵が失われていた。コヤンサンが諸将を励まして、


「まだ我らのほうが数の上で勝っている。奇策が通じるのも一度までよ」


 彼らは覇気を復して野営地を定めると、その(ウドゥル)は兵を休ませた。翌日、敵情を探りに出ていたジュゾウの配下が戻って言うには、


「小ジョンシの兵は西方に移りました」


 コヤンサンは三将に(はか)ってすぐに発つことにしたが、斥候(カラウル)のものがまだ何か言いたそうにしているので、苛立って尋ねると、


「実は敵兵の数が千騎(ミンガン)どころではなく、見たかぎり少なくとも三千騎はあるように見えました」


 これにはおおいに驚いて、


「はあ? 見間違いではないのか!」


「私もそう思ってよくよく見ましたが間違いありません。天王(フルムスタ)様に誓ってもよろしゅうございます」


 四将は顔を見合わせて首を捻った。コヤンサンがテンゲリを仰いで、


「今さらインジャ様に援兵(トゥサ)を請うわけにはいかんぞ! ウルゲンめ、いったいどこからそのような兵を手に入れたのだ!」


 タアバが(フムスグ)(しか)めて、


「お前がインジャ様に大きな口を叩いたからだ。どうしてくれるのだ」


「何だと! 俺のせいだって言うのか!」


「だが、実際そうではないか」


 ジュゾウがうんざりした様子で間に入って、


「身内で争っているときではないぞ。インジャ様の信頼(イトゥゲルテン)に応えるよう、(クチ)を併せることが肝要だろう」


 二将は、はっとしてこれに詫びる。四人は互いに(はか)って、ともかく軍を進めることにした。例によって例のごとくジュゾウが斥候となった。前回の(てつ)を踏まぬよう、慎重になったのは言うまでもない。


 (ようや)く小ジョンシの野営地を見つけた。ジュゾウは手勢を伏せると、数騎のみを従えてそっと近づいた。


「ふうむ、なるほど。あの(トイ)の規模からすると、千や二千の兵ではないな。しかし偽兵ということもあるからな」


 さらに接近(カルク)して窺っていると、(にわ)かに部下の一人があっと小さく叫んだ。


「どうした?」


「ご覧ください。小ジョンシの(トグ)以外にも見知らぬ旗が混じっています」


 (うなが)されて見廻せば、たしかにどこのものとも知れぬ旗が方々に見える。


「ウリャンハタの援軍でしょうか?」


「……いや(ブルウ)、おそらく近隣(サーハルト)の小部族(ヤスタン)が集っているのだろう。なるほど、兵が多いわけだ」


 とりあえず報告に帰れば、みな驚きあわてて言うべき言葉(ウゲ)も知らない有様。良い案も浮かばぬまま鬱々としているところに、ドクトとオノチが到着したとの報せ。これを迎えたコヤンサンが(いぶか)しげに尋ねる。


「お前らは中軍(イェケ・ゴル)と一緒ではなかったのか?」


 ドクトが答えて、


「いやいや、我らもじっとしているのがもどかしくなったので、インジャ様に無理を言って、こうして参ったというわけだ」


 四人はおおいに喜ぶ。もちろんカミタの二将はサノウの(はか)らいで駆けつけたのだが、コヤンサンを傷つけぬよう、あえてそう言ったのである。


 カミタ軍千騎が加わり、総じて三千五百騎となった。六人の好漢(エレ)は軍議を開いて、いかにして敵軍を破るか話し合った。もっとも知恵のはたらく飛生鼠ジュゾウがふと思いついて言うには、


「先の過失(アルヂアス)を取り返してみせよう」


 さてこのひと言から異能(エルデム)の好漢は進んで(とりこ)となり、計策を(ほどこ)さんとしてかえって窮地に(おちい)るということになるのだが、果たしてジュゾウは何と言ったか。それは次回で。

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― 新着の感想 ―
[良い点] コヤンサンは完璧な脳筋だし、前線で剣振り回すだけの存在にした方がいいな。戦略は別の奴が考えてやらな、これからもっと失敗する。
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