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草原演義  作者: 秋田大介
巻四
191/783

第四 八回 ③

インジャ野人を囲んで佞姦の徒を裁き

コヤンサン先鋒を請いて空陣の計に落つ

 好漢(エレ)たちは草原(ケエル)回復の緒戦を飾ったことに、おおいに興奮していた。マタージが来て言うには、


「めでたい、めでたい。あとはウルゲンですな」


 傍ら(デルゲ)からセイネンが、


「奴はたかだか千騎(ミンガン)の小族、恐れることはない」


 ところがシャジは心配顔で、


「サルカキタンが敗れたことを聞いて、ウリャンハタに援軍(トゥサ)を要請しているかもしれぬ」


「要請されても兵は出すまい。先年の(ソオル)で懲りているさ」


 答えたのはナオル。サノウが黙って頷いている。


「早くタムヤに入りたいな」


 その(ダウン)はタンヤン。コヤンサンがすでに酔っ払った様子で、


「そうかあ、お前はタムヤの生まれだったなあ」


 笑いながら眺めていたインジャが言う。


「クウイには恩義があるが何も返せていない。早く会いたいものだ」


「今のインジャ様を見ればきっと驚くことでしょう」


 ジュゾウが跳ぶように近づいてきてタンヤンに言うには、


「お前もそんなに大きくなって。親父さん、(ニドゥ)を回すぞ」


「これは(バリク)を出たときからだ。驚くもんか!」


 タンヤンは身の丈八尺の偉丈夫である。ジュゾウはさっと身を避けて、


「ハツチとお前を見間違えるかもしれぬぞ、ははは」


 これには一同大笑い。かくして和気藹々(あいあい)と宴は進み、夜半になって(ようや)く散会となった。


 翌日、インジャは(カラ)を下して西(バラウン)へと向かった。途中待機していたマジカンと兵を併せて、およそ四万騎となる。そのときコヤンサンが中軍(イェケ・ゴル)に現れて言うには、


「次の戦は我らズラベレン氏に先陣(ウトゥラヂュ)を賜りますよう、お願いに参りました」


「編成はすでに決まったことではないか。無理を言うな」


「ベルダイばかりが強兵(ヂオルキメス)を擁しているわけではありませんぞ。是非とも先陣を命じてください」


 困惑してサノウを顧みれば、


「よろしいでしょう。コヤンサンに(まか)せましょう」


 コヤンサンは小躍りして、


「さすがは軍師、話が早い。イエテンとタアバもきっと喜びましょう」


(ブルガ)は千騎とはいえ気を抜いてはならぬぞ。念のためジュゾウを連れていけ」


「心配ご無用、インジャ様はあとからゆるりと来てくだされ。いや何、諸将を(わずら)わせることもありません。ははは、次は宴席で(まみ)えましょう」


 意気揚々と去っていく。インジャは不安を隠せず、サノウに言うには、


「軍師、あれでよいのか。コヤンサンはすぐに敵を侮る癖がある」


「ジュゾウも附いていることですし心配は要らないと思いますが、もし不安に思われるならば彼に内密(ニウチャ)で後続の兵を送りましょう」


 そう言うと、ドクトとオノチを呼んで何ごとか耳打ちした。二将は命を受けると喜んでこれに(したが)った。


 コヤンサンは(トイ)に帰ると、イエテン、タアバに先鋒となったことを誇らしげに話した。するとタアバが、


「まったく軍師が決めたことなのに無理を通しおって」


 開口一番、不平を唱える。コヤンサンはてっきり二人とも大喜びすると思っていたので、たちまち機嫌を(そこ)ねると、


「うるさい! とにかく軍師の許しも得てきたのだ。何としても我らの(ガル)で小ジョンシを滅ぼすのだ!」


「そうは言っても何か策はあるのか?」


 イエテンが尋ねる。何と答えたかといえば、


「策も何もあるか。たかだか弱兵千騎ではないか。攻撃あるのみよ」


 二人は(ヌル)を見合わせる。そこへジュゾウがやってきた。話を聞いて大笑いすると言うには、


「なるほど、コヤンサンらしいや。まあよい。俺が先に様子を見てくるから、それから考えることにしよう」


 イエテンとタアバも(ようや)く得心したので、ズラベレン軍三千騎は他軍に先んじて発った。途中からジュゾウは百騎(ヂャウン)を率いてこれに先行した。戻ってくると、


「ここから二十里、(ドブン)に挟まれた窪地に小ジョンシのアイルがある。備えはないようだ」


 コヤンサンはこれを聞くと、


(サルヒ)のごとくこれを襲い、(アヤンガ)のごとくこれを破らん」


 とて全軍に下知した。三千騎はおうと応えて、まさに疾風迅雷のごとく駆けだす。ほどなく敵を望んだ。コヤンサンはにやりと笑って突撃を命じる。


 金鼓が轟き、みなわっと声を挙げて(アクタ)(タショウル)を入れる。弓には火矢をつがえてすべてのゲルを焼かんとする。瞬く間(トゥルバス)にアイルに突入すると、片端からゲルに火矢を放って回る。


 ところが、奇妙なことに誰一人として敵人(ダイスンクン)姿(カラア)が見えない。軍兵はおろか、(ブステイ)子ども(クウヘド)すら現れない。


「様子がおかしいぞ!」


 イエテンが叫んだ。

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