第四 八回 ③
インジャ野人を囲んで佞姦の徒を裁き
コヤンサン先鋒を請いて空陣の計に落つ
好漢たちは草原回復の緒戦を飾ったことに、おおいに興奮していた。マタージが来て言うには、
「めでたい、めでたい。あとはウルゲンですな」
傍らからセイネンが、
「奴はたかだか千騎の小族、恐れることはない」
ところがシャジは心配顔で、
「サルカキタンが敗れたことを聞いて、ウリャンハタに援軍を要請しているかもしれぬ」
「要請されても兵は出すまい。先年の戦で懲りているさ」
答えたのはナオル。サノウが黙って頷いている。
「早くタムヤに入りたいな」
その声はタンヤン。コヤンサンがすでに酔っ払った様子で、
「そうかあ、お前はタムヤの生まれだったなあ」
笑いながら眺めていたインジャが言う。
「クウイには恩義があるが何も返せていない。早く会いたいものだ」
「今のインジャ様を見ればきっと驚くことでしょう」
ジュゾウが跳ぶように近づいてきてタンヤンに言うには、
「お前もそんなに大きくなって。親父さん、目を回すぞ」
「これは街を出たときからだ。驚くもんか!」
タンヤンは身の丈八尺の偉丈夫である。ジュゾウはさっと身を避けて、
「ハツチとお前を見間違えるかもしれぬぞ、ははは」
これには一同大笑い。かくして和気藹々と宴は進み、夜半になって漸く散会となった。
翌日、インジャは命を下して西へと向かった。途中待機していたマジカンと兵を併せて、およそ四万騎となる。そのときコヤンサンが中軍に現れて言うには、
「次の戦は我らズラベレン氏に先陣を賜りますよう、お願いに参りました」
「編成はすでに決まったことではないか。無理を言うな」
「ベルダイばかりが強兵を擁しているわけではありませんぞ。是非とも先陣を命じてください」
困惑してサノウを顧みれば、
「よろしいでしょう。コヤンサンに委せましょう」
コヤンサンは小躍りして、
「さすがは軍師、話が早い。イエテンとタアバもきっと喜びましょう」
「敵は千騎とはいえ気を抜いてはならぬぞ。念のためジュゾウを連れていけ」
「心配ご無用、インジャ様はあとからゆるりと来てくだされ。いや何、諸将を煩わせることもありません。ははは、次は宴席で見えましょう」
意気揚々と去っていく。インジャは不安を隠せず、サノウに言うには、
「軍師、あれでよいのか。コヤンサンはすぐに敵を侮る癖がある」
「ジュゾウも附いていることですし心配は要らないと思いますが、もし不安に思われるならば彼に内密で後続の兵を送りましょう」
そう言うと、ドクトとオノチを呼んで何ごとか耳打ちした。二将は命を受けると喜んでこれに順った。
コヤンサンは陣に帰ると、イエテン、タアバに先鋒となったことを誇らしげに話した。するとタアバが、
「まったく軍師が決めたことなのに無理を通しおって」
開口一番、不平を唱える。コヤンサンはてっきり二人とも大喜びすると思っていたので、たちまち機嫌を損ねると、
「うるさい! とにかく軍師の許しも得てきたのだ。何としても我らの手で小ジョンシを滅ぼすのだ!」
「そうは言っても何か策はあるのか?」
イエテンが尋ねる。何と答えたかといえば、
「策も何もあるか。たかだか弱兵千騎ではないか。攻撃あるのみよ」
二人は顔を見合わせる。そこへジュゾウがやってきた。話を聞いて大笑いすると言うには、
「なるほど、コヤンサンらしいや。まあよい。俺が先に様子を見てくるから、それから考えることにしよう」
イエテンとタアバも漸く得心したので、ズラベレン軍三千騎は他軍に先んじて発った。途中からジュゾウは百騎を率いてこれに先行した。戻ってくると、
「ここから二十里、丘に挟まれた窪地に小ジョンシのアイルがある。備えはないようだ」
コヤンサンはこれを聞くと、
「風のごとくこれを襲い、雷のごとくこれを破らん」
とて全軍に下知した。三千騎はおうと応えて、まさに疾風迅雷のごとく駆けだす。ほどなく敵を望んだ。コヤンサンはにやりと笑って突撃を命じる。
金鼓が轟き、みなわっと声を挙げて馬に鞭を入れる。弓には火矢をつがえてすべてのゲルを焼かんとする。瞬く間にアイルに突入すると、片端からゲルに火矢を放って回る。
ところが、奇妙なことに誰一人として敵人の姿が見えない。軍兵はおろか、女や子どもすら現れない。
「様子がおかしいぞ!」
イエテンが叫んだ。