第 五 回 ③ <セイネン登場>
インジャ往きて盟友を援け自ら母を迎え
セイネン窮して義君に投じ以て計を致す
年が明けて、ジョルチ部では大きな動きがあった。俗に「興るものあれば滅びるものあり」と謂うとおり、この年の春にベルダイ右派がキャラハン氏を攻撃、敗れたキャラハン氏は壊滅的な打撃を被ったのである。族長以下、主だった将はほとんど戦死し、人衆は四散した。
族長の第三子であるセイネン・アビケルは、逃げ延びた僅かな人衆を率いて途方に暮れた。恃む相手は幾つか考えられはした。
ひとつはベルダイ左派のトシ・チノ。右派と敵対するトシなら受け容れてくれるかもしれない。しかしセイネンは、これと面識がない上、噂に聞く彼の人物がどうも肌に合わない気がしていた。
面識があるといえばズラベレン氏なのだが、彼らにはセイネンのためにキャラハン氏の民を集めてくれる力があるようには思えない。
マシゲル部は強盛を誇っているが、ヤクマン部との争闘に忙しく、歓迎されるかどうか疑問である。
必然的にフドウ氏のインジャとジョンシ氏のナオルに期待するほかなかった。インジャならタロト部の後援もあり、何より自身も亡族の民であった経歴から、きっと受け容れてくれるだろう。
これだけのことを考えると、セイネンは残余の民を連れてフドウ氏のアイルを訪れた。インジャに見えると、事の次第を訴えて帰属を請う。
インジャがその人となりを見れば、
身の丈は七尺と少し、目には光があり、唇は薄紅を引いたよう。あわや乙女と見紛う白面の美丈夫。人目を惹かずにおかない風貌で、一見して並のものではない。
諸将の意見はふたつに分かれた。すなわち歓迎し、幕下に加えんと主張するものと、できればよそへ去ってほしいと思うものと。前者の代表はナオル、後者はハクヒ、シャジなど大勢を占めていた。
インジャはじっとみなの議論を聞いていたが、つと立ち上がると言うには、
「かつて我々も同じ苦難に遭った。幸いにしてジェチェン・ハーンの助力あって今日に至ったのである。今、キャラハン氏は四散し、族長の遺児たるセイネンが私を頼ってきた。窮するものを見棄てるのは好漢の為すことではない」
みなはっとしてこれを仰ぎ見る。インジャがなおも言うには、
「私はセイネンにとってのジェチェンになろう。キャラハンの民を集め、セイネンに返して私の翼としよう。よいか、草原に彷徨した我が氏族の過ぎし日を忘れてはならぬ」
反対していたものは己の不明を恥じて一斉に平伏する。
セイネンはインジャに謝して言った。
「インジャ様は真の勇者です。私はその手となって剣を握りましょう。足となって野を駆けましょう。狗となって敵を追いましょう。この恩は生涯忘れませぬ」
インジャはこれをナオル、マタージに次ぐ三人目の盟友として遇し、自分のゲルの傍に住まわせたが、くどくどしい話は抜きにする。
夏が近づき、移動の季節がやってきた。ゲルを解体し、家畜を追って高原の避暑地に移るのである。秋になれば再び平原に降りて放牧を行う。
さて、セイネンが進み出て言うには、
「私は義兄のもとに来て久しくなりますが、いまだ何の功も立てておりません。願わくば良馬四頭と従者数人を貸し与えてください。私の三寸の舌をもって義兄のお役に立てたいと思います」
「いったいどうするのか」
問えば、答えて言った。
「私はかつてズラベレン氏の三人の将軍と交わりを結びました。彼らは今、族長のウルゾルを佐けて人衆をまとめております。彼らを説いて、ともに義兄に投じさせてご覧に入れましょう」
これを聞いたインジャはやんわりと諭すように、
「そう容易くいくだろうか。ズラベレン氏は先に使者を送ったが、何の回答もなかった」
「それは彼らが、ジョルチ部が分裂してから中立を守り、どの陣営にも傾かないようにしているからです」
「ならばなおさら協力するとは思えんが」
「策がございますので」
そう言ってインジャの耳に何ごとか囁く。おおいに驚いてこれを見返したがやがて頷くと、言うとおりに良馬四頭と従者を与えた。勇躍して去ったセイネンを見送りつつ呟いて、
「あの男が早く族長であったなら、むざむざベルダイ右派などに敗れはしなかったろうに」