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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
19/783

第 五 回 ③ <セイネン登場>

インジャ往きて盟友を援け自ら母を迎え

セイネン窮して義君に投じ以て計を致す

 (ヂル)が明けて、ジョルチ部では大きな動きがあった。俗に「()()()()()()()()()()()()()()」と謂うとおり、この年の(ハバル)にベルダイ右派(バラウン)がキャラハン氏を攻撃、敗れたキャラハン氏は壊滅的な打撃を(こうむ)ったのである。族長(ノヤン)以下、主だった将はほとんど戦死し、人衆(ウルス)は四散した。


 族長(ノヤン)の第三子であるセイネン・アビケルは、逃げ延びた僅かな人衆を率いて途方に暮れた。(たの)む相手は幾つか考えられはした。


 ひとつはベルダイ左派(ヂェウン)のトシ・チノ。右派と敵対するトシなら受け容れてくれるかもしれない。しかしセイネンは、これと面識がない上、噂に聞く彼の人物がどうも肌に合わない気がしていた。


 面識があるといえばズラベレン氏なのだが、彼らにはセイネンのためにキャラハン氏の民を集めてくれる(クチ)があるようには思えない。


 マシゲル部は強盛を誇っているが、ヤクマン部との争闘(ブルガルドゥアン)に忙しく、歓迎されるかどうか疑問である。


 必然的にフドウ氏のインジャとジョンシ氏のナオルに期待するほかなかった。インジャならタロト部の後援(トゥサ)もあり、何より自身も亡族の民であった経歴から、きっと受け容れてくれるだろう。


 これだけのことを考えると、セイネンは残余の民を連れてフドウ氏のアイルを訪れた。インジャに(まみ)えると、事の次第を訴えて帰属を請う。


 インジャがその人となりを見れば、


 身の丈は七尺と少し、(ニドゥ)には光があり、(オロウル)は薄紅を引いたよう。あわや乙女(オキン)見紛(みまが)う白面の美丈夫。人目を惹かずにおかない風貌(クナル)で、一見して並のもの(ドゥリ・イン・クウン)ではない。


 諸将の意見はふたつに分かれた。すなわち歓迎し、幕下に加えんと主張するものと、できればよそへ去ってほしいと思うものと。前者の代表はナオル、後者はハクヒ、シャジなど大勢を占めていた。


 インジャはじっとみなの議論を聞いていたが、つと立ち上がると言うには、


「かつて我々も同じ苦難(ガスラン)に遭った。幸いにしてジェチェン・ハーンの助力あって今日に至ったのである。今、キャラハン氏は四散し、族長(ノヤン)の遺児たるセイネンが私を頼ってきた。窮するものを見棄てるのは好漢(エレ)の為すことではない」


 みなはっとしてこれを仰ぎ見る。インジャがなおも言うには、


「私はセイネンにとってのジェチェンになろう。キャラハンの民を集め、セイネンに返して私の翼としよう。よいか、草原(ケエル)に彷徨した我が氏族(オノル)過ぎし日(エルテ・ウドゥル)忘れて(ウマルタヂュ)はならぬ」


 反対していたものは己の不明を恥じて一斉に平伏する。

 セイネンはインジャに謝して言った。


「インジャ様は真の勇者(バアトル)です。私はその(ガル)となって(ウルドゥ)を握りましょう。(フル)となって野を駆けましょう。(ノガイ)となって(ブルガ)を追いましょう。この恩は生涯忘れませぬ」


 インジャはこれをナオル、マタージに次ぐ三人目の盟友(アンダ)として遇し、自分のゲルの傍に住まわせたが、くどくどしい話は抜きにする。




 (ゾン)が近づき、移動(ヌーフ)の季節がやってきた。ゲルを解体し、家畜(アドオスン)を追って高原の避暑地(ヂュサラン)に移るのである。(ナマル)になれば再び平原(タル・ノタグ)に降りて放牧を行う。


 さて、セイネンが進み出て言うには、


「私は義兄のもとに来て久しくなりますが、いまだ何の功も立てておりません。願わくば良馬(クルゥグ)四頭と従者(コトチン)数人を貸し与えてください。私の三寸の(ヘル)をもって義兄のお役に立てたいと思います」


「いったいどうするのか」


 問えば、答えて言った。


「私はかつてズラベレン氏の三人の将軍と交わりを結びました。彼らは今、族長(ノヤン)のウルゾルを(たす)けて人衆をまとめております。彼らを説いて、ともに義兄に投じさせてご覧に入れましょう」


 これを聞いたインジャはやんわりと諭すように、


「そう容易(たやす)くいくだろうか。ズラベレン氏は先に使者を送ったが、何の回答もなかった」


「それは彼らが、ジョルチ部が分裂してから中立を守り、どの陣営(トイ)にも傾かないようにしているからです」


「ならばなおさら協力するとは思えんが」


「策がございますので」


 そう言ってインジャの(チフ)に何ごとか(ささや)く。おおいに驚いてこれを見返したがやがて頷くと、言うとおりに良馬四頭と従者を与えた。勇躍(ブレドゥ)して去ったセイネンを見送りつつ呟いて、


「あの男が早く族長(ノヤン)であったなら、むざむざベルダイ右派などに敗れはしなかったろうに」

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