第四 八回 ①
インジャ野人を囲んで佞姦の徒を裁き
コヤンサン先鋒を請いて空陣の計に落つ
さて、インジャはついに草原に討って出ることを決め、吉日を選んで諸将とともに山塞をあとにした。従う将は二十四人、率いる兵は四万数千騎である。その軍容はと云えばすなわち、
前 軍 ベルダイ氏 六千騎
主 将 トシ・チノ
先 鋒 チハル・アネク
副先鋒 カトラ
タミチ
参 謀 サイドゥ
部 将 ナハンコルジ
斥 候 オガサラ・ジュゾウ
右 軍 ジョンシ氏 四千騎
主 将 ナオル
副 将 シャジ
参 謀 トオリル
左 軍 ズラベレン氏 三千騎
主 将 コヤンサン
副 将 イエテン・セイ
タアバ
中 軍 フドウ氏・キャラハン氏・カミタ氏 六千騎
主 将 インジャ
軍 師 イェリ・サノウ
参 謀 セイネン・アビケル
部 将 ドクト
オノチ
タンヤン
軍 政 ハツチ
軍 医 キノフ
後 軍 タロト部 二万五千騎
主 将 マタージ・ハーン
副 将 マジカン
ゴルタ
以上、二十四人の英傑好漢である。
斥候に任じられたジュゾウは、軽騎兵五百を率いて先行した。サルカキタンの正確な居処を知るためである。ベルダイ右派はオロンテンゲル山から撤退後、以前より南に拠っていた。
ジュゾウが任務を果たして戻ると、インジャはサノウらと諮って、後軍よりマジカンを一万騎とともに残して、ウルゲンらに備えさせた。その他の三万数千騎はことごとく出立し、アネクを先頭に一路サルカキタンのアイルを目指す。
そもそも三万数千もの軍勢が誰の目にも触れることなく移動するのは至難の業である。山塞軍の出兵は、ほどなくサルカキタンに知られることになった。
アイルは途端に混乱に陥り、女衆は急いでゲルを畳み、幼児を抱き、老人の手を引いて逃げだした。また戦えるものは一人残らず馬に跨がり、悲壮な決意で出陣する。
サルカキタンの怒りは殊に甚だしく、口汚く呪いの言葉を吐きながら側近を怒鳴り散らす。
そうしてベルダイ右派が掻き集めた手勢は、締めて四千騎である。とても敵わぬと考えた彼は、進んで険阻な地に陣を布いた。
漸く用意が成ったところに、トシ・チノ率いる六千騎が押し寄せた。アネクは敵が険阻な地に拠っているのを見て、副先鋒の二将に言った。
「野人も多少は戦を知っているらしいね。サイドゥに諮る必要があるわ」
応じてタミチがサイドゥを連れてくる。ひと目、敵陣を窺うと言うには、
「とりあえず攻めかかってもらおう」
アネクは金鼓を打ち鳴らさせると、二条の鉄鞭を手に、軍勢を率いて突撃した。右派の陣からも一手の軍勢が飛び出す。両軍は正面から激突した。
左派軍の猛攻は凄まじく、まさに「勇将の下に弱卒なし」の言葉どおり、散々に敵を蹴散らした。アネクは鉄鞭を縦横無尽に振るって、当たるを幸い片端から雑兵どもを薙ぎ倒す。そうするうちに敵の部将の一人に出遭った。
「そこのもの、一方の将と見た! 手合わせ願おう!」
「いかにもわしは右派の先鋒、ウシャジン! この小娘が!」
ウシャジンは怒りに顔を紫色に染めて、棍棒を振り翳す。アネクはせせら笑うと声高らかに言うには、
「私を知らないのかい。アネクの鉄鞭、味わうがよい!」
さっと手を返せば、二条の鉄鞭はびゅんと音を立ててウシャジンを襲う。
「あわわ!」
ウシャジン程度の将がどうして避けることができよう、あっと一声挙げると仰け反って落馬する。己を知らざれば戦うごとに必ず殆うし、ウシャジンは戦場の露と消える。それを見て右派の軍勢はどっと浮足立ち、先を争って逃げだした。