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草原演義  作者: 秋田大介
巻四
187/783

第四 七回 ③ <ウチン登場>

ヒィ河南に神都を囲んで奸人を驚かし

インジャ堂下に好漢を集めて下山を議す

 ギィは、チャング氏を説いて投ぜしめたものがあると聞いて興味を抱き、早速これを召した。しかしギィはもとより、居並ぶ諸将は等しく驚愕することになった。なぜならそれが若い(オキン)だったからである。その人となりはと云えば、


 身の丈は七尺、年のころはいまだ二十歳、漆黒の髪は流水のごとく(ムル)を覆い、(マグナイ)(ひろ)く、(ハツァル)は白く、小さな(ニドゥ)には知恵の光宿り、薄き(オロウル)には誠実(チン)の言有る、信義に(すぐ)れた真の賢婦人。名をウチンと云う。


 ウチンは平伏して部族(ヤスタン)再興を祝したが、その(ダウン)は凛として、なぜか聴くものの(セトゲル)を安んじる効があった。


 ギィは感心して賛辞を賜ると、ハリンとともにアンチャイの側近くに仕えるよう命じた。ウチンは謹んでそれを受けた。アンチャイも彼女の落ち着いた人となりを見ておおいに喜んだ。


 以後、ウチンはオルド(注1)に坐臥することになった。何を隠そう、彼女もテンゲリの定めた宿星(オド)のひとつであった。


 そのころ、チルゲイ、ナユテ、ミヤーンの三人はといえば、何とマシゲル部に在って部族(ヤスタン)の再興を(つぶさ)に見ていた。ギィが即位すると、三人は使者となってムジカ、アステルノにそれを伝える役をも果たした。チャング氏が投じてくるとウチンとも交わりを結んだ。


 ある(ウドゥル)のこと、三人はギィに呼ばれてオルドへ赴いた。ギィが言うには、


「神道子ナユテに(たの)みたいことがある」


「何なりと」


「実は逃亡(オロア)して久しいバラウンジャルガルの行方を探ってもらいたい。彼はたしかに過ち(アルヂアス)を犯したが、我が部族(ヤスタン)になくてはならない貴重な将だ。もし行方が判れば、過失を(とが)めず迎えるつもりだ」


「それはよい。では占ってみよう」


 例によって筮竹の(たば)を取り出して何やら占っていたが、やがてそれを脇に置くと難しい(ヌル)で言うには、


「バラウンジャルガルは猛きもの(クチュルゲテン)とともに在る。息災ではあるが、方角は東南とも西南とも判然としない」


 ギィはがっかりして言った。


「そうか、しかとは判らぬか」


「役に立たなくて申し訳ない」


いや(ブルウ)、こちらこそ無理を言った」


 すると傍ら(デルゲ)のチルゲイが(にわ)かに叫んだ。


「そうだ! そうだ!」


 みな驚いてこれを見る。チルゲイが言うには、


「猛くして方角なきものといえば、ダルシェに違いない! バラウンはダルシェに投じたか、(とら)えられたか」


 これを聞いたギィはますます顔を曇らせて、


「ダルシェといえば、草原(ミノウル)一の強兵(ヂオルキメス)を擁する()()ではないか。しかも定まった版図(ネウリド)を持たぬとか。これではバラウンを(もと)めることは難しい(ヘツウ)


 三人はこれを慰めてオルドを辞した。奇人の予想(ヂョン)(バイ)を射ているかどうかはいずれ判ること。




 さて、いよいよ中原北半へ(ニドゥ)を向けることにする。すなわちオロンテンゲル(アウラ)の山塞に拠るインジャと二十九人の好漢(エレ)のことである。ウリャンハタ部を撃退したあと、彼らは軍師サノウの献言に(したが)って(クチ)を蓄えつつ、徐々に牧地(ヌントゥグ)を拡げていた。


 南方の戦乱を避けて多くのものが投じてきたが、インジャは喜んでこれを迎え入れた。増え続ける兵と家畜(アドオスン)は、もはや山塞だけでは養いきれず、牧地はさらに拡大された。


 諸将も続々と(アウラ)を下り、オロンテンゲルの(ウリダ)に一大アイルが形成されるに至った。今では二十九人はすっかり気心も知れ、あとは失地の回復をインジャが命ずるばかりとなった。


 南方の大乱、すなわちマシゲル部の衰退とヤクマン部の伸張については、ジュゾウが配下を駆使して正確な情報をもたらしていた。加えてサルカキタンやウルゲンといった仇敵(オソル)の動向も伝えられている。


 山塞の好漢たちは、誰もが再び撃って出る日を心待ちにしていた。ある日、ついに東塞の主であるコヤンサンが本塞に来て出兵を訴えた。


「我々が山塞に籠もってから、はや二年が過ぎようとしています。その間、兵を蓄え、(アクタ)を育て、家畜の数も以前に倍する勢いです。いつになれば出兵の(カラ)が下るのですか。みな会えば必ずその話をしておりますぞ」


 インジャはこれを制すると、


「私もそのことを考えていた。今夜諸将を一堂に集めて下山を(はか)ろう」


 コヤンサンは(コセル)を蹴って跳び上がると、大喜びで諸将にこれを伝えた。インジャは、サノウ、セイネン、マタージ、サイドゥ、シャジ、ハツチ、トシロルの七人を先に召して、あれこれと話し合った。


 夜になって、各塞はもとより平原(タル・ノタグ)で牧地を管理する諸将もことごとく本塞に集められた。居並ぶ好漢は上席から、インジャ、ナオル、トシ・チノ、サノウ、セイネン、マタージ、マジカン、ゴルタ、シャジ、サイドゥ、アネク、キノフ、ドクト、テムルチ、トオリル、コヤンサン、ハツチ、ジュゾウ、カトラ、タミチ、マルケ、コニバン、オノチ、イエテン、タアバ、ナハンコルジ、トシロル、カナッサ、タンヤンという顔触れ。


 酒食が運ばれると、インジャが立って言った。


「我らがウリャンハタ部の鋭鋒を避けてこの山塞に拠ってから二年になる。その間、ひたすら力を蓄えつつ互いに交流を深めてきた。その成果あって、家畜、軍馬、精兵、何ひとつ欠けるところはなくなった。そろそろ塞を離れ、草原(ケエル)の民として草原に生きようかと考えている。諸将の意見を忌憚なく聴かせてほしい」


 それを聞いて一同はわっと歓声を挙げる。

(注1)【オルド】ハーンの宮廷。特に后妃のいる後宮を指すことが多い。

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