第四 七回 ②
ヒィ河南に神都を囲んで奸人を驚かし
インジャ堂下に好漢を集めて下山を議す
ヒスワは自宅に戻って、妻のミスクを相手に黙々と酒を飲んでいたが、突然はっとすると卓を叩いて叫んだ。
「やられた! 神箭将め、我らを退かせるために神都を囲んだのだ!」
そしてまた黙り込む。心中思うに、
「しかし神都を囲まれては退かぬわけにもいかぬ。不可解なのはむしろ、なぜ河北にいたはずのナルモント軍が急に城下に現れたのか……。舟はセペートがすべて焼いたと聞いた。三万騎の兵馬を運ぶべき舟を短期に集めうるわけがない。誰か力を貸したのか。だが誰が? あれだけの舟を有するのは神都以外にはない。あとはホアルン? だが、ホアルンとナルモントに何の繋がりがある……」
いくら考えても、よもやヒィ・チノが先年旅に出て、ホアルンでサルチン、ヘカトらと親交を結んだなどと思い当たる道理もない。
翌日になって、ヒスワは急遽命を下してグルカシュを捕らえさせた。戦果を得られなかった責任を問うたのである。彼は将軍の位を剥奪された上、投獄された。あわれ呼擾虎もこうなっては手足を捥がれたも同然である。
さらにヒスワは、セペート部に詰問の使者を送った。しかしもっとも驚いていたのは、何と言ってもエバ・ハーンである。ナルモント軍が渡河したことを知らないエバは、ある日全軍を率いてナルモントの野営地を急襲した。
ところが彼らが見たのは空になったゲル群と、地に刺した旗のみ。計られたと知ったエバは、敵軍の姿を四方に索めさせたが、どこにもその影すら見えず、困惑するばかりであった。
まさかすでに河南に渡っているとは思いもしなかったので、ヒスワからの使者を迎えて、初めてナルモント軍が神都に現れたのを知り、おおいに驚いた。
適当に使者をあしらったあと、ドブン・ベク、ズベダイ、ケルン・カーンを呼んで、事の次第を告げたが、三将とも信じられない様子でしばらくは言葉もない。漸くズベダイが、
「敵には天王様の加護があるのでしょうか……。どうやってズイエの流れを渡ったのでしょう」
「わしにも判らん。ともかく奴が突然神都に現れたのは確かだ。それでジュレン軍もあわてて退却したらしい」
ドブンが青い顔で呟く。
「どんな手を使ったかは判りませぬが、ヒィ・チノとは恐ろしい男ですな。飛虎将の名のとおり、河を飛んで超えたのでしょうか……」
「愚かなことを言うな! きっと我らの知らぬ方策があったのだ!」
エバは殊更に否定して見せたが、彼の顔にも大粒の汗が浮かんでいた。その後、東原ではヒィ・チノの名はある種の恐れとともに語られることとなった。人々には文字どおり神出鬼没の天将のごとく思われたのであった。
ヒィ・チノは、ついにアケンカム軍と合流すると、真っ先にショルコウを召して、これを厚く賞した。これを称えて言うには、
「その雄心、その智恵、ともにナルモントの誇る宝である。守っては能く軍を保ち、攻めては能く敵を制し、我が民を預けるに足り、彼の衆を奪うに余りある。諸将は彼女を範とするように」
これ以降、ショルコウは尊敬を込めて「司命娘子」と呼ばれることになる。
またヂェベの葬礼が行われた。後継にはヒィ・チノが自らベルンの遺児イドゥルドを指名して、ゴオルチュとショルコウを後見に任じた。アケンカム氏はこの一年の間に立て続けに二人の族長を失ったことになる。ヒィはこれを憐れんで、羊千頭、軍馬五百頭、隷民三百人を賜った。
また、サルチン、ヘカト、カノン、コテカイの四人はしばらく留まって歓待された。彼らはひと月ほどナルモントで過ごすことになり、モゲトやショルコウ、ミヒチなどと交流した。
ヒィ・チノは北伐の反省を踏まえて力を蓄えることに専念、地歩を固めることにしたが、この話はここまでとする。
東原で激しく覇権を争っている間、ナルモントで云うところの河西はどうなっていたかと言うと、それはこれからお話しせねばならぬこと。
ヤクマン部は、マシゲル部を破ってから次々と牧地を拡大し、今や中原の南半を手中に収めようとしていた。擁する兵力は十万に達せんとし、トオレベ・ウルチ・ハーンは台を築いてテンゲリを祀る儀式を執り行った。
梁の皇帝章宗は、祝賀の使者を遣わして、トオレベ・ウルチを「英王」に封じ、公主(注1)を賜った。
一方、マシゲル部のマルナテク・ギィは、ジョナン氏のムジカと結んだことで漸く部族再建が可能となった。そこでケルテゲイ・ハルハを出て、新たにアイルを定めることにした。
しかしトオレベ・ウルチの目を恐れて旧の牧地に戻ることは断念し、西方に転じた。そこはかつてのタロト部の版図であったが、ギィは与かり知らぬこと。
またギィは正式に即位してハーンとなった。すなわち「アルスラン・ハーン(獅子合罕)」である。アンチャイは冊立されて皇后となった。コルブもジャルム氏族長となり、ゴロとともにギィの両翼となった。
各地に隠れていたマシゲルの民は、噂を聞いて続々と新アイルを目指した。その中には宿敵チャテク家に連なるものも少なからずいたが、ギィは喜んでアイルに加えた。
チャテク家に与していた諸氏の中でも、チャング氏は真っ先に駈けつけて、これに投じた氏族である。もちろん彼らの中にはギィの下に附くことに難色を示すものもあったが、それを説いて決断させたものがあった。言うには、
「先年のヤクマン部の攻撃で我が部族は崩壊しました。今、英傑マルナテク・ギィが西に拠って部族再興を果たしましたが、その勢はいまだ小さく、彼は砂漠で水を欲するように味方を求めているはずです」
さらに勧めて言うには、
「ギィは旧怨に拘泥するような人物ではありません。よって彼が苦しんでいる今こそ急いで幕下に投じるべきです。さすれば我が氏族は末永く重んじられるでしょう。過去に拘って機を逃せば、座して滅亡を待つのみ。ヤクマンなどの虜囚となるだけです」
その言葉で氏族の重鎮たちは心を決め、長躯してギィに投じたが、果たしておおいに歓迎された。これを見て、各地のチャテク家の残党が先を争って至ることになり、マシゲルの兵力はみるみる増大したのである。
(注1)【公主】中華において皇帝の娘のこと。